book短A | ナノ


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いつものように、ノックも"失礼します"もなくドアを開けると、これまたいつも通り、土方先生は窓際で校庭を見下ろしながら煙草をふかしていた。

ふと机の上を見ると、山ほど手紙やら小包やらが置いてある。

……あぁ、こっちもたいそうおモテになられるようです。


「お前、ノックしろって何度言や分かるんだよ」

「とうとうダメでしたね、先生。今日で僕はいなくなるんで、最後までノックしなかった僕の勝ちです」

「勝ちって……ゲームじゃあるめぇし」


無駄口を叩いている間にも、風に乗って土方先生の煙草の匂いが漂ってくる。

それを胸一杯に吸い込んで。

また、少しだけ切なさが込み上げる。


卒業は新しいスタートだ、なんて原田先生も言っていたけど、僕はこの先、この人以上に好きになれる人を見つけられるんだろうか。


「……で、何の用ですか」


声が震えないように。

できるだけ悲しくなさそうに。

僕は小さく呟いた。


「ん………いや、」


珍しく言い渋る土方先生に、僕は疑問の目を向ける。


「出してない課題があるんでしょ?……え、もしかして嘘?」


僕は思わず土方先生に歩み寄った。

すると、先生が徐に何かをポケットから取り出して、僕の方に放り投げてきた。


「わ!わ!ちょっ………なにこれ!」


手の中に収まったものを見て、僕は思わずフリーズした。


「…俺からの卒業祝いだ、まぁ有り難く受け取ってくれ」

「ちょ、………えっ?えっ?」


開いた口が塞がらない。

卒業式で居眠りした時の夢が、いまだに続いているのかと思ったほどだ。


「何驚いてるんだよ」

「え、だって、これ………」


……どう見ても、どこぞの家の鍵にしか見えないんだけど。


「俺の家の鍵だ」

「は!?へ?!」

「……何だよ、卒業したら一緒に住むって言ってただろ?」

「だ、だって、そんなの……冗談だと思ってたし…」

「はぁ?んな訳ねぇだろうが。そんなに信用がねぇのか?それとももう俺には嫌気がさしたか?」

「ち、違……僕、は………」


今度こそ泣きそうになって、僕は慌てて目を伏せる。

そのまま俯いていると、土方先生が煙草の火を消し、窓を閉める音がした。

次いで、僕の傍まで歩いてくる、聞き慣れた足音。

視界の端に見慣れた革靴が映って、僕はのろのろと顔を上げた。

すると、いつになく真剣な顔の土方先生と視線がぶつかり合う。

射抜かれるような、大好きな紫紺の瞳に見つめられて、照れるし緊張するしで僕はガチガチに固まった。

……のがバレないように必死に取り繕う。


「……総司、」

「はい………」

「俺の一世一代の告白だ、聞いてくれ」


僕は土方先生の唇が動くのを、スロー再生のように眺めていた。


「卒業したら言おうと思ってた。………総司、一緒に暮らそう」

「…っ…………………!!」

「今までは、お互いの立場とか色んなしがらみがあっただろ?けど、そんなもんは今日でもうおさらばだからな」

「や、あ、あの………」

「何だ、俺が嫌いか?」

「違うってば!そうじゃなくて……」


一緒に暮らそう。

土方先生が、一緒に暮らそうって言った。

授業中のように何かの物語を朗読している訳でもなく、僕に向かって、一緒に暮らそうって言った。

とびきり嬉しいはずなのに、今は驚きの方が強すぎて喜んでいる場合じゃない。


「……おい、何とか言ってくれよ。俺だって相当勇気振り絞ってんだぞ」


鍵を握り締めたまま突っ立っている僕に、土方先生はやがて焦れたように、半ば苛ついた声で言った。

その声で我に返って、僕はゆっくり口を開く。


「…先生、僕のほっぺを抓ってください」

「あぁ?」

「これ、夢ですよね」

「夢?」

「もう絶対夢だ。夢だからいつかは終わっちゃうんですよね、それで虚しくなるだけで…だったら早く醒め………」

