土方さんが風邪を引いた。
僕があれだけ注意したのに。結局あの人は、仕事に関しては「手を抜く」ということができない 本当に不器用な人なんだ。
結果として、今日はずっと寝込む羽目に陥っている。
仕方がない。非番で暇な僕は、早々に稽古を終えて見舞ってあげることにした。
―――暇で手持ちぶさただからであって、決して行きたいからではない。
ましてや、顔が見たいからだなんて、本当にありえない。
心配なんて、これっぽっちもしていないんだから。
強いていうなら、土方さんのせいで仕事が滞っている、新撰組が心配だ。
「鬼はー外、副はー内!」
屯所内の廊下を、ものすごい勢いでずんずん歩いていると、庭の方からそんな声が聞こえてきた。
ーーーああ、そうか。今日は節分だ。
隊士たちが、元気に豆まきをしている。
そんな長閑な風景を横目に、僕は更に足を速めた。
*
「土方さん、お見舞いにきてあげました」
スパッと襖を開けて、ドタドタ部屋に上がり込むと、土方さんは迷惑そうに顔をしかめた。
どうやら、病人に騒音は悪影響だったらしい。
「総司、お前もう少し静かに歩けねぇのか」
「うわぁ…振動が身に堪える程の具合の悪さなんですね」
そんなことを言うと、土方さんに嫌悪感を隠そうともしない顔で睨まれた。
「隊の皆はどうした」
「今日は非番で、今稽古が終わったところです」
「誰がてめえのことを聞いた」
また土方さんの眉間に皺がよる。
「あー、ひどい!僕は”隊の皆”の中には入らないんですか!」
「そういうわけじゃねえことぐらい分かってんだろ。そうじゃなくて、俺が聞いているのはだな、総司、てめえ以外の皆のことだ」
「ああ、そういうことでしたら…二番隊と三番隊は見回り中、近藤さんは会津のお偉方を島原で接待中、あとは…」
「あーもういい。きちんと隊務に支障をきたすことなく皆が働いているなら、もういい」
「そうですか……ああ、そういえば、今日が非番の人は喜び勇んで遊びに行きましたよ」
土方さんは怪訝な顔をした。
「当然でしょう。鬼の居ぬ間に遊ぶのが世の常ですからね」
僕は、満面の笑みで教えてあげた。
「……っどうせ俺は鬼だよ」
土方さんが不貞腐れる。
「それにしても、鬼の霍乱って、本当にあるんですねえ」
心底楽しそうに言うと、土方さんがきっと睨んできた。
だけど全然怖くない。
「ああまたそんな怖い顔して。その分だと、すぐにしわしわのおじいちゃんになってしまいますよ」
「一体誰の所為で皺が出来ると思っていやがる」
「さあ…さしずめ、長州か土佐か、そこらへんの過激派浪士でしょうかね」
あながち間違ってもいないので、土方さんはぐっと返答に詰まっている。
「ところで、土方さんは知っていましたか?今日は節分なんですよ」
土方さんは、神妙な目つきで僕を見上げてきた。
「だからなんだ」
「いやあ、一年の中で、今日ほど鬼が嫌われる日もありませんからね。だから具合が悪くなったのかなあって」
僕は、含みのある笑みを顔に貼り付けた。
「鬼は外〜!なんて言われて、可愛そうですね、土方さん」
「てめぇはなんでそんなに楽しそうなんだよ」
んー………何でだろ。
土方さんは僕だけのものだって、思えるからかなぁ。
僕は土方さんが鬼であることは否定しないけど、鬼は外…というよりも、僕の傍にいるべきだと思うしね。
「だいたいな、俺は病気なんだぞ?たまにゆっくり寝ていられると思ってたのに、なんだこの様は」
土方さんはさも嫌そうに訥々と話していたけど、そのまま派手に咽せた。
「ごほごほっ!」
僕は慌てて土方さんの背中を優しく摩ってあげた。
「……大丈夫ですか」
「……大丈夫じゃねえよ。ちったあ休ませろ」
そういって、またもぞもぞと布団にもぐりこんでしまう。
ーーー僕に背を向けて。
「あーんもう!土方さん!拗ねないで下さいよう!そんなの土方さんらしくないです!子供みたいですよ!」
土方さんは相手にしてくれない。
「ねえ!土方さんてばあ」
僕は土方の布団巻きをゆらゆらと揺すった。
…あ、なんだかおいしそうに見えてきた。
「あれですね、土方さん、恵方巻きみたい」
土方さんは無反応だった。
「としぞー巻き……おいしそ」
どうやら、無視を決め込んでいるらしい。
「ふんっだ……もういいです。そうやって僕のこと無視していればいいんだ。折角病気で寂しい思いをしてるかと思って励ましに来てあげたのに。これじゃあ骨折り損ですよ」
本当は、土方さんが病気で寂しい思いをしているのは僕なのにね。
僕は素直じゃないから、そんなこと口が裂けても言えない。
「土方さん、鬼は外〜って追い出されたら、僕のとこに来てくださいね………僕にとっての"福"は、……土方さんだから」
顔が真っ赤になるのが分かった。
それでも、土方さんは返事をしない。
それどころか、身動き一つしないでまるまっている。
「……土方さん?」
もしかしたら、具合が悪すぎて倒れちゃったのかもしれない。それとも、寝ちゃったのかな。
僕は心配になって、顔を覗き込んだ。
「土方さ」
頬に、温かいものが触れた。
「…馬鹿」
それは、触れるだけの、すごく優しくて甘い口付けで。
思わずびっくりして固まってしまった。
「これで満足かよ」
狡い。
こんなの反則だ。
「……何で頬っぺたなんですか。僕はここに欲しいです」
そう言って、僕は自分の唇をさした。
精一杯の強がり。
本当は、嬉しくてとろけてしまいそう。
「んなことしたら、おめえに風邪が移るだろうが」
そんなことを気にするこの繊細な人の、一体どこが鬼だというのだろう。
「馬鹿は土方さんですよ」
そう言って、僕は自分から口付けた。
しっとりと、おしつつむように。
「僕に移してくださいよ」
「総司…」
「僕は、土方さんのものなら、何だって欲しいんですから」
そして、にっこり微笑む。
「早く元気になってくださいね」
その後、僕が寝込んだのは言うまでもない。
その時の土方さんの過保護ぶりったらなかったけれど、それはまた別のお話。
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