総司はしっかりと、刀を構え直した。
恐らく、これが人生最後の居合いになるだろう。
総司はいつも、最初の構えで右に寄る癖がある。
それと正反対なのが、斎藤の構えで、いつも左に寄り気味である。
そして、総司の剣を天才的と言うのなら、どこまでも重たく、人間的なのが、斎藤の剣であった。
思えばよく近藤や土方に言われた。
一度総司と斎藤を真剣で戦わせてみたい、と。
それと同時に、もしもそんなことがあれば、双方無事ではいられないのではないか、とも言われた。
つまり、2人は、絶対に敵味方に疎隔してはならない、因縁の仲なのだと、そんな意味のことを、よく聞かされた気がする。
2人とも、持ち味や癖が極端に違う。
だからこそ、永遠に勝負がつかないか、共倒れになるか、どちらにしろ良い結果にはならないだろうと、しょっちゅう近藤が言っていたのだ。
その時は、酒の肴程度の、至って軽い話だったのだが、今は違う。
こうしていざ対峙してみると、総司の中で、戦いたい、という意欲がどんどん失せていくのだった。
「一君……言い訳とか、しないでね。君に斬られるなら、本望だから」
斎藤は答えない。
再び冷たい殺気を身に纏って、暗闇の中に佇んでいる。
ただひたすら、総司の出方を見極めているかのようだった。
「新撰組のやり口なら分かってるんだ。無用になったら斬り捨てる。僕は、無用になったってことでしょ?」
総司は嗚咽を堪えて話し続ける。
「用意周到だよね……あの小姓が近藤さんのことを話したのも、僕がすんなり妾宅を抜け出せたのも、全て計算付くなんでしょ?」
「……あんたがそう思うなら、そうなんだろう」
斎藤の言葉に、総司は大きく目を見開いた。
心のどこかで、微かに期待していた。
それは違う、俺は、あんたを迎えにきたんだ―――。
斎藤の口からそんな言葉が漏れるのを、今か今かと待ち望んでいた。
しかし、いつまで待っても、斎藤は否定をしようとはしなかった。
総司の頬に、一筋の涙が零れる。
僕、本当に、新撰組にとっていらない存在になっちゃったんだ。
もう、用済みになっちゃったんだ。
普段から、そんな不安を抱えてはいた。
近藤や土方のために戦って、ずっと傍にいたかったけれど、自分にはその資格がないと思い始めていた。
だけど、心のどこかでは信じていた。
自分が幼い頃から、寝食を共にしてきた仲だ。
そんな簡単に切れる絆で繋がってはいない。
そう思って、不安に押しつぶされそうになるのを堪えてきたのに。
懸念が現実になると、途端に重みが倍増する。
「一君、一人できたの?」
「……いや」
「もしかして、僕が斬っちゃったとか?」
「………………」
「そう……近藤さんと…土方さんに、謝っておいてね」
名前を口にした途端、身体が内側から抉られるような痛みが、胸を貫いた。
痛い。
心が、引き裂かれそうだ。
近藤さんは…土方さんは、今この瞬間を、どんな気持ちですごしているのだろう。
……少しは、僕のことを考えてくれているのだろうか。
「何が嫌って、死ぬことじゃないんだ。そんなの、とっくの昔に覚悟して、毎日刃の下をくぐってきたんだから」
総司の独白を、斎藤は黙って聞いていた。
……一君は、今どんな気持ちでそこにいるの?
「ただ、忘れられてしまうのが…怖いんだ」
総司は、伺うように、斎藤の顔を見た。
「…例え望まない死だとしても、人間いずれ死ぬんだもんね。それが早いか遅いかの違いだけで…だから、怖くない」
自分を諭すように、総司は呟いた。
「俺が、忘れない」
不意に、斎藤の声が響く。
こみ上げてくる感情を抑えたような、苦しげな声だった。
「はじめ、君…?」
「己の願望に背いて…俺はあんたを斬るのだ。俺の心に遺る傷は何よりも深く、決して消えることはない」
「はっ……君、随分損な役回りなんだね」
突然、斎藤がその場に崩れ落ちた。
「ちょっと、どうしたのさ」
「こんな…不甲斐ない俺を、許してくれ………」
「はじめくん?」
「俺は…あんたを斬るという、そんな残酷な内容でも……命令に背くことなど、できはしなかったのだ……」
「一君……泣いてるの?」
「頼む、総司…今すぐ逃げてくれ。俺を斬って、どこか遠くへ…逃げて……くれ」
総司は、その場に立ち尽くした。
「俺が…あんたを殺せずに、逆に斬られたことにすれば……あんたを助けることができる…だから……」
頼む、逃げ伸びて、生きろ。
そう、斎藤は言った。
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