この世界がキミを傷つけないように
「いつまでも、そんなんで…いいと思ってるのかよっ!!」
穏やかに魚人島へと航路を辿っていた船に響いたのは、サンジの声だった。
その声に、船内各所に散らばっていた筈のクルーが集まりだす。
「ちょっと!?どうしたのよ!!?」
ロビンと供にラウンジへ現れたナミが、激昂してライの胸ぐらを掴み上げるサンジに問う。
「ナミさんっ!?少し下がっててもらえますか!?こいつっ!!」
一瞬、ナミへと視線を向けたもののすぐに又ライを睨み付けながら告げるサンジに集まってきた全員が驚きを露にした。が、
『………放せ。サンジ』
サンジを睨み付けながらライはその手を捻り上げる。
『……俺に…構うんじゃねぇよ』
言い捨てて部屋を後にしたライを全員が見送ると、サンジへと聞いた。
「おい。くそコック。何があったんだ?」
ゾロが尋ねた。
「あの野郎。最近妙に人を見ながら考え込んでるからよ。気になって、聞いたんだ。この船の全員が……最近のあいつの様子がおかしい事には気付いてただろ?船の士気を下げるからな…何か悩んでるなら…口に出すだけでもちげぇだろうと思って…」
「まぁ…確かに様子はおかしかったわよね…」
「……えぇ。エニエスロビーを抜けて…、W7で船の完成を待っていた頃…からかしら?」
「えぇ。…そうなんですよね。辛気くせぇ面して…俺らを見てたかと思うとまた遠くを見て溜め息ついてて…だから、聞いたんですよ。そうしたら、あいつ…俺らには関係ねぇと…」
「…まぁなぁ。そりゃぁ、一緒に旅してきたお前らにはひでぇ言葉かもなぁ。ついこないだ加わった俺に言う言葉ならまだしもな…」
フランキーの言葉に顔を見合わせる。
「……ルフィ。どうすんだ?今まではあいつが話すのを待とうってぇ言ってたが…。あいつの状態、悠長に待ってられるってわけでもなさそうだぞ。俺らはあいつの事を何も知らねぇ。あの並外れた戦闘力に、あいつが頑なに隠そうとする過去やあの腕。俺らも、関係ねぇとまで言われちゃあ…何もしようがねぇ。あいつの言葉を待つにしても、状況が悪すぎるぜ?」
ゾロがルフィを見て告げる。
「ここらで、一度はっきりとさせなきゃいけねぇんじゃねぇか?あいつがこの先も俺らと進むなら。こんな状態じゃ、命を預けられねぇ」
ルフィを見つめて告げたゾロの言葉に、ルフィは少し考えてからラウンジの窓から見えるライを見つめた。
そして、返事を返さずに部屋を後にする。
それを、ゾロとサンジが追いかけた。
「あーう。大丈夫かぁ?あの兄ちゃん達は」
「……ここは。あいつらに任せましょう」
「…そうね。前線で一緒に闘ってきた彼らだからこそ…ライの今の状態を放置はできないでしょうし」
「大丈夫かな…ライ。最近、あんまり寝られてないみてぇなんだ…」
「そうなのか?とにかく、今はルフィ達に任せようぜ…」
そう言ってラウンジに残された面々は心配そうにライへと歩み寄る彼等に視線を向けたのだった。
「ライ!!」
ルフィの声にライは振り向くことなく、海を見つめていた。
その後ろでサンジは煙草に火をつけて、紫煙を燻らせ、ゾロは階段に腰掛け二人を厳しい瞳で見据える。
『………なんだ?』
「…お前。どうしたんだ?最近、おかしいぞ?何かあんなら!!言えよっ!仲間だろ?」
ルフィが静かに告げる。
『別に、どうもしねぇよ。この船は静かに考え事1つさせてくんねぇのかよ。俺、おめぇらよか少し長く生きてんだよ。考えなきゃいけねぇ事の1つや2つあるっつーの。』
そう言って振り返ったライは苦笑いを浮かべていた。
その表情はまるで、彼等に踏み込まれないように線を引くかのように。
「……何を考えてんだか知らねぇけどよ。俺らにも分けろよ。それ」
真剣な顔でルフィが告げるが、それをライは鼻で笑う。
『同じ船で旅をしてるからって、何でも話さなきゃいけねぇなんて、聞いた事ねぇぜ?』
「…!!?そう言う事じゃねぇだろ!!俺らはお前を心配してっ」
『知ったらなんだ?お前らが代わってくれんのか?ちげえだろ。放っておいてくれよ。自分の事は、自分でどうにかする。』
冷たくいい放たれた言葉に言い返そうと、サンジが詰め寄る。
「てめぇの様子がおかしいから、こっちは心配してんだろぉがっ!!他に言い方あんだろっ!!」
『……あったとしても、俺にはこれしか言いようがねぇ。構うな』
「……おい。構ってほしくねぇなら。んなしけた面してんじゃねぇ。てめぇの様子がおかしいと調子がくるうんだ。少しは回りも気にしやがれ」
成り行きを見守っていたゾロが口を開く。
そちらへ視線を向けたライは、はぁとため息をつく。
