某月某日の夜更け頃。
俺は長らく続いた近藤・山南両名との合議を終え、疲れ果てて自室へ引き揚げてきた。
行灯に明かりを入れて布団を敷こうとすると、机の上の物にふと目が止まる。
「三行半(みくだりはん)」
そう書かれた簡素な封書が、隅の方にこそこそと置かれている。
恐らく、俺がいない間に、勝手に部屋にずかずかと上がり込んで、それで置いていったのだろう。
ぶつぶつと独り言も呟いていたかもしれない。
その様子がまざまざと浮かんできて、俺は苦笑いする。
中には、綺麗ではないが、俺に対する怒りがたいそう籠められた字で書かれた書類が一枚。
「僕を構ってくれない人なんて、こっちから願い下げ。泣いて頼んだって、許してなんかあげないよ」
という意味のことが、堅苦しい和漢混交文でつらつらと書かれている。
そして、もう一つの要件である、再婚許可願いの方はと言えばーーー
「土方歳三殿との復縁を要請」
と簡潔に記されていた。
しかも、ご丁寧なことに、もしも貴殿が悔い改めるならば。という但し書きまで添えてある。
文面は、とっくに十行近くなっていて、最早三行半本来の意味をなしていない。
しかも、離縁相手と再婚相手が同じだなんて、そんな馬鹿な話は聞いたことがない。
元来、三行半というのは庶民間における離縁・再婚の際に必要なものであって、武士階級には無縁なものだ。
武士は、届けを出せば、庶民よりはるかに簡単な手続きだけで離縁できる。もちろん、再婚の際もこれに然りだ。
俺は元々百姓だから、昔なら三行半を出されても異議はないが、今は仮にも左差しの、藩お預かりの武士集団の副長だ。
三行半など、見かける羽目になるとは思ってもみなかった。
どうせ、俺への当てつけなんだろう。
それにしても、この差出人の、少々度が過ぎた悪戯にはいつも辟易する。
一体何がそんなに気に入らなくて、三行半などという無意味な書類を提出してきやがる。
ーーー否、理由はわかっている。
俺が、あまりにも奴をほったらかすからだ。
悪いとは思うが、こちとて外せない仕事がわんさかあるのだ。
私事、それも恋人などという浮ついた話のために、譲れる仕事をしてはいない。
そうそう我が儘も言っていられなかった。
しかし奴は、俺のこととなると自分を中心に世界が回っているらしく、
例えば相手が近藤さんなら、万歩譲る勢いで自己犠牲を払うというのに、
俺に対しては、贅沢の限りを尽くしてくるわ、無理難題を押しつけてくるわで、ほとほと閉口している。
そうかと思うと
突然しおらしくなって、この上なく従順に、それこそ気味が悪くなるほど懐いてくるのだから、本当に参ってしまう。
まあ、これも奴に惚れてしまった自分の宿命か―――
俺は重い腰を渋々あげると、三行半もどきを手に、部屋を後にした。
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