静寂に包まれて、2人の視線が錯綜する。
一方は激情、他方は戸惑い。
総司は、切っ先を斎藤に向けたまま、じっと動かずに立っていた。
しかし、身体はいつでも飛びかかれるように身構えて、神経という神経に意識を集中させている。
一瞬を永遠に感じるとは、こういう時のことを言うのだろう。
沈黙がいたたまれなくなって、総司は重々しく口を開いた。
「何とか言ったらどうなの?それとも、このまま僕に斬り殺されたいの?」
すると、今まで押し黙っていた斎藤が、静かに刀を納めてしまった。
もっとも、斎藤は最初から切っ先を総司に向けてなどいなかったが。
総司は憤って間合いを詰めた。
「一体どうしたっていうのさ。いざ僕を斬ろうとしたら、怖じ気付いちゃったわけ?」
斎藤に対して、ひどいことを言っているのにも気づかない。
「僕も今まではそうだったけど、君は今でも人間兇器なんだ!命令を受けたら、相手が仲間だったモノだろうがなんだろうが、感情を無くして斬り捨てなきゃならないんだよ!」
斎藤は、この上なく低い声で答えた。
「総司、いいから剣を仕舞え」
総司はますます憤慨する。
「何だって言うのさ!殺すならいっそのこと一思いに斬ってほしかったよ!何?それとも僕が剣を仕舞って、油断した隙にでも斬るつもりなの?……ふん、一くんらしいや。自分の任務を全うするためなら、手段は選ばないんだね」
総司が大きく息を吸い込む。
斎藤は、驚いて目を見開いた。
何故なら、総司が自らの腹部に、切っ先をあてがったからだ。
刃が、月の光を受けて、きらりと光った。
「そ、じ……何を……」
総司は困ったように笑う。
「誰の命令だか、教えてよ……」
ひどく掠れた声だった。
「これで、一くんの任務は成功するでしょ?だから、最後に教えて…一体誰が、僕の死を望んだの?」
総司の顔が、苦しげに歪められる。
斎藤は、これ以上何を言っても総司を説得することは不可能だと考えた。
それと共に、誰かの名前を言わない限り、総司は死なないだろうとも思った。
そして、総司の方へ歩み寄った刹那、
総司から血煙が上がった。
「な……」
驚いて、斎藤の動きが止まる。
しかしそれが喀血によるもので、総司がごほごほと咽せているのだと分かると、すぐに駆け寄って、その手から刀をもぎ取った。
「おい!おい、総司!しっかりしろ!」
斎藤が抱きかかえてやると、総司は痛々しい顔で笑う。
「ほら、一くん、僕はもう、いつ死んでもおかしくない身体なんだよ…」
肩で息をしているところをみると、相当苦しいのだろう。
紡ぐ言葉も途切れ途切れで、喘ぐ息が荒い。
「一くん、今なら、僕のこと、殺せるよ」
はあはあと息づいて、総司が続ける。
「土方さんも、めずらしく浅慮だなあ……ほうっておいても死ぬ人を、わざわざ危険を冒して、殺そうとするなんて……」
斎藤は、しかめっ面でなじる。
「何故、副長だと決めつける」
「だって、近藤さんの手は暗殺なんかで汚させないもん。それに、一くん一人が来たあたり、土方さんの他に、思いつかない」
斎藤は、懐紙を取り出して総司の口周りを拭いてやると、若干冷ややかな声で言った。
「俺はあんたに人殺し呼ばわりされる覚えはない。何があったのかは知らないが、自分が暗殺されると勘違いするのだけはやめてもらおう」
今度は、総司の目が見開かれる。
「…勘違い?」
言いながらまた咽せ込んで、口と胸元を深紅に染めている。
「ああ、勘違いも甚だしい」
「だって、僕を一人で外に誘き出す為に、わざと近藤さんの登城の話をしたり、裏口を開けておいたりしたんでしょう?違うの?」
「総司、副長はそんな浅慮なことはなさらない」
斎藤は微かに微笑むと、総司の図体の大きな身体を軽々と背負った。
「あんた、痩せたな」
「わ!ちょっと、一くん!何するの!」
「何って、屯所まで運ぶ」
なおも暴れている総司を黙らせるため、斎藤は手荒ながらも、総司の鳩尾を軽く肘で打った。
肺を外し、かつ身体に負担をかけないようにするのには、大変骨が折れる。
「総司、土方さんの命令というのだけは、当たりだ」
既に意識のない総司に向かって、斎藤は寂しげに呟いた。
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