「頭領、春日さんとデキてるって本当ですか!」
すぱーん、と小気味良く開かれた襖に、頭領、もとい正守は目を丸くした。夕食が近いこの時刻なら、おそらく台所に籠るだろうなまえの突然の来訪に驚いた、のも一理ある。だが、何より注意を引いたのは、彼女の言葉の中身である。
「違うけど」
あっさり否定をしてみたが、互いにすっきりしない顔をした。微妙な沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、正守だった。
「誰だ、そんな中学生みたいな噂流したの」
「巻緒さんたちが庭で話し込んでました。頭領は、しょっちゅう春日さんと喫茶店デートしてるって。最近では、あーん、までする仲になったとかなってないとか」
「なってないよ、そんな関係」
もし本当に交際を始めたとして、自分たちがそのようなスキンシップを取ることはないと、正守には断言できた。第一、自分がふざけた所で春日さんは激しく拒否するに違いない。勘違いも甚だしい。
ため息を飲みこんでなまえを見れば、彼女は未だ複雑な顔で腕を組んでいた。「だって」や「でも」を繰り返しているが、正守には心底迷惑な問いかけである。
巻緒たちにはあとで灸を据えるとして、まずはなまえの処理が優先だ。だいたい、彼女が必死になってこの話題を解明しようとする理由はなんなのか。
理由を幾つか考えたところで、もしや、と正守の唇が弧を描く。
自分でも、嫌らしい顔だと思った。
「ね、俺が春日さんとデキてたら、困る?」
「え?」
なまえがきょとんと瞬いた。正守は表情を変えず、彼女を見つめる。口元に手を添えるのは、これ以上顔が崩れないための防衛策だった。
小さく首を傾げて、なまえが眉間に皺を寄せた。
「困るっていうか、心配です」
「心配?」
「ええ、春日さんが頭領に虐められないか。とっても心配になります」
「……それだけ?」
「それだけって、え、これかなり重大な問題でしょう」
だいたいね、頭領は故意に暴力ふるいますからね、春日さんみたいな美人さんが傷ついた姿を想像しただけで私はもう居ても立ってもいられなくなって云々。
人差し指をぴんと立てて、長々となまえが語り出す。いかに正守が性悪で、いかに春日さんが高潔か。少なくとも、自分のボスに向かってぬけぬけと言い放つ内容ではなかった。
やがて苦く笑う自分など眼中になさげな彼女に向け、俺の方が傷ついた、と正守は一人ごちたのだった。
期待した俺が馬鹿だった
(俺、女の子に暴力ふるわないよ)
(何言ってんですか。精神的な暴力をしょっちゅう私にふるう癖に)
(ああ、そうだっけハハハ)
(白々しい!)
(110618)