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あの日から3ヶ月と少し。
ニューゲートとの距離は確実に、着実に離れていた。
表向きには変化はないように見えるけれど、ニューゲートはあたしを呑もうと誘わなくなったし、あたしも最低限の仕事の事でしか近寄らなくなった。
宴の時は、他の船員達と呑む。
幾度かニューゲートに声をかけられたが、タイミングよくマルコとサッチが喧嘩を始めたり、ビスタやラクヨウが騒いでいてそれを納める為に駆けつけたりと面倒を見なくてはならず…
違和感を持たれる事なくその場を離れられた。
「#、あなた最近顔色がよくないわ?ご飯もあまり食べてないでしょう?」
甲板へ向かう道すがら、ナース長のエレンに声をかけられた。
『エレンか。大丈夫だ。最近少し寝付きが悪いだけさ!心配かけたな…』
「そう?それならいいけれど…。具合が悪いならすぐに来なさいね?あなたが倒れたりしたら、この船が大騒ぎになっちゃうわ」
くすくすと笑いながら、でもナースとして必ず具合が悪くなったら来るようにと、釘を刺される。
それに苦笑いで返し頷くと、手を振るエレンに片手を挙げて甲板へと向かう足を早めた。
エレンに言われて、はたと気付く。
確かに…最近はあまり食が進まないなと。
それでも、たまにある事でもあったので深く考える事もなく甲板へと足を進めていると、甲板からの敵襲を知らせる声が聞こえた。
それを聞いたあたしは、刀をぎゅっと握り締めて甲板への道を駆け出した。
扉を開けるとすぐに、2番隊の部下達が集まってくる。
「隊長っ!!今日の先陣はうちの隊でしたよねっ!!」
嬉々として聞いてくる部下に、にやりと笑った。
『あぁっ!!お前らっ!!力の限り暴れまわれ!!敵船の奴等を一人としてモビーに上げるんじゃないぞっ!!だが、お前らも負傷は最低限に抑えろ!ピンチとあらば、声をあげろ!!わかったなっ!!』
あたしの声の後に、部下達の咆哮が上がり。
あたしを先頭に近づく敵船を見据える。
既に16番隊の砲撃により遠距離での戦闘が開始されている。
そうして、近付いた敵船にあたし達を乗り込んだ。
敵船は最近新世界へと足を踏み入れた自信過剰なルーキー達。
そんなひよっこに遅れを取る筈もなく、瞬く間にルーキー達を追い詰めていく。
あたしも敵船の甲板で大いに刀を振るう。
あたしの一振り一振りが、彼の息子達を守っている。
そう思うだけで、あたしはどこまでも強くなれる。そんな気がした。
「あんたか?女だてらに、白ひげで隊長はってるってぇ奴は!!」
敵船の甲板の奥から響いた声に目の前の敵を切り伏せてから視線を向ける。
『そうだが?だったら、なんだ?』
「ふーん。結構いい女じゃねぇか?」
『尻の青いガキに言われても嬉しくないな』
「あんたさ、俺の船乗りなよ?腕っぷしも強くていい女。俺の隣にふさわしいじゃねぇか。まぁ、歳は少し離れてるけど俺は気にしねぇぜ?」
その言葉を聞きながら足を一歩又一歩と進める。
背後では、可愛い部下達が笑い出す。
そして、次に床を蹴った時にはもう彼の背後へと回る。
『悪いな。生憎、小僧に飼われる程大人しい女ではないんだよ。出直せと言いたい所だが、喧嘩を売った相手を間違えたな。地獄で悔いるといい』
そう言って背後から、心臓目掛けて刀を刺す。
『あぁ、そうだ。お前喧嘩を売らなければ数年後にはいい男になっただろうにな。残念だ…』
ザシュッ
抜いた刀を振るい、付着した血を払う。
『片付いたか?』
部下達に尋ねれば、終わりましたぜ!!とあがる声にふと笑みを漏らす。
『それじゃあ、積み荷の回収だっ!!』
その声に、モビーからも回収班が降りてくる。
「#さんっ!!相変わらずかっけぇーっすね!!俺ちょーしびれたっすよっ!!」
『サッチ、そんな事はいいから。早く仕事をしろ。話ならこのあとの宴でな?』
サッチの肩をポンと叩くと敵船の船内へと入る。
「あ、俺も行きます!!おい!マルコも来いよー!」
背後から2人の会話を聞きながら足を進めていると突如目の前がぼやける。
そして、あ、と思う間もなく。
あたしの体は膝から崩れる。
「っ!?#さんっ!!」
サッチとマルコのあたしを呼ぶ声を最後に意識が途絶えた。
次に目が覚めたのは、医務室のベットの上だった。
ぼおっとしながら上半身を起こせば、近くにいたエレンが近づいてきた。
『?エレン、何をそんな怖い顔を…』
最後まであたしの言葉を聞かずにエレンが静かな声で告げた。
「あなた、何してるの!?気付かないにしても、もう少し体を大事になさいっ!!」
静かに…だけど怒りと心配を籠めた声色で告げるエレンに疑問符が浮かぶ。
『少し目眩がしただけだよ?何をそんなに…』
「あなたねっ!!まぁ、いいわ。言いたい事は山程あるけれど、そうよね。#の鈍さを忘れていたわ。心して聞きなさい」
そこで一度エレンは言葉を区切る。
次に発せられた言葉にあたしは視界が真っ暗になった。
「あなた、妊娠してるわ。お腹に赤ちゃんがいるのよ」
にん…し…ん?
