土方さんが酷い人です。
あと歴史捏造して、宗次郎は5、6歳のつもりで書いてます。
「ひじかたさん」
土方の腰ほども身長のない小さな子供が、後ろからひょこひょこついて来る。
名前は沖田宗次郎。
ついこの間、近藤の義父、周助のところへ内弟子として預けられた餓鬼だ。
何でも小さい頃に両親を亡くし、暫くは一番上の姉が引き取っていたのだが、その姉に子供が生まれた所為で厄介払いされたらしい。
体よく捨てられたんだな、と土方が言うと、このことを土方に教えた勝太は、それは違うと怒号した。
ミツ…というのは宗次郎の姉の名前だが、彼女は口減らしのために泣く泣く頼み込んできたんだと、勝太はまるで自分のことのように、それはそれは悲しそうに言った。
そうは言っても、現実として宗次郎は無理やり一人ぼっちにさせられたんだから、そんなのはただのきれい事じゃねぇかと土方は思っている。
土方も幼い頃に両親を労咳で失い、ずっと姉夫婦の元で育ったから、宗次郎の気持ちが分からなくはない。
小せぇのに可哀想だな、と少なからず同情もしていた。
がしかし、土方は何と言っても子供が大嫌いなのだった。
自分とてまだ青二才で、自分の面倒を見るので精一杯だ。
女と揉め事を起こして奉公先は首になるし、実家の石田散薬も売り歩かなければならない。
試衛館にも正式に入門したわけではないというのに、こんな餓鬼のことなんざ知ったこっちゃねぇ、と思っていた。
しかし何を間違ったか、宗次郎の方では、たまにやってくる少し怖いお兄さんのことを気に入ってしまったらしく、こうしてたまに顔を出すとやたら付き纏ってくるのだ。
土方はそれが嫌で、いつもやりすぎな程突き放すのに、宗次郎は臆するどころか、むしろ嬉しそうにしつこく付いて来る。
今もわざと早足で歩くのを必死で追いかけてくる宗次郎が、土方はうるさくて仕方なかった。
「ひじかたさん」
息を荒くしながら、子供のまだ上手く回っていない滑舌で名前を呼んでくる。
小さな歩幅で、後れをとるまいと必死に後を追ういたいけな姿は、他の者が見れば可愛らしく健気な子供そのものだったが、土方にとってみれば厄介者でしかなかった。
「ひじかたさんまって」
土方は深々と溜め息をつくと、嫌悪感を隠そうともせずに振り返って、目線を下に落とした。
「ひじかたさんっ」
宗次郎を見ると、どうやら何回か転んだらしく、顔や膝小僧に泥がついてしまっている。
しかし、宗次郎は土方が止まってくれたことがよほど嬉しかったのか、白い歯を見せてにぱっと笑った。
だが、そんなものに絆される土方ではない。
「おめぇ、一体いつまでついて来る気だ」
土方は、馴染みの女のところへ行こうとしていた。
そもそもが盛んな年頃であるし、土方は女にしか興味がなく、早くこんな餓鬼はいなくなればいいと思っていた。
「おじゃまはしないです」
「すでに邪魔なんだよ。早く道場に帰れ」
「……じゃましないです」
「だから!今既に邪魔だっつってんのが分かんねえのか!?」
尚もしつこく食い下がってくるので思わず土方が声を荒げると、宗次郎はびくりと肩を震わせた。
泣くのか?と思って見ていると、今にも泣きそうな顔をしながらも、宗次郎は決して涙は流さなかった。
ちっ、と土方は舌打ちをする。
そうだ。この餓鬼は、餓鬼のくせにちっとも泣かねぇんだ。
それは土方を苛立たせる原因の一つでもあった。
泣かねぇくせして、顔では思いっきり傷ついたと言ってくるもんだから、つい泣かせたくなるし、虐めたくもなる。
道場の兄弟子たちがやたら宗次郎ばかりを虐めるのも、恐らく同じ理由からだろう。
しかし、こんな餓鬼に辛く当たって、大人気なく傷つけてしまっている自分にもまた、無性に腹が立つのだ。
相手が弱い子供であるだけに、益々自分がとんでもない悪者に思えて仕方がない。
それも苛立ちの理由の一つだった。
それで、醜い自分を自覚させる宗次郎へ、自然と怒りの矛先が向いてしまうのだ。
