もう夕餉の時刻なのに、宗次郎の姿が見えない。
すっかり日は暮れ落ちて、辺りには夜の帳が降りている。
「どうしたんだよ、あいつ」
「知らねーよ。どっかほっつき歩いてんじゃねーの」
いつまで待っても埒があかないので、食客の弟子たちはさっさとご飯を食べ始めてしまった。
元より宗次郎のことなどどうでもいい弟子たちだ。
普段滅多に試衛館から出ず、いつだって時間は守る宗次郎がいないことを、大して気にも留めなかった。
幼い子がこんな遅くまでどこにいるのかと、その無事を思案することすらなかったのだ。
刻一刻と夜が更け、寒さも段々と厳しくなっていく中、突然行商帰りの土方が姿を現した。
「あ、土方さん」
「土方さん、お久しぶりです」
弟子たちは、近藤と仲が良く、喧嘩にも滅法強い土方に一目置いていた。
土方は軽く挨拶し返してから、荷物を下ろして弟子たちに聞いた。
「かっちゃんはいるか?」
「いや、近藤先生なら、明日まで出稽古に行っています」
「そうか……あれ、じゃあ、あのチビ助は?」
土方はキョロキョロと辺りを見回した。
「何で、宗次郎がいねぇんだ?」
土方の問いかけに、弟子たちはこぞって気まずそうに顔を逸らした。
「…まさか、また熱でも出してんのか?」
「いや………あいつは……」
「ん?どこにいんだよ」
奥歯に何か挟まったような物言いをする弟子たちに痺れを切らして、土方は宗次郎の部屋に向かおうと足を踏み出した。
すると、弟子の一人に止められる。
「お、沖田の居場所は、知りません」
「あぁ?……何だと?」
土方は途端に声色を変えてその弟子に詰め寄った。
別に土方は、生意気で可愛さの欠片もない宗次郎のことを特別気にかけているとか、そういうわけではなかった。
ただ、その強さ故、兄弟子たちから少々度の過ぎた折檻を受けていることは知っていたし、宗次郎がいつも一人ぼっちで耐えていることにもちゃんと気付いていた。
何となく、早くに親に先立たれた自分と姿がだぶることもあるし、全く気にかけていないと言えばそれも嘘になる。
ただ、助けようとしても拒絶されるだけだろうし、強さや自立を求める宗次郎に手を貸しても、宗次郎の為にならないことも同時に分かっていたから、敢えて普段から過干渉はしないようにしていたのだ。
「夕飯なのに知らねえって、そりゃあ一体どういうことだ。まさかお前ら、またいびりやがったのか?!」
般若のような顔になる土方に、その弟子は慌てて言った。
「ち、違いますよ!とばっちりもいいところですぜ」
「じゃあ何なんだよ、何でチビがいねぇのに、平気で飯食ってんだよ!」
「だ、だから!知らねぇんですって!昼間っからどっかに行っちまって、いくら待っても帰ってこねぇから……」
「…ばっかやろう!!!」
土方は怒りも露わに、弟子たちを激しく怒鳴りつけた。
「てめぇら、いねぇなら何で探そうとしねぇんだよ!!元服もまだの餓鬼が一人で出掛けたまま帰ってこねぇのに、何も心配しなかったのかよ!!どっかでぶっ倒れてたらどうするつもりだ!」
そうでなくても仏頂面の土方なのに、怒るとその迫力には凄まじいものがあった。
揃いも揃って黙ったまま、視線を彷徨わせている弟子たちを半ば呆れたように見据えた土方は、収まらない怒りを吐き出すかのように深々と溜め息を吐いた。
別に、宗次郎の肩を持ちたい訳ではないのだ。
わざわざ土方がしゃしゃり出る必要はない。
だが、物の善悪や至極当たり前のことを忘れているような弟子たちには、それ以前に道徳観念を教えてやらねばならなそうだった。
説教したいのは山々だが、しかし今は怒っている場合ではない。
一刻も早く宗次郎を見つけなければならない。
何か危険に晒されているかも知れない。
「……探してくる」
土方はそう吐き捨てると、着の身着のまま試衛館を飛び出した。
(ったく……どこに行きやがったんだよ…)
土方は小走りになりながら、宗次郎が普段行きそうなところを探して回った。
近所の寺の境内、前に連れて行ってやった河原、子供たちがよく遊んでいる空き地……。
しかしどこも外れだった。
時間が経つにつれ、土方の焦りも徐々に大きくなっていく。
「宗次!おい、宗次郎!」
大声で怒鳴りながら畑の間を歩く。
どこか溝に嵌って抜け出せなくなっているのかもしれない。
怪我をして動けないのかもしれない。
もし気を失っていたら、声すら出せないだろう。
…そうなれば、土方が見つけてやらなければ宗次郎は野晒しのまま放置されてしまう。
「くそっ………宗次郎!どこだ!」
どうか無事でいてくれと、土方は祈るように道を走って行った。
……と、その時。
「お兄ちゃん!」
突然人の叫び声が聞こえて、土方は立ち止まった。
振り返ると、一軒の農家から親子が顔を覗かせている。
辺りに他の人影は皆無だし、お兄ちゃんというのが自分を指しているのだと判断した土方は、つかつかとその農家に歩み寄った。
「俺に何か用ですか」
土方が焦りながら母親と思しき人物に尋ねると、その母親は自分の子供をずい、と土方の前に突き出した。
「うちの子が、言いたいことがあるって」
土方は、視線をその子供に下ろした。
年の頃は、宗次郎とだいたい同じ。
土方は瞬時に、宗次郎に関することだと判断した。
「お兄ちゃん、そうじろうって、さけんでた?」
「あぁ、お前、宗次の知り合いか」
土方は凄気のある声で聞いた。
すると子供は、怯えたように母親にしがみついてしまう。
母親は母親で土方を訝しそうに睨んでくるしで、土方は内心毒づきながら多少声色を和らげた。
「悪いな、何か知ってるなら教えてくれ。あいつが行方不明なもんで、ずっと探してんだ」
土方が早口でまくし立てると、親子は同じように驚いて顔を見合わせた。
子供に至っては、今にも泣き出しそうな顔になって、土方にぽつぽつと話始めた。
「ぼく…べつに悪気はなかったんだ……けど…アイツがなかまにいれてくれっていうから…」
「宗次がか?」
「うん……いっしょにあそびたいって…」
土方は驚いて息を飲んだ。
宗次郎が子供たちと遊びたがるのは珍しい。
近藤が不在で、余程寂しかったのだろうか。
あの一人ぼっちの宗次郎が、不憫でたまらなくなる。
「それで、どうしたんだ」
「……アイツ、あそびなんかぜんぜん知らないから……ちゃんばらやっても、強すぎてつまんないから」
子供はとうとう泣き出してしまった。
が、懸命に先を続けようと鼻水を啜っている。
土方は焦れったいのを我慢して、その子が話すのをじっと待っていた。
「それで、……それで、…なかまになりたいなら、…ひっく………林に行けって、…いったんだ」
「何ですって?」
子供の母親が素っ頓狂な声を出す。
「林って、あそこのか?!」
土方も絶句して、その場に固まった。
近藤が宗次郎に諭しているのをよく聞いている。
あの林には、子供は近付いてはいけないはずだ。
「だって………だって…そうじろうがいけないんだ!……ぼくはよわくないとか言って……止めたのにいっちゃうんだもん!」
いよいよ本格的に泣き出した子供を気遣ってやる余裕もない。
土方は直ちに踵を返すと、林に向かって全速力で走り出した。
後ろで子供の母親が何か言っていたが、土方はもう何も聞いていなかった。
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