宗次郎は、大の字で仰向けになって倒れていた。
木の根っこに躓いて思い切り足を捻ってから、余りの激痛に一歩も歩けなくなったのだ。
だから、仕方なく寝っ転がって助けが来るのを待っていた。
夕餉になっても現れなかったら、いくら冷たい兄弟子たちでもさすがに助けに来てくれるだろうと、そう思っていた。
…が、待てど暮らせど誰も来てくれない。
最初のうちは高い位置にあったお日様も、次第に傾いていってやがてすっかり暮れてしまった。
真っ暗で、寒くて、恐ろしかった。
幽霊などは信じていなかったが、今にも人肉を食らうような動物が現れるのではないかと、有りもしない恐怖に身を震わせた。
逃げ出したかったが、足が動かないのだから仕方ない。
宗次郎は、じっと横たわっているしかなかった。
(僕は………ほんとに、いらない子なんだな…)
暗闇の中で、そんなことばかりを思った。
あれほど泣かないと決めていたのに、いよいよ涙腺は決壊し、顔は涙と泥でぐしょぐしょになっていた。
今までせき止めていた分、一度溢れ出した涙は拭いても拭いても止まらない。
一人ぼっち、暗い林の中というこの状況は、宗次郎の年にはいささか大きすぎる恐怖だった。
木の葉が風に煽られてかさかさと音を立てる度に、心臓が跳ね上がる。
草むらがさわさわと揺れる度に、何かが飛び出してくるのではないかという恐怖に失禁しそうになった。
(こんど……さん……)
宗次郎は、唯一大好きな近藤の顔を思い出しては嗚咽を漏らした。
もうこのまま死んでしまうかもしれないけれど、そうなったら、きっとあの人に迷惑がかかってしまう。
死ぬことになったらどうしよう。
怖い。怖い。
誰か、助けて。
一人ぼっちは、もう嫌だ。
早く暖かい場所に戻りたい。
お腹がすいた。
死にたくない。
宗次郎は、内に溢れる恐怖と必死に戦いながら、もう何時間も、林の中でじっとしていたのだった。
鞠なんか、なかった。
きっと、宗次郎を追い払いたい子供たちの出任せだったのだ。
何時間も極限状態に置かれた宗次郎は、今や心も体もぼろぼろだった。
(僕は………あそびたかった…だけだよ………なんにも、悪いことなんか……してないよ……)
宗次郎が諦めて目を閉じようとした、ちょうどその時。
遠くから、聞き覚えのある声がした。
「…次郎………宗次郎!!」
宗次郎はハッと目を見開いた。
空耳なのではないかと、じっと静寂に耳を傾ける。
するともう一度。
「宗次郎!どこだ!!どこにいる!!返事をしろ!!」
焦って色をなくしたような土方の声が、はっきりと聞こえてきた。
「っ…ひ、かたさん……」
宗次郎は色々な思いがぶわっと溢れてきて、夢中になって叫び出した。
「ひ、土方さん!土方さん!!」
「宗次?!宗次か!!どこだ!?」
敵対視している土方に縋るなど不本意極まりないが、今土方に気付いてもらえなかったらずっとここに置いてけぼりかも知れない。
その一心で、宗次郎は大声を出し続けた。
「土方さぁぁん!!助けて!!ここだよ!!土方さん、土方さんっっ!!!」
やがて、宗次郎の耳に土方が駆ける音が聞こえてきた。
「土方さん!ここ!!ここ!」
「ここってどこだよ!そのまま叫んでろ!」
「土方さん!土方さん!」
声が掠れるほどに大声を出して、宗次郎は土方の名前を呼び続けた。
「宗次!!」
やがて、宗次郎にとっては気の遠くなるほど長い時間の後、ようやく土方が宗次郎を探し当てた。
「宗次!大丈夫か!!」
駆け寄ってくる土方に、宗次郎は思わず手を伸ばして抱き付いた。
今は誰でもいいから、人肌の温もりを感じて安心したかったのだ。
「馬鹿やろう…心配させやがって……」
土方が抱きしめ返してくれる、それが嬉しくて宗次郎は夢中で土方にしがみついた。
「おい、どこか怪我してねぇか?」
「あ、足……あるけなくて……」
「そうか……それでずっとここに居たのか」
土方は、宥めるように宗次郎の背中をさすってやった。
「偉かったな。よく一人で頑張ったじゃねぇか」
「う、…ん……」