『………わかった。少し、頭冷やしてくるわ』
そう言うとライは飛び上がりメインマストの上へと上がってしまったのだった。
「…くそ。あの野郎」
「サンジ、放っとこうぜ。今はよ」
メインマストに上がってしまったライを見上げてルフィは言った。
「てめぇがそう言うならいいけどよ」
まだ不満そうに顔を歪めたまま、サンジはタバコをもみ消すとラウンジへと歩いていった。
そして、甲板にはルフィとゾロがライを見上げていた。
「……ルフィ。あいつの面みたか?」
「…………あぁ。何か思い詰めてるみてぇに、苦しそうだった」
「……あいつが何を抱えて、何を目的にしてるのか。俺らは、あいつが家族のとこに行きたいとしか知らねぇ。ふけぇとこは知らねぇがお前はどうするんだ」
「……無理には聞かねぇ。あいつが、きつくなるまでは、放っとく。けど、きつくても言わねぇなら。考えねぇといけねぇってのも分かってる。」
「…………そうか。なら、いい」
そう言うとゾロは目を瞑り寝る姿勢に入る。
ルフィは、難しい顔をしながらその場に座り込んだ。
メインマストの上では、ライが遠い海を眺めてポツリと呟いた。
『……エース。ごめん。知ってて…捕まるお前のとこに行けなくて…本当にごめん…。でも、絶対エースのとこ行くから…少しでいい。辛抱してくれよ…』
ライの頬に涙が一筋煌めいた。
ルフィ達との旅はライにとって、毎日が楽しく、騒がしい。
まるで、モビーにいた頃の様に。
だが、その反面。
ルフィ達のぶつかる壁も知っていながら、それを変える事なく見ているだけの自分に。
そして、今頃遠い海で過ごしている家族達は自分が生きている事も知らずに、悲しみを抱えているかもしれないという事実。
それを表に出す彼らではないからこそ、心配だった。
この道を行く事が、どれだけきつく、覚悟が必要だったか。
そして、ここに来て、知っていながら愛する弟を海軍に売らねばならぬ自分の無力さが憎くて溜まらなかった。
どれだけ急いても、ティーチの裏切りを、止める事が出来る程の力を手に入れられなかった。
そんな自分に未来を変える事が出来るのか。
ライは不安で溜まらなかった。
もし。もしも、未来を変えられずに愛する弟を父を家族を失ってしまえば。
自分がどうなるのか予想もできなかった。
それでも、今は前に進む事しか出来ないのだが。
そんな事を考えてる内に、ライの異変にルフィ達が気づいてしまった。
『………糞ガキに、気づかれてちゃ。まだまだ俺も甘いな…。化け物にだって、なってみせると決めたじゃんか。』
随分と長いこと上で過ごしていたのか…
太陽が海へと沈みはじめていた。
『……大丈夫。やれるさ。俺なら。守りたいものがあるからこそ。成し遂げる力になる…』
夕日を見据えて、ライは新たに想いを刻む。
明るい未来を見る為に。
それがどれだけの困難な道でも。
あきらめず、負けずに進み続けるのだと。
『………よし。』
立ち上がるとメインマストから飛び降りると、階段のところにはゾロが寝ている。
そして、メインマストの麓のベンチにはルフィが腕を組んでライを見ていた。
ラウンジの扉にはライが降りてきたことに気づいた全員が立っていた。
多分ゾロも気配に気付いているだろう。
彼らを見回すとライは笑いかけた。
『……心配かけた。もう大丈夫だ』
ニッと笑うと、真剣な顔でルフィが声をかけた。
「お前が何を抱えてんのか。聞きてぇし、力になりてぇと思う。でも、お前が話す気がまだねぇなら。まだ聞かねぇ。でも、忘れんな!!お前は一人じゃねぇ!!俺らがいる!!」
ルフィの言葉に笑うと、ライは船縁へと歩いていった。
『近い内に話せると思う。だけど、まだもう少し待っててくれ。色々まだ覚悟が足りねぇ…でも、俺はお前らを信用してねぇわけじゃねぇ。お前らも家族と同じ位大事だから。だから、待っててくれ』
振り向いたライの顔は笑っているのにどこか悲しげで。
そんなライを見たサンジも口をつぐむ他なかった。
そして、彼らは願ったのだった。
この世界がキミを傷つけないように(キミが辛い時は、隣で支えたい)
(キミが泣きたいなら、隣にそっといよう)
(キミが助けを乞うなら、その手を必ず取ろう)
(キミが笑うなら、共に笑おう)
(そして、キミが歩けなくなったら。その手を引いていくから)
だから、どうか。
全てを見せてくれないだろうか。
そんな顔、キミには似合わないから…
キミが俺たちを守るように、
俺たちにもキミを守らせてくれ。
title by 秋桜
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