夕餉の時間になって初めて、土方さんは部屋から出てきた。
何でも、暇で暇で、最終的にふて寝をしていたらしい。
おかげで少しだけ血色が良くなっている。
ホッとしたものの、そんなに暇なら僕を構ってくれたっていいのに、なんて内心ちょっとしょげた。
きっと、僕を構うなんて、土方さんの選択肢にはなかったんだろう。
まぁ僕だって、土方さんの部屋には出向かなかったわけだけど。
だって、せっかく暇なんだから、休んでほしいとも思うじゃないか。
「そういや、土方さんは書かねえの?短冊」
「あー、後で書いとく」
「げ、俺の短冊、こっそり見たりしねぇでくれよ!?」
「お前の短冊になんざ、興味ねぇよ」
「ひど!それはそれで傷つく!」
「なら見る」
「えー!!だからやめてって…!」
平助と土方さんの会話を、どこか上の空で聞く。
やっぱり素直に、僕の一番のお願いごとを書くべきだったかな。
頭の中にはそんなことばっかり。
夕餉が終わって自室へ引き下がってからも、僕は畳の上に寝っ転がって、ずっと短冊のことを考えていた。
匿名にして、筆跡も変えれば、誰だか分からないんじゃないかな。
それに、皆が寝静まるのを待ってから行けば、きっと誰も気がつかないはず。
僕はごそごそと起き上がると、隠し持っていた短冊に、下手くそな字で願いを書いた。
それから、昼間の土方さんの横顔なんかを思い出しながら、真夜中になるのをじっと待つ。
うずうずして、本当にこの願いでいいかどうか何度も悩んで、そうこうしているうちに、屯所の中が静まり返った。
音を立てないよう襖を開け、気配を消して廊下を歩く。
笹のところまで行くと、悪いと思いつつ、とりあえず皆の願いを読んでみた。
平助は、背が高くなりますように。
新八さんは、俺るーと。
左之さんが意外にも、皆でずっと仲良く過ごせますように、なんて祈ってて、何だか心が温かくなった。
山崎君は、忍法畳返しのばーじょんあっぷ。
そして一君は、僕と同じ。右差しでも一番になりたいと書かれていた。
何故か墨が透けているから裏っ返してみたら、勇気を持って告白したいと書かれていた。
それにちょっとだけ、背中を後押しされる。
いいよね、僕だってお願いして。
強くなりたいだの何だの、隊士たちの立派なお願いが所狭しと並んでいるのをかき分けて、皆に読まれないよう、できるだけてっぺんの方に短冊を吊そうと躍起になる。
縁側から手を伸ばしてみたり、石の上に乗っかってみたり。
だけど、あと一歩届かない。
でも、どうしても、てっぺんだけは譲れなかった。
だって、なるべく高いところの方が、願いが届きそうな気がするから。
こんなことなら、脚立を持ってくればよかったな、なんて後悔しつつ、打開策を考える。
すると。
それまで気配を消していたのか、急にすぐ後ろから砂利を踏みしめる音がして、振り向く間もなく手から短冊を奪われた。
「―――っ!」
気配を読み取れなかったことに酷く狼狽し、まずい、それだけは見られるわけにはいかない!と焦り、取り返すためその人物に掴みかかろうとして、止めた。
「土方さん………」
もう、手遅れだ。
この人に、僕の気持ちなんて、隠せるわけがないんだから。
「………………」
土方さんは、僕の短冊を暫く見つめていた。
どうしよう、こんなことを願われても迷惑だとか、悪いが叶えてやれねぇとか、そんなことを言われたら。
それ、僕のじゃありませんって言ったら、信じてもらえるかな。
居心地悪く、顔も上げられないままで、もじもじとその場に突っ立っていると、不意に土方さんが、縁側から屯所の中へと消えて行った。
え、なに?捨てに行ったの?なんておろおろしながら待っていると、やがて、土方さんが脚立を片手に帰ってきた。
「あ………」
びっくりして見ているうちに、土方さんは、僕の短冊をてっぺんにくくりつけてしまった。
なんで、どういうつもりで、なんていう疑問は全く言葉にならなくて、僕は馬鹿みたいに呆然としているしかない。
脚立から降りて、僕の方に歩み寄ってくる土方さんを、僕は呆気にとられて見つめていた。
「何で、昼間来なかった」
「え?」
「ずっと待ってたんだぞ」
「何、が……」
突拍子もない土方さんの質問に、頭が混乱する。
「俺が暇だって分かってたはずだろ?なら来るんじゃねぇかと思って、ずっと待ってたのによ」
何で来なかった。
土方さんはもう一度言った。
それで、ようやく何のことを言われているのか理解した。
「何で、って…………そんなの、僕が聞きたいよ…」
「何だと?