要するに、土方が宗次郎を嫌うのは、八つ当たり以外の何物でもなかった。
本当は、優しく接してあげられず、つい虐めてしまう自分に腹を立てているだけなのだ。
しかしそれを認めたくなくて、土方はまた、ぞんざいな態度で宗次郎をあしらった。
「それ以上傷つきたくなかったら、とっとと帰れ」
「ぼく、きずついてないです」
しかし、ここまで冷たくあしらわれているのにも関わらず、絶対に諦めようとせず、むしろ自ら尻尾を振ってついてくる宗次郎の気持ちが、土方には分からなかった。
転んでも転んでも、起き上がり小法師のように立ち上がって追いかけてくる宗次郎が、しつこくてうるさくて仕方がない。
宗次郎としては、別に大きな意味はない。
土方と一緒にいたいからついていく。
ただそれだけだった。
試衛館という狭い場所から出られず、いつだって姑の言いつけ通りにしか動けない宗次郎にとって、土方という存在は、自由奔放で生き生きとしていて、自分よりはるかに広い世界を知っている憧れの塊だった。
たまにしか現れないからこそ、尚更土方という未知の存在に惹かれてしまうのだ。
両親の愛も記憶になく、唯一の頼りである姉にも捨てられたのだと思いこんでいる宗次郎にとって、近藤と違って全く自分に構ってくれない土方は、ますます憧れの対象となっていった。
手に入りそうにないからこそ欲しい。
要するにそういうことだ。
「ぼくは、ひじかたさんにあそんでもらいたいだけなんです」
目を潤ませながら言う宗次郎に、土方はとうとう声を荒げて怒鳴り散らした。
「ったくおめぇはよ、どこにでもほいほいついて来やがって、足手纏い以外の何物でもねぇんだよ!早く消え失せろ!!」
「………っ…」
大きな目をますます見開いて土方を見上げる宗次郎は、怯えたように身を竦めた。
「俺は用があるんだ。分かったらとっとと帰って掃き掃除でもしてろ」
「…っもうおわりました!」
「まだ言うか!そんなんだからおめぇは捨てられんだよ!!」
ハッと我に返った時にはもう遅い。
宗次郎は意味が分かっているのかいないのか、ただひたすら吃驚したように土方を見つめていた。
「…っち」
土方はこの上なくイライラして、頭をがしがしと掻いた。
それから放心したように立ち尽くしている宗次郎に背を向けると、土方は再び歩き出した。
もう流石に追ってこないだろうと思っていると、不意に聞こえてくる小さな足音。
まさか、と思って振り返ると、宗次郎は口を真一文字にキツく結んで、必死に涙を堪えながらも、土方の後を追いかけてきていた。
「…何なんだよっ」
土方は自らの着物の裾をからげると、後ろを振り返らず一気に駆け出した。
「っひじかたさん!」
悲痛な呼び声が聞こえてくるが、完全に無視した。
「ひじかたさん!まってください!」
ずさっと転ぶような音もしたが、土方は決して振り返らなかった。
所詮、小さな子供が土方の韋駄天走りについてこられるわけがない。
どんどん自分を呼ぶ声も小さくなっていき、とうとう聞こえなくなると、土方はようやく足を緩めた。
あんなことを言うつもりは全くなかった。
ついカッとなって、口をついて出てしまったのだ。
ただ一言、帰ってきたら構ってやるからとか、今日は遊べねぇんだ、また今度なとか、優しいことを言って頭でも撫でてやれば、きっと宗次郎だってあそこまでしつこく食い下がったりはしないはずだ。
ただ自分が悪い意地を張ってしまうばかりに、向こうまでくだらない意地を張って、不毛な喧嘩をし、結果めっためたに傷つけてしまうことになるのだ。
若造の俺なんかに構うのがいけねぇや。
土方は、所詮自分は大人になんかなってあげられねぇと、自分を棚に上げて擁護した。
どうしても優しくできない自分に、無性に腹が立った。
「ちくしょっ…!」
土方は吐き捨てると、目前に見えてきた隣町の民家の方へ、ずんずんと歩いていった。
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