(くろとけんまの幼なじみ)


 部活に向かう途中の階段がもどかしくて、思い切って中ほどで飛び降りてみた。着地はなんとか成功したが、足の底から頭のてっぺんまでビリリと、声が出ないほどの痛みが走る。やっぱり今度からは、確実に一段ずつ降りよう。

「あの、あなたバレー部の子よね?」

 うっすらぼやけた視界に、かわいらしい女の子。変な格好を見られただろうか。慌てて姿勢を正したものの、彼女は気にした風もない。むしろ別の何かに気を取られているらしく、そわそわ、そわそわ落ち着きがなかった。

「そうだけど、えっと、どちらさま?」

 相手に見覚えがなくて首を傾げたら、ぱっと、さしだされた一枚の封筒。またもやかわいらしいそれに、一度だけ私の心臓が跳ねた。


***


「クロクロクロ、大変だよクロ!」

 勢いよく飛び込んできたなまえに、部員の誰もが目を丸くした。俺はわりと慣れたもので、一瞬だけ姿を確認してすぐにゲームに視線を戻した。なまえの大変は、あまり大変じゃないことが多い。

「なまえ、扉はもっと慎重にあけろー。怪我しても知らねーぞ」
「ごめん! じゃなくてほら、これ見てこれ!」
「んん?」
「ファンレター! 貰っちゃったよ!」

 ビシ、と体育館の空気が凍りついた。クロを見れば笑顔を引きつらせていて、周りの部員は驚きで口をあけている。なまえの手元には色とりどりの封筒が何冊もあって、彼女自身はすごく嬉しそうに笑っていた。というより、なんだか好奇心でわくわくしているようなーーああ、なるほど。

 ゲームにポーズをかけたまま、なまえにちょいちょいと手招きする。素直に寄ってきた彼女の手から一冊抜きとって、裏表を確認する。やっぱり、思ったとおりだ。つい鼻から息を吐き出してしまった。

「どしたの研磨」
「んー、なまえ、これ誰にもらったの」
「えーっとねえ、かわいい女の子たちかな。私の知らない人だった!」
「で?」
「ん?」
「どうして欲しいって」
「クロに渡して欲しいってさ! ってことでクロ、ちゃんと読んであげてね!」

 いやあファンレターなんて今時珍しいね、でもいいなあかわいいなあドラマみたいですてきだなあ、私もファンレター欲しいなあ!
 朗らかなに笑いながら、なまえはクロの腕の中に手紙の束を差し入れた。つり目をちょっぴり見開いてから、クロは「あー、そう……」なんて脱力している。こいつに変な心配、する必要ないと思うけどなあ。他の面子はぞろぞろと部活の準備に取り掛かり始めた。約一名は羨ましそうにもんどり打ってたけども、周りはあまり気にしてなかった。

「いいなあ、クロもてるんだねえ」
「……そう見えるか?」
「見える見える! うちのクラスの子なんて、その髪型寝癖だって気づいてないもん! すごいかっこいいってさー」
「なんか微妙だわそこ褒められんの……」

 深くため息をついて、クロも部活の準備へ向かう。なまえは一刻も早く中身を読んで欲しいみたいだったけど、練習が終わったらな、って諭されて渋々納得したようだった。ならばとドリンクを準備すべく外に駆け出したようだったけど、入口で盛大にすっ転んでいた。あーあ、またやってる。

「おーい、大丈夫かー」
「へーきへーき、問題なし!」

 パッと立ち上がって、にかっと笑って、なまえはまたもや走り出す。もっと落ち着いて行動すればいいのに、暑苦しいなあ。ちらりとクロの顔を伺えば、俺と似たようなことを考えてる、風に見えた。唯一違うのは、幾分か楽しそうに緩んだ口もとだろうか。

「なー研磨」
「ムリだと思うよ」
「まだなんも言ってねえだろ」
「クロが匿名で手紙書いてあげても、たぶん、気づかないよ。だってなまえ、馬鹿だし」

 口で直接言わないと。
 クロは軽く目を見開いてから、肩を竦めて笑った。他の女子には人気だという寝癖が、ふさりと揺れる。

「知ってるよ、そんなこと」


(131218)


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