リーマン……?なのか何なのか。
「……暑いな」
「あぁ………」
スーツを肩に引っかけてだらだらと隣を歩いている土方の顔を、原田がちらりと一瞥する。
「……土方さん、本当にいいのか?」
「ん?………あぁ。少し放っといた方がいいんだよ、あんな奴」
「そうなのか?」
何か言いたげに原田が土方の顔を覗き込むが、土方は全くの無表情で淡々と足を進める。
土方と沖田がいつものように痴話喧嘩を始めて、原田がおっかなびっくりそれを見守っていたのはつい先刻のことで。
いつもよりやけにこじれてるな、と冷や冷やしていたら、案の定、沖田は馬鹿!と叫びながら飛び出していった。
土方は土方でブスッとヤさぐれて、自分は飲めないにも関わらず、原田を飲みに誘ったわけだ。
何で俺が巻き込まれなきゃなんねえんだ?
とかなりの疑問を抱きながらも、土方を諭すために、原田は仕方なく誘いに乗った。
追いかけなくていいのかと聞いても、総司が悪い、誰があんな奴、の一点張り。
お互いに意地っ張りだとこうも喧嘩が拗れるものかと、原田は溜め息をついた。
「で?…総司は何であんなに怒ってたんだ?」
行きつけの居酒屋の暖簾をくぐり、生ビールとウーロン茶を一杯ずつ注文しながら、原田が土方に尋ねる。
「あいつはな、俺が姉貴と会ってたのを、どっかの女と浮気してたって勘違いしてやがるんだよ」
「は………」
そういえば、土方には鼻っ柱の強いお姉さんがいたなぁ、と原田は思いを馳せる。
この土方を思い通りに動かし、その尻に敷いているのだから、相当手強い女だ。
「ったく……俺がいくら説明しても聞く耳持たねえし…あの馬鹿野郎」
その馬鹿野郎にぞっこんなのはどこの誰だよ、と原田は心の中で突っ込んでおく。
「ま、総司は拗ねると一筋縄じゃいかないからなあ…」
「あぁ…ってお前が総司を語るなよ!」
「悪い悪い」
ぽりぽりと頭を掻く。
土方の独占欲の強さにも呆れたものだ。
「それから何で総司って呼んでんだよ!?」
「いや…総司が沖田は嫌だとか言うからさ」
土方の目にどす黒い嫉妬の焔が渦巻く。
「あの野郎………ただじゃ済まさねえ!誰にでもほいほい媚び売りやがって!」
砕け散るのではないかというほど、土方がウーロン茶のジョッキをギリギリと握り締める。
「何で飲んでない土方さんが、俺より管巻いてるんだよ」
「巻いてねえ!…くそ」
そして一気にウーロン茶を煽る。
その時、土方の携帯が甲高い着信音を鳴らした。
「あ、総司じゃねえか」
ディスプレイに表示された、「総司」の文字。
原田はほっと溜め息を吐く。
どうやら今回は、総司が大人になってくれたみたいだ。
「早く出なって」
「ったく、何を話すことがあって電話なんかしてきてんだよ」
「いいから出ろよ。切れちまうぜ?」
これでようやく解放されるかな、と期待しつつ、原田は土方を促した。
「…何だよ」
刺々しい声で土方が電話に出た。
いきなりそりゃねえだろ、と思って、原田は成り行きを見守る。
『あ、土方さん』
「だから何だよ、」
『僕、今○○駅の前にいて、』
電話のバックに、電車の音やがやがやした喧騒が聞こえている。
「○○駅?……なんだ、すぐそこじゃねえか」
『でね?可愛い女の子たちの集団に逆ナンされちゃったんですよ』
「は……?お前まさか…」
『はい。今から一緒に遊んで来ますね』
「や、ちょっと待て!」
『何で待たなきゃいけないんですか。土方さんには関係ないでしょ?』
「じゃあ何でわざわざ電話してくんだよ!」
通話口に耳を近付けて聞いていた原田は、事態の思わぬ展開に慌てふためく。
浅はかだった。
総司の奴が、こんなに従順なわけがないんだよな。
『と、とにかく僕は行きますから!土方さんは原田さんと酔いつぶれててください』
「ば……」
土方さんの額に青筋が立っている。
ヤバいぞ…マジでヤバいぞ?
もう好きにしやがれ!
なんて怒り出すのかと思ったら……
「バカやろ総司!絶対行くんじゃねえ!そこで待ってろ!」
そう言って電話を切ると、ばたばたと身支度を始めた。
……なるほど。
こういうところは男らしいんだな。
総司の奴が惚れるのも無理はないかと、原田は一人合点する。
「誘っておいて悪いんだが、行ってもいいか?」
「…おいおい今更だろ。早く行けって」
「おう。悪いな」
「あ、これ土方さんの奢りだからな!?」
「分かった分かった、後で払う」
そして土方は、嵐のように去っていった。
▲ ―|top|tsugi#