book短A | ナノ


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「そんな………嘘だ……何のために……ここまで…」


脱力して椅子にへたり込むと、大鳥さんは伺うように僕のことを見てきた。


「……すまない、今君に彼の居場所を教えるわけにはいかないんだ」


上から降ってきた大鳥さんの言葉に、僕はハッとして顔を上げた。


「え――?」

「……土方君から口止めされてるんだ。誰が来ても、自分の居場所は教えるなって」


僕はきょとんとして大鳥さんを見つめる。


「え、……え?」


あんまり大鳥さんがはっきりしないもんだから、てっきり死んじゃったのかと思った。

俺を勝手に殺すんじゃねぇ、とかいう声が聞こえてきそうで、少し頬が緩む。


「あ………土方さん、生きてる、の?」

「うん……生きてる、よ……だけど、腹部に銃弾を食らったんだ。彼は、その……羅刹、だから、致命傷にはならなかったんだけどね…」


え、ちょっと。

何か、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするんだけど。

安心するも束の間、僕はたちまち元の殺気を取り戻した。


「銃弾、って……何の話ですか」

「いや、だから土方君は…」

「それに、口止めされてるって、一体何の話ですか?!」

「お、沖田君っ」


僕は再び大鳥さんに掴みかかった。


「何であの人が撃たれるんですか?!誰もあの人を守れなかったんですか?!」

「ちょっと、お、落ち着い…」

「今土方さんはどこにいるんです?療養中ですか?それともまた無理して仕事してるんですか?ねぇ、教えてくださいよ!!」


大鳥さんは僕の剣幕に完全に圧されて、何も言えなくなっていた。


「大鳥さん!何で教えてくれないんです?!何で口止めされてるんですか!?ねぇ、何とか言っ……」


その時また、強烈な発作が襲ってきて、僕は激しく咳き込んでその場に膝をついた。


「がはっ!……ぅっ…ごほっ…」

「沖田君!?」


こんなに怒鳴ったのは久しぶりだったし、無理もないかもしれない。

血が込み上げてこないように、必死で呼吸を整える。

ひゅうひゅうと風を切るような呼吸音は、自分でも嫌気がさすくらい不快なものだった。


「沖田君、大丈夫?!」


大鳥さんは、また水を僕に差し出してくれた。

それを黙って享受しつつ、初対面の相手にこんなにもみっともない姿を見せてしまっていることをひたすら惨めに思う。


相変わらず無力で役に立たない体が恨めしくて悔しくて、つい涙が溢れてきた。

だけど人前では絶対に泣きたくないから、唇を噛むことでそれが零れるのを必死に我慢する。


僕は…あと少しも生きられないんだから。

最後に一目会いたいと思うことは、誰にも咎められないはずだ。


「……せっかくここまで来た、のに…会えないなんて……あんまりだ……」

「沖田君………」


僕の肩が微かに震えていることに、大鳥さんは気付いたのだろうか?

そっと肩に触れてくる大鳥さんの手を振り払う力もなく、僕は床にうずくまったまま大鳥さんに言った。


「…………どこに、いるんですか」

「え?」


僕が顔を上げると、大鳥さんはびくりと体を震わせた。


「土方さんの居場所、…教えてください、よ」

「だから、それは言えないって……」

「…僕が、死ぬ前に一目会いたくって、それだけのためにここまでどんな思いでやってきたか、貴方は分かってるんですか?」

「あ……いや…………」

「お願いです…教えてください………別に、何をしようって訳じゃないんです。あの人に怒ったりもしない………ただ、会いたいだけなんです…」


泣きそうになって、僕は咄嗟に頭を垂れた。


「…僕にはもう……何も残されてない、から…」


ぽつぽつと話す僕を見て、大鳥さんは困ったように視線をさ迷わせていた。

僕は期待を込めて、大鳥さんを見上げる。


「いや………沖田君、君には悪いけど、やっぱり教えられないよ」


しかし、大鳥さんのきっぱりとした言葉に、僕は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「そんな……何で…」

「僕は、土方君と約束したんだ。一度交わした約束は、破りたくない」

「でも………」


余りの衝撃に、僕はまたごほごほと咳き込む。

そんな僕を見かねたのか、大鳥さんは深々とため息を吐いてから、訥々と話始めた。


「彼は…土方君は、自分が最後まで新選組を守れなかったことをずっと悔いていて…」

「そんな…馬鹿でしょ……」

「それで彼は…撃たれたあの日に、第一線を退いたんだ」

「は……?」

「自分はもう死んだことにしてくれ、…誰にも合わせる顔がないからって言って…それで今は……もうここにはいない」

「誰にも合わせる顔がない、なんて…そんなの……」


僕は呆気に取られて大鳥さんを見つめた。


あの前に進むことしか知らないような鬼副長が、第一線を退くなんて……


信じられないと共に、どこかでほっとしている自分がいた。

ようやく土方さんも、自分のことを考えてくれるようになったのかな。

あの肩に背負った重すぎる荷物を、ようやく下ろしてくれる気になったってこと、だよね?


