短編倉庫 | ナノ


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総司と喧嘩した。


理由は些細なことだ。

いや、俺が些細と言うべきじゃねぇな。

簡単に言えば、残業で連日帰りが遅くなった所為で、毎日毎日夕食を作って待ってくれていた総司の堪忍袋の緒が切れたのだ。


「土方さんの馬鹿!」


最早口癖のようなその言葉も、今日は語気が強くいつもとは全く違って聞こえる。


「だから、悪かったって言ってんだろ」


悪いのは俺だという自覚はあったが、 既に疲労困憊の俺に余裕はない。

怒鳴られれば怒鳴り返してしまう程度には苛々していた。


「そんなの言葉だけですよ!全然反省してるように見えないもん!」

「反省してるさ」

「嘘!仕事なんだから仕方ないだろって思ってるんでしょ?」


実際、心の片隅で思わないこともなかったので、否定もできずに俺は口を噤んだ。


「そんなことも分からないのかって、僕のことを煩わしいと思ってるんでしょ?!」

「違ぇよ!それはお前の勝手な被害妄想だ」


売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。

気付いたら、口角泡を飛ばして喧嘩していた。


「ほら、そうやってほんとは僕のこと、分からず屋だと思って憎んでるんでしょ?」

「い、いや……」

「最っ低!土方さんはいいですよね、疲れて帰ってきてもご飯は用意されてる、お風呂は沸いてる、家の中は暗くも寒くないし、一人ぼっちじゃないし、何一つ不自由なんてないじゃないですか!」


俺は息を飲んだ。

裏を返せば、総司は疲れて帰ってもご飯はないしお風呂も沸いていないし、家は暗くて寒く、俺が帰ってくるまでずっと一人ぼっち、ということになる。


「それが一体誰のおかげで成り立ってることなのか、土方さんは考えたことがあるんですか?!」


全て、総司のおかげだ。

そんなことは前から知っている。
それに、それなりに気にしていた。

が、いつも仕事の忙しさにかこつけて見てみぬふりをしてきたのだ。


総司から面と向かって言われるのは初めてで、前から罪悪感があっただけに尚更俺は狼狽えた。

こうして改めて考えてみたら、俺ってすごく悪い奴じゃねぇか。


「毎日夜遅くまで、寝ないで待ってるのに!」


俺は奥歯をギリギリと噛んだ。

くそ、何も反論できねぇ。


「それとも、僕のいる家には帰ってきたくないってことなんですか?僕がいなくなればいいの?そしたら残業はなくなるの?」

「違ぇよ!年末は仕事が立て込んでるだけだ!」

「なら連絡の一本くらいくれたっていいじゃないですか!そしたら僕だって、わざわざ苦手な料理なんかしないのに!」

「だからなぁ、忙しくて…」

「毎日温かい内に食べてもらえないご飯を作る僕の身にもなってよ!下手くそなりに努力してるのに!」


総司が相当怒っているのはよく分かる。

が、俺だって好きで残業してるわけじゃねぇんだ。

いい加減に苛立ちが募ってきた。


「それともなに、僕の料理が嫌なの?だったらはっきりそう言ってよ!そしたらもう作らな……」

「違うっつってんだろ!」


つい声を荒げてしまった。

ハッと我に返った時にはもう遅い。


総司の目が見る見るうちに潤んでいって、あっと思った瞬間には、ぼたぼたと大粒の涙が零れ出していた。


「っ悪ぃ……」


決まりが悪くなって視線を泳がせていると、総司は酷く鼻にかかった、今にも消え入りそうな声で「もういい」と言った。


「総…」

「もういいです…っ…土方さんが、僕のことを嫌いになったのはよく分かりましたから……ぐすっ…」

「おい、ちょっと待…」

「煩わしい僕は、明日になったら出て行ってあげます…でも、今日はここに泊めてくださいもう終電ないんで……」


そう言って、総司は盛大な音を立てて鼻を啜った。

それからおもむろに踵を返すと、真っ直ぐ寝室に向かって歩き出した。


「おい待て、総司!」


俺は慌てて総司を追いかけた。

その手を掴んで引き寄せようとすると、総司に思い切り振り払われた。


「やめてよ!もう僕には構わないで!」

「総司、聞いてくれ、」

「やだ!僕だってもう我慢の限界なんです!」


俺は、寝室のドアに手をかける総司に縋り付こうとして、またもや拒絶された。


「……土方さんなんか大っっ嫌い」


そう言い捨てて、呆然として立ち竦む俺を余所に、総司は寝室へと消えていった。


慌てて中に入ろうとした時にはもう遅い。

寝室は、中からしっかりと施錠されていた。


俺はまんまと締め出しを食らったわけだ。


「っおい!総司!」


俺はドアを力任せに叩いた。


「総司!開けろ!おい!」


それからドアノブもがちゃがちゃと動かした。

しかし中はしーんと静まり返ったままだ。


「ったく、話し合う気もねぇのかよ!」


つい苛立ち任せに暴言を吐くと、刺々しい言葉は辺りの静寂に吸い込まれて虚しく消えていった。

話し合いの余地もないということなんだろう。


「…ちくしょっ」


俺は仕方なくソファにぼすんと座り込んだ。




―|toptsugi#




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