小さい頃の僕の夢。
早く大人になりたい。
大人になれば、土方さんと釣り合うことができるんじゃないかと思ってたから。
何も、恋人になりたいとか、そんな大それたことは考えていない…………と言ったら嘘になるけど。
子供扱いをしてほしくない。
対等に接したい。
近藤さんや井上さんといつもしている難しそうな話を、早く理解できるようになりたい。
ただ、それだけだった。
なのに、決して近づけることのできない年齢という隔たりは、僕をひたすら苦しめた。
いくら難しい言葉をいっぱい覚えて、必死でお稽古して強くなってみても、9歳という歳の差を埋めることはできない。
精一杯背伸びして、やっと追いついたと思ったら、土方さんは更にその先に進んでしまっているわけで。
いつまで経っても決着のつかない追いかけっこをしているようでもどかしい。
あともうちょっとだけ早く生まれていたら、僕もあの輪の中に入れたのかなって、談笑する土方さんたちを見ながら考えた。
そんな、僕が九つだった時の話。
僕は、兄弟子たちに虐められていた。
それを嫌がろうともしなかった。
僕だって、自分のことが嫌いだったから。
この人たちが自分を嫌うのも当然かなって諦めていた。
でも、それは間違ってると言ってくれた人が二人。
一人は近藤さん。
僕のことが大好きだよって。
だから宗次郎も、自分を大切にしなさいって。
叱るわけでもなく、ただ純粋に可愛がってくれた。
僕が強くなれるように、剣術も叩き込んでくれた。
だから僕は近藤さんが好き。
近藤さんは、僕が敬愛して止まない人。
…で、もう一人は土方さん。
土方さんは、僕に怒鳴った。
怖いくらいに僕を叱るし、馬鹿野郎って罵倒されたこともある。
だから、僕は最初土方さんが大嫌いだった。
何でこんなに怒るんだろうって。
僕、土方さんに何も悪いことなんかしてないのにって。
理不尽な土方さんに怒りさえ覚えた。
でもそれは、僕を根本から叩き直すための、愛の鞭だった。
いじけていた僕を変えてくれた。
そして、兄弟子から僕を守ってくれてたんだ。
それに気付いた時、僕は土方さんのことが大好きになった。
大嫌いだった分、大好きになった。
あの時の新鮮な驚きは、今でも覚えている。
ああ、僕は間違ってたんだ。
土方さんのこと、大嫌いなんじゃなくて大好きだったんだ。
そのこそばゆい発見は、僕の胸にすとんと降りてきて、そしてしっくり収まった。
そうか、これが恋慕っていうものかな、なんて感傷に浸ってみたりして。
こうして、僕の土方さんとの心の距離は縮まった。
でも、土方さんの僕に対する気持ちとか、僕と土方さんの年齢差とか、埋まらない距離の方が多かった。
好きになった分、僕らを隔てる差が深く顕著になった気がした。
いつまで経っても肩を並べることができない。
土方さんの相棒にはなれない。
なら、一生子供扱いされるしかないじゃないか。
子供扱いされたって、土方さんの傍にいられて、少しでもその心を占められるなら、それだって構わないや。
そう密かに決めたのが、十二の時だった。
それから、気付いたら、僕は土方さんの背を追い越していた。
伸び盛りとはいえ、追い越すつもりはなかったのに。
肩も並べられないうちに、いつの間にか追い越してしまった。
それが僕には、酷く悲しく感じられた。
だって、僕の方が背が高いってことは、すなわち僕が土方さんを見下ろすってことでしょ?
必然的に土方さんは僕を見上げることになるから、半分睨んだような顔をされるんだ。
僕は、土方さんの笑顔がみたいのに。
いつか見た、あの優しい微笑みが。
それはもう、記憶の波に埋もれて、思い出せるか出せないかの、本当にあやふやな顔なんだけど。
僕は僕で、見下したような表情しか出来ないから、どんなに好きな気持ちを視線に乗せて送ってみても、それが届くことはない。
ただ、生意気でいけ好かない奴、って思われるだけ。
だったら僕はどうすればいい?
…土方さんを嫌いになる努力をするしかないでしょ?
僕は昔から、毒を吐いて自分を守ることしかできないから。
僕はまた戻った。
全身を棘で覆って、自分がどんな目に合おうとどうでもよかったあの頃に。
また、土方さんが僕の凍った心を溶かしてくれないかなって、淡い期待を抱いたりして。
反抗するのは愛の裏返しなんです、って。
いつかは気づいてくれるんじゃないかと前向きに考えてみたりして。
これを思春期とかいうならば、きっとそうなんだろう。
ちょっとスれてた十七の僕。
そして、京へ行くことになった。
土方さんに突っかかっていくばかりになった僕だけど、絶対に置いて行かれたくないと思った。
想いすら伝えてないのに。
いつかは報われることもあるんじゃないかって、ずっと密かに思ってたから。
江戸に置いて行かれたら、あるのは永遠の絶望だけでしょ?
だから僕は、ワガママになった。
融通のきかないことばかり言って、駄々をこねた。
土方さんよりも強いですしとか、そんなことも言ったかもしれない。
それで、首尾良く京に連れて行ってもらえることになって。
初めて人を斬ったりして。
僕の刀が血を吸う度に、土方さんが悲痛そうな顔をするのが、命を奪ったことよりも悲しかったりして。
どんどん僕は歪んでいった。
上手く笑えない。
泣くこともできない。
増してや、好きなんですと伝えることなど、今更できるわけもなく。
僕の心は、長いことかけて凍結した。
京に来れば何かが変わる。
そう信じていたのはつい昨日のことのようでいて、遠い遠い昔の話だった。
そうして、気付いたら二十歳を過ぎていた。
いや、確かに変わったんだ。
何かが、じゃなくて、何もかも。
隊士の面子も変わっていった。
昔からの仲間だって、沢山の戦いを超えて、少しずつ変化した。
…そして、土方さんの気持ちだって。
それはもう、がらりと。
変わっちゃったんだ…よ。
変わった、というよりも、土方さんは恋に落ちたんだ。
居候するようになった、あの娘。
女の子が僕らのところに来るなんて、筋違いも甚だしいって。
僕は何度も主張した。
殺しちゃうかもって、何度も言った。
だって、
だって、
女の子には適わないから………
怖かったんだ。
この子のこと、土方さんが好きになるんじゃないかって。
案の定、その通りになったわけだし…ね。
知れば迷い
しなければ迷わぬ
恋の道
いつものように盗み出した句集の中に、そんな一句を見つけ出して。
僕の思い過ごしだったらいいって何度も思った。
この"恋"の対象が僕だったらいいって、夢見たりもした。
いっそのこと、僕があの子を好きになってたら、とも考えた。
でも、僕は土方さん以外好きになんかなれないし、