案外優しかった…というよりも、今宗次郎が一番欲しい言葉を的確に与えてくれる土方に、宗次郎は新鮮な驚きを感じた。
土方も、そんなに悪い奴ではなかったのかもしれない。
「おい宗次、泣きたかったら泣いていいんだぞ」
土方は、全身で震えている宗次郎に言った。
「で、も………おとこは泣かな、い」
「馬鹿かお前。餓鬼は思いっきり泣いとけよ」
「………つよい子は、泣かない、んだ」
あくまでも強がり続ける宗次郎に、土方は大きく溜め息を吐いた。
そして、頭を優しく撫でてやる。
「あのな、宗次。いずれは泣きたくても泣けねぇ時が来るんだ。強がりたくなくても、強がってみせねぇといけねぇ時だって来る。だから、思う存分泣ける内に泣いとけ」
宗次郎は、よく分からないというように視線をさまよわせた。
「でも…ぼ、ぼくは……」
「宗次郎、お前が強いこたぁ、十分分かってるよ。泣いたことも、俺とお前だけの秘密にしといてやる。だから、泣け」
土方が、いつになく真剣な眼差しをしているのが、暗闇の中でもはっきりと分かる。
宗次郎がどうしていいか分からずにオロオロしていると、不意に背中に回された土方の腕にぎゅっと力が籠もり、次いで頭を土方の胸に押し付けられた。
「………ほら。俺は何にも見てねぇし、聞いてもいねぇから、な?」
意地っ張りで強がりな宗次郎は、人前では絶対に泣かない。
しかし、感情を表に出さないままでは、心の傷はいつまでも深々と残ってしまう。
そういう繊細な宗次郎の心を読み取っての、土方の行動だった。
「ぅ……ふ…ぐっ……うぅ……う、ぇ、え」
やがて漏れ出す宗次郎の啜り泣きに、土方はほうっと胸を撫で下ろした。
宗次郎は土方の胸に縋り付きながら、長いこと大声を上げて泣き続けたのだった。
*
「…へぇ………そんなことがあったのか」
話を終えた土方に、原田は驚いて言った。
「あぁ。俺が総司の涙を見たのは、後にも先にもあん時だけだったな」
「本当かよ…………」
「まぁな」
土方は肩を竦めてみせた。
「ていうか、いいのかよ。言わねえ約束なのに、俺に泣いたこと言っちまって」
「あー………まぁ、もう時効だろ」
土方はぽりぽりと頭を掻いた。
「それで、その子供たちはどうしたんだ?」
「ん?あぁ、あいつらなら俺が後日散々とっちめてやった」
「…………マジかよ」
「さすがに懲りて、総司とも遊ぶようになってたぜ……まぁ、総司ももう遊びたがっちゃいなかったけどな」
土方がそこまで言った時、不意に子供たちと遊んでいた総司が、土方と原田に気が付いた。
「あ、原田さん!……と、土方さん」
総司はにへらー、と笑って、ひらひらと手を振ってくる。
原田はそれに笑って応えてやったが、土方は呆れ顔で溜め息を吐いた。
「総司、おむかえ?」
「うん。そうみたい。お迎え来ちゃったー」
「なんだぁ……つまんないのぉ」
「そうじ!またあそんでね!」
「こちらこそ、また遊んでね」
再び総司の足元にじゃれつく子供たちに、総司はにっこりと笑いかけた。
「おい総司!いい加減帰るぞ!」
いつまでも別れの挨拶をし続けている総司と子供たちに痺れを切らして、ついに土方が叫んだ。
「わぁっ!そうじ怒られてやんのー」
「もう、おっかないんだから」
「はやく行かないと、また怒られちゃうよ?」
「そうだね。鬼さんが角生やしちゃうとそりゃあもう怖いからね」
「総司!!いつまで喋ってんだ!」
「はいはい。………じゃ、またね」
「うん!そうじまたね!」
総司は子供たちに手を振ると、土方と原田の待つ方へ走って行った。
(子供のやり直し、か………確かにな)
(左之さん、どうかした?)
(いや、総司の泣きっ面も見てみたいもんだな、と思って)
(な……!?!?)
(左之助、てめぇ……!!)
2012.03.03
土沖未満な感じです(^^)
わたしはまた総司を虐めて……そんなことばっかしてるから嫌われるんだよ、総司に。
ここまで読んでくださってどうもありがとうございました!
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