「うるせぇ……」

「あ……っ……」


夢だと思った。

永遠に醒めないで欲しい、夢の続きを見ているのだと。

……けど、引き寄せられた土方先生の腕も、その温もりも、鼻腔を擽る慣れ親しんだ匂いも、全てが現実だと訴えていて。

何よりも、手の中で握り締めた鍵の、ひんやりとした金属の重量感が、夢なんかじゃないって教えてくれた。


「夢なんかじゃねぇよ。お前はずっと俺の傍にいて、俺を手こずらせてりゃあいいんだ」

「……僕、で……いいんですか」


本当に僕なんかで、土方先生は後悔しないのかという気持ちが一番強くて、嬉しさなんかは二の次だ。


「当たり前だろ。お前をおいて他に誰がいるってんだよ」

「う、…一君、とか……」

「はぁ?……何で今更そんな名前が出てくるんだよ」

「だって、式中に……笑顔…見せてたじゃないですか。あんな顔、僕には絶対に見せてくれないもん」

「お前はまたそんな…………」


またって何だ!と反論しようとして、更に強く抱き寄せられた僕は口から出掛かった言葉を飲み込んだ。


「……けどよ、俺の色んな顔を一番知ってるのは、お前だと思うんだがな」


耳元で囁かれたそんな言葉に、思わず頬がぽっと赤くなる。


「……僕、卒業したら終わりだって、ずっと思ってました」

「馬鹿だな、そんな訳ねぇだろうが」

「でもほら、土方先生っておモテになられますし?」

「んなこと言ったら、お前だってボタンもう全部ねぇじゃねえか」


土方先生は、僕のブレザーをひらひらと弄りながら苦笑した。


「………朝イチでかっさらわれたんです」


あれはなかなか凄まじいものがあったなぁと、暫し思いを馳せる。


「こら、他の奴のことは考えんな」

「うわぁ、独占欲丸出し………ふふ…でも安心してくださいよ、僕の頭の中は土方先生でいっぱいですから」


普段は絶対言わないようなことも言えてしまうのは、きっと卒業で気持ちが高ぶっているからだろう。


「……それ」

「え?」

「その土方先生、てのはもうやめねぇか」

「………………あー、じゃあ、ええと、…………土、方、さん?」


両手を首に回したままその顔色を伺うと、土方先生は何やら複雑そうな顔をしなさった。

あれ、不服そう。


「うーん…じゃあ………と、…し、さん?」


土方先――としさんは、満足そうに笑った。


「…………まぁ、今のところはそれで許してやるよ」

「はい、としさん」

「っ………………照れるな」

「顔が赤いですよ、としさん」

「だぁぁ!…そう何度も呼ぶんじゃねぇ!」

「分かりました、としさん」


調子に乗って連呼していたら危うく鍵を取り上げられそうになって、僕は慌てて手を引っ込めた。

その手を隠す前に掴まれて、としさんに更に引き寄せられる。

そして、僕の大好きな声で囁かれた。


「……総司、ずっと傍にいろよ」

「…言われなくても、もう離してなんかあげませんよ」


卒業は、終わりだと思ってた。

だけど違う、僕はここからようやくスタートするんだ。

だって、土方――――としさんの一番になれた気がするから。


贈られた甘い口付けの向こう、貰ったばかりの最高のプレゼントが、早春の柔らかな光を受けて輝いていた。



2012.03.18




卒業シーズンなのでベタに突き進んでみました(笑)

もう会えないんだ、と思ってたら鍵渡されるっていう萌えの追究。

告白も捨てがたいなーとは思ったのですがどーしても鍵がよかった!!

とことん甘くしてやろうと思って書いたから甘くていいんだよ!←

け○○ん!の天使に触れたよ曰わく
「卒業は終わりじゃない」
らしいので。あれはいい歌です。

ついでにタイトルはすぱせるのさよならめもりーずのモジリです(^-^;)

卒業ネタは燃えます。




*maetop|―




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