様々な思いがひしめき合い、浮かんでは消えていった。

僕は目を伏せると、深く溜め息を吐いた。


「……てことは、もう、あの人を縛るものは何もないってことですか……?」

「そう、だね……」

「…そっか………なら、僕はそれでいいや…」


土方さんに会いたかった。

勿論それもあるけど、何でも一人で抱え込んじゃう土方さんを、少しでも支えてあげられたらって思ったのも、僕がここに来た一因だから。

もう、土方さんが雁字搦めになっていたものから解放されたのなら、今更僕が出て行って束縛するような野暮な真似はしたくない。


まぁ、心労は相変わらず大きいだろうけど。

でも、土方さんが自ら誰にも会うことを拒否しているのに、僕が現れたって、きっと苦しむだけだろう。


僕の言葉に、案の定大鳥さんは吃驚したようだった。


「それでいいって……沖田君は土方君に会いに来たんじゃないのかい?」


唖然として聞いてくる大鳥さんに、僕は諦めたような目を向けた。


「そりゃあまあ…そうですけど、……でも、どうしても教えてくれないんでしょ?居場所」

「っ………」


大鳥さんはまた困ったように目を泳がせている。

それを見て、僕は改めて思った。

僕と土方さんの間に立たせて、この人にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないな。


「昔からあの人は、こうと決めたら絶対に意見を変えない人だから。あの人が会いたくないって言うなら、もう会いたいだなんて言いませんよ。別に、教えてほしいとも思いません」


もう、土方さんの考えは分かったから。
僕が出て行くまでもないでしょ。


……本当は、最期に思う存分甘えて、思う存分困らせてあげたい、とか考えなくもなかったけど。


「そんな……」

「それに、貴方に土方さんとの約束を、違えてほしくもないですし」

「え?」

「誰にも居場所を言わないって約束なら、それを守ってください」


大鳥さんは、目を丸くして僕を見ていた。


大方、予想より僕がいい子だから驚いたってところだろう。

もっともっと、我が儘を言って駄々をこねるとでも思っていたんだろう。


でも、僕だって子供じゃないんだ。

これ以上大鳥さんを煩わせたくもなかったし、退き際はわきまえるべきだと思った。


「……じゃあ、ご親切にありがとうございました」


僕は早々に立ち上がると、ふらつく足元を誤魔化しながら部屋を後にしようと歩き出した。


「ち、ちょっと待ってよ!」

「え?」


しかしすぐに大鳥さんに止められる。

……まぁ、何となく予想はしてたけど。


「君、一体どこに行くつもり?!」

「どこって……」


まぁ、もう江戸に帰るだけの体力は残ってない、かな。

ふと、良くしてくれた植木屋さんの顔が思い浮かんで、何だか少しだけ申し訳ない気持ちになった。

きっと、驚いてるんだろうな。

僕が置き手紙と金子の袋だけ残して、綺麗さっぱり消えちゃったから。

でももう、二度と会うことはないだろう。


「そう、ですね………この近くのお医者さんのところに行こうかな…」


何となく思いついたままに言うと、大鳥さんは険しい顔をして僕を激しく叱った。


「そんなの駄目だよ!君にそんな体力はないだろう!君も土方君も、どうして自分の体を大事にしようとしないんだ!新選組の人はみんなこうなのかい?」


心底呆れ果てたように言う大鳥さんに、僕は肩を竦めて見せた。

この分じゃ、土方さんがここに来てからも仕事馬鹿だったことは確実そうだ。

毎日それを見せつけられて、彼を休ませようと、大鳥さんもさぞかし苦労したことだろう。


そう思ったら何だかおかしくなっちゃって、場違いだけどつい笑ってしまった。

案の定、相変わらず険しい顔をした大鳥さんに睨まれたけど。


「あのね、沖田君。ここには軍医だっているし、ここらでは一番堅固な要塞なんだよ?悪いことは言わないから、ここに残ってよ。僕は君をみすみす帰すような真似は絶対にできないよ」


必死で僕を説得しようとする大鳥さんに、僕はにっこり笑いかけた。

大丈夫です、っていう思いを籠めて。


「すいません、僕も土方さんと同じで、一度こう、って決めたら絶対に意見を変えない人間なんです。役にも立てないのに、ただここに置いてもらうわけにはいきませんよ。僕、お荷物にはなりたくないんです」

「そんな…沖田君………」


大鳥さんは、再び大きく溜め息をついた。


「はぁ……土方君が言っていた意味がわかる気がするよ」

「え?」

「あいつには誰も適わねえよって、しょっちゅう言っていたんだ。確かに、君に適う人は一人もいない気がするな」


大鳥さんの言葉に、僕は顔に熱が集まるのを感じた。

適う人、誰もいなくないよ。
一人だけ、いるよ。


「そう、ですか……じゃあ、色々とご迷惑をおかけしました」


そう言って頭を下げると、少しだけ後ろ髪を引かれる思いをしながらも、大鳥さんがこれ以上何も言わないうちに、僕は素早く五稜郭を後にした。




*maetoptsugi#




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