頭領に、お茶を運ぶ予定だった。

 愛川さんからその仕事を命じられたのが台所で、目的地は邸の奥の方にある頭領の部屋。
 余裕で歩いていける距離だったが、どうせなら術の訓練を兼ねてやろうと思い付いたのが数分前。目を瞑り、頭領の部屋へと続く見えない糸を手繰り寄せて、引っ張る。十分な射程距離に入った所で、助走代わりに今一度大きく糸を引いて、ゴムが飛ぶ要領で私も跳んだ。

 結果。勢いをつけすぎた反動で、私は頭領の部屋の更に向こうにある、庭へと落っこちた。その拍子に、左手に掴んでいた盆から湯飲みも飛んで、稽古中だった巻緒さんに降り注いだのは、さもありなん。

「ごめんなさい、わざとじゃなかったんです」
「当たり前だのあきらさん。もしわざとだったら俺の影が火を吹いてたとこだぜ」

 たぶん九割方本気の発言に、顔が引きつった。にやにやとふざけた笑顔が得意なくせに、巻緒さんは時々怖くなる。戦闘班主任が下っぱの私に本気を出すとも思えないが、用心に越したことはない。
 スライディングする勢いで「さーせんでしたあ!」と石畳で深々と土下座すれば、馬鹿にしたような笑いがふりそそぐ。笑いたきゃ笑え。私は立派な雑用員さ。
 俯いたまま口を尖らせていたら、軽い調子はそのままに巻緒さんが私の名を呼んだ。

「もういいから顔上げろよ」
「声が笑ってます。怖いです巻緒さん」
「へえ、お前そんなに吊し上げられたいか」
「やっだ巻緒さんってば超優しい! ありがとうござ、」

 持ち上げた視界いっぱいに広がる巻緒さんの顔。近い。近すぎる。おかげで瞳孔がかっぴらいた鋭い目がよくわかる。
 全身が硬直して、紡ぎかけた言葉もあえなく消失する。二の句は告げない。予測不可能な現状に、思考は既にオーバーヒートしかかっていた。
 砂利を踏んで、巻緒さんが一歩近づく。咄嗟に強く目をつぶった。

「あでっ」
「よし、これでチャラにしてやるわ。俺ってばほんとやっさしー。感謝しろよな」

 早口に告げて、じゃあな、と巻緒さんが片手を上げた。遠ざかる後ろ姿に、私は気の抜けた返事しか返せない。
 ビリビリと痺れる額に手を添えて、複雑な息を一つこぼす。ほんとに、よくわからない人だなあ。



失敗だらけ



(110621)


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