短編倉庫 | ナノ


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最近、咳が激しくなった。

急に冷え込みが酷くなったからだろう。



またか、と思う。

あの頃のようにまた、血を吐いて長いこと苦しんで、最終的に……一人ぼっちで死ぬのかと。

そんなことはありえないと冷静な自分は分かっているのに、咳き込む度にどうしても感傷的になってしまう。



壁のカレンダーを見上げて、総司は憂鬱な気分になった。


もうすぐクリスマスだ。

あの頃は、そんな行事のことは知らなかった。


イエス・キリスト。

そんな人、知りもしなかった。


ただひたすらにその日生き延びることだけを考えて、あぁまた今日も生きていられたという妙な安心感に包まれて寝る。

海の向こうに広い世界が広がっていることは知っていたが、そんなことにまで頭を回らせる余裕はなかった。



でも、それでも充実していた。


好きな人がいて、燃えるような生き甲斐があって。

今のように何の目的もなく、平和に生きていられる世の中よりも、ずっと―――楽しかった。



溜息混じりにダッフルコートを羽織り、赤いチェックのマフラーを首に巻きつけると、総司は暖房のきいた部屋を後にした。


病院に行かなくてはならない。


労咳――もとい結核ではないが、小児喘息が未だに治らないのだ。

毎日吸入し、薬を飲み、月に何度かの通院も義務付けられている。



一歩踏み出すと、外には冷たい北風が吹き荒れていた。


総司は自らの体を抱きしめるように縮こまりながら、掛かり付けの病院へと足を速めた。














病院は、患者で溢れ返っていた。

この界隈では一番の規模を誇る総合病院だし、今日は休日だし、そうでなくても寒さの為か、いつにも増して患者が多かったのだ。



数十分待たされた後に名前を呼ばれ、簡単な問診と検査を受けて薬の処方箋をもらったら、主治医はすぐに返してくれた。


寒いから風邪を引かないように気を付けるんだよ、総司君は気管支が弱いから、ちょっとの風邪でもこじれて肺炎になったりするからね―――。


医者はいつものように優しく診察してくれた。しかし、いつもより若干疲れている様子だった。

きっと、診察が立て込んでいるのだろう。



総司が診察室を出ても、病院のロビーは来た時と大差なく、大変混み合っていた。

熱で苦しそうな人、総司と同じように咳込んでいる人など、大人から子供まで多種多様だ。


総合病院だと、あちこち科をたらい回しにされたり、たった数分の診察のために数時間も待たされたりして、来るだけで疲れてしまう。



「……」



総司が薬を受け取るために窓口の前の椅子に座って待っていると、突然横に小さな子供が座ってきた。


4、5歳だろうか、何とも可愛らしい女の子だ。



何ともなしに見つめていると、不意にその子と目があった。

総司はにこりと笑ってやった。


すると、女の子ははにかんだように笑い返してきた。



「こんにちは」



総司が話しかけると、女の子も小さく返事をした。



「こんにちは」

「君、どこか悪いの?」

「ううん。ママを待ってるの」

「そう。じゃ、ママの具合が悪いの?」

「そうだよ。でも、パパがついてるから大丈夫」

「君、名前は?」

「つかさ」

「へぇ、僕は総司。僕の名前も、つかさちゃんと同じ読み方するんだよ」

「そうなの?そうじお兄ちゃんも?」

「そう、同じだね」



元来子供好きのする性格だ。

総司はすぐその子に懐かれた。



「そうじお兄ちゃんはびょうき?」

「うん、そうだよ」

「なおる?」

「きっと、そのうちね」



女の子は不思議そうに総司を見た。



「ねぇ、それよりさ、つかさちゃんのパパたちはどこに行っちゃったの?」



総司は先ほどから気になっていたことを聞いてみた。



「ママがね、おくすり待ってたらぐあいわるくなっちゃったから、いっしょにトイレにいったの」

「あぁ、そう」

「つかさはね、もう5歳だからね、おりこうさんにまってられるんだよ」

「そっか、偉いね」

「しらない人にもついていったりしないんだよ」

「でもじゃあ、僕と話してていいの?」

「そうじお兄ちゃんはいいの」

「そうかなぁ」



無邪気に笑って頷く女の子に、総司は困ったように笑って見せた。



「じゃあさ、パパたちが戻ってくるまで一緒にいてあげるよ」

「ほんと?」

「うん、どうせまだまだ名前呼ばれなさそうだし」



総司は女の子の頭を優しく撫でてやった。




―|toptsugi#




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