驚きすぎて、思考回路が働かない。
エレンは尚続ける。
「あなたにそんな相手がいたなんて知らなかったけれど、相手は誰なの?きちんと相手にも話をしないといけない事だわ。この事はまだあたしとジェットさんしか知らないけれど…うちの船員?」
エレンの声が遠くで聞こえる。
答えないあたしにエレンは訝しげな視線を向ける。
「#?聞いてるの?」
『………あ、あぁ。すまない。少し驚いて…。そう…か。ここにいるのか…』
自然とお腹に手を当てた。
ここにいるのは、紛れもなくニューゲートの子。
そう認識した途端、溢れる愛しさとその反面ニューゲートの困惑した顔が浮かんだのだ。
きっと、ニューゲートは困るだろうと。
家族を欲したニューゲートだが、あたしとの間に子を儲けるつもりなんてなかっただろうに。
神は…なんと残酷なんだろうか…
こうなってしまえば、あたしの決断はたった1つしかなくなると言うのに…
ニューゲートから離れなくては。
モビーを降りて、この子と生きていこう。
そこまで考えたところで、エレンに肩を捕まれてはっと気付いた。
『あ、悪い。』
「大丈夫?ねぇ、相手は誰なの?すぐに呼んでくるわよ?でも、びっくりねぇ。あたしはてっきり親父様をあなた慕ってると思っていたけど。あ、もしかして!!相手は親父様!?なら、すぐに報告しなくちゃよね!こうしちゃいられないわっ!!」
走り出そうとしたエレンの腕を慌てて取る。
『待って!!言うなっ!この事は誰にも…!!』
「え?どういう…待って?親父様にもって事?そしたら、あなたお腹の子はどうするの?!」
『産むさ。船は降りる。だが、あたしは平穏を求めて降りるんだ。ニューゲートには、陸での暮らしがしたいから降りると話す』
「待って、親父様にもって事はやっぱりお腹の子は親父様の!?親父様なら喜んでくれるわ!?話さないとダメよ!?」
『いいんだ。彼の、ニューゲートの足枷となるわけにはいかない。話す気はない。次の島であたしは降りる。』
言い切ったあたしを見て、エレンが悔しげに唇を噛んだ。
「分からないわ…何故…」
「#さん!!起きたんすねっ!よかったっすよ!!」
エレンの言葉を遮るように医務室に飛び込んできたのはサッチとマルコ。
「急に倒れたからびっくりしたよい」
『あぁ。悪かったな。少し体調が悪かったんだよ。これから宴か?』
「はい!!行けます?」
『…いや。今日はよしておくよ。楽しんでくるといい』
にこり微笑めば、返事をして退室する二人を見送る。
「ねぇ、考え直してよ…」
『エレン、頼む。これは二人だけの秘密だ。それじゃあ、あたしはニューゲートの所に行くよ』
そう言って、医務室を後にする。
あぁ言えばきっとエレンはこの事は話さないだろう。
そして、次の島で降りたらすぐに違う島に渡ろう。
万が一の奇跡に備えて。
コンコンコン
「なんだぁ?」
『ニューゲート、話がある。いいか?』
扉を開けて、訪ねると頷いたニューゲートに近寄り見上げた。
「どうしたぁ?改まって…」
『あぁ。ニューゲート。あたしは次の島で船を降りるよ…』
「……なにぃ?どういう事だぁ」
『さすがに最近、疲れてきてな…陸で、のんびり暮らしたいんだよ。』
告げた言葉に眉を寄せたニューゲートを見て
少し嬉しく思った。
あぁ、降りる事を嫌だと感じてくれてるのかもしれないと…
なぁ、今までもこれからも
あたしの最愛はずっとお前なんだよ。
ニューゲート。
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