「ずるい人ですね」と女が唸り、「そうでもないさ」と男が笑う。
陽射しの強い、夏のことだ。
「私を一人にするおつもりですか?」
「きみは強いから大丈夫」
「大丈夫なわけありません」
女が、自身の着物の裾を握った。
「大丈夫なわけ、ない」
絞り出したような苦しい声にも、男は表情を崩さない。
自分のために葛藤してくれているのか。初めから、興味がないのか。一つの事実すら掴めない現状に、女は強く歯噛みした。
「いっそのこと」
女が、薄く唇を開く。
「あなたの旅立ちと共に、私を、放してくれればいいのに」
男は何も言わなかった。ただ黙って、おだやかな眼差しで女を見つめる。女も、怯まずに男を見返す。複雑な視線が、複雑に絡まった瞬間だった。
「そろそろ行かないと」
生ぬるい空気に手のひらが湿った頃、顎をなぞり男が言った。女は唇を真一文字に結び付けて、僅かに俯く。また、無駄なあがきに終わった、と目を伏せる。首筋に、汗が伝う。
「またね」
男の大きな手が女を撫でる。それにほだされぬ程度には、女は大人になっていた。
そっと、影が迫るのを感じて、女は僅かに身を引いた。けれど、腕を掴まれたせいで、距離を開くことは許されなかった。
「いっそのこと」
男の唇が、女の耳に近づく。
「自力で、逃げてごらんよ」
雁字搦め
(無理と承知で、酷い人)
(110621)