」
「僕だって、ずっと待ってたのに。土方さんが来てくれるの、ずっと待ってたのに!」
「………」
「何で来なかったって………土方さんには、自分が行くっていう発想はないんですか?」
「……………悪い」
「いっつも………いっつも僕ばっかりで…追いかけてばっかりで……僕ばっかり好きみたいで……もうやだよ…………」
ずっと思っていたことをぶちまけたら、とうとう我慢していた涙が出てきた。
「昼間だって、もっと話したかったけど……話したいこと…たくさんあって……でも、土方さんは…こんなの……つまんないかな、とか…思って……」
土方さんは黙って僕を見つめていた。
その視線が居たたまれなくて、僕は土方さんに背を向ける。
「やだ……もう…………嫌いなら嫌いって言って……」
ぐずぐずと鼻を啜って、呼吸を整えようとしていると、また砂利の音がして、土方さんが近づいてくるのが分かった。
抱きしめてくれるのかな、なんて思ったら、右手を取られて、何かを渡された。
「あ……」
「読んでみろ」
それは、土方さんの短冊だった。
暗くてよく見えないけれど、目を凝らして読んでいくと、土方さんの願いが、達筆で丁寧に書かれていた。
『好きな奴を、生涯愛し抜きたい』
隅の方に、土方さんの幼名で、義豊と小さく記名してある。
「これって、僕のこと……?」
「当たり前だろ。他に誰がいるんだ」
読んで、胸がぎゅっと締め付けられた。
嬉しくて、幸せで、そして少し怖い。
僕は、恐る恐る後ろを振り向いた。
「俺は、こういう男だから、つい、言わなくても分かるだろって思っちまう。お前の感情の機微に、なかなか気付いてやれねぇ」
「う、ん………」
「けど、ちゃんと好きだ。お前が、愛しくてたまらねぇ」
「うん…………」
「分かったら、それ、吊して来い」
僕は、はじかれたように顔を上げ、てっぺんの、僕の短冊の傍に、土方さんのものをくくりつけた。
脚立から降りて、夜空を見上げる土方さんの斜め後ろに立つ。
「星が綺麗だな」
「……そうですね」
「晴れて、よかったな」
僕は、袖口で乱暴に涙を拭った。
土方さんは、欲しい時に、欲しい言葉を、ちゃんとくれる。
感情の機微が分からないなんて、そんなの嘘だ。
ちゃんと、僕のことを見てくれている。
不安になるなんて、馬鹿みたいなのに。
でも、どうしても、たまに不安で押しつぶされそうになってしまう。
「ねぇ、土方さん」
「ん?」
「土方さんは、どうして僕なんですか?」
「はぁ?」
「だって他にも、綺麗な人とか、気立てのいいお嬢さんとか、土方さん好みの武士の娘さんとか、土方さんさえその気なら、引く手は数多なはずじゃないですか」
地面の石ころを見ながら言う。
土方さんは、暫く黙ったまま何も答えてくれなかった。
痺れを切らして土方さんを盗み見ると、僕を見ていたらしい土方さんと、バッチリ視線が合う。
「そうだな………お前と出会ってなかったら、そういうありふれた家庭に収まってたかもしれねぇな」
「やっぱり…」
「ったく……何をまだ不安に思ってんだよ」
「だっ、て」
「悪いが、お前に出会っちまったから、もうお前以外見えてねぇよ」
「……っ……ま、また……口が上手いんだから…」
僕は恥ずかしくなって俯いた。
それから、無防備に晒されている土方さんのの手をじっと見つめる。
土方さんの横顔に視線を戻すと、優しい顔をして、皆の短冊を眺めていた。
今なら、手を繋いでも怒られないかな。
誰も見てないし、ほんとは昼間だって繋ぎたかったのに我慢したんだから、いいよね?
そう思って何度も手を伸ばすものの、結局宙を切るばかりで、なかなか土方さんの手に到達できない。
そうこうしているうちに、ふと土方さんの手が後ろに動いた。
「あっ………」
咄嗟に逸らそうとした手が、空中でぶつかる。
土方さんが驚いたように振り返って、僕は視線を泳がせた。
「ごめ…なさ………」
消え入りそうな声で言ったら、土方さんはふっと笑みを漏らした。
それから無言で僕の手を取り、指を絡めて握ってくれる。
「……手ぇ繋ぎてぇんなら、そう言えばいいじゃねぇか」
「……………だって」
「だって、じゃねぇんだよ」
「…はい」
僕らはそのまま縁側に移動して、二人で肩を並べて、長いこと星空を眺めていた。
今この時が、ずっと続けばいいのに。
会話こそなかったけど、握られた手の温かさが心に染み入って、どこまでも幸せだった。
「土方さん」
「何だ?」
「みんなのお願い、叶うといいですね」
「あぁ、そうだな………ちなみに、お前の願いは、星に願わなくたって、俺が叶えてやるからな」
「じゃあ、僕だって、一生愛し抜かれてあげてもいいですよ?」
「はぁ?今更何言ってんだ。お前に拒否権はねぇよ」
「んな!横暴な!」
でも、その横暴さが好きだったりするんだ。なんて思いながら。
僕らの笑い声は、いつまでも星夜に響いていた。
『好きな人の、一番傍にずっと居られますように』
2012.07.07
七夕、すっかり忘れてました。
土沖広まりますようにって、1日くらいにちゃんと短冊に書いたのに、当日はすっからかん。
途中から進路変更して、無理やり七夕の話にしたので、どこを目指していたのかさっぱり分からなくなっちゃいました……
とりあえず土沖よお幸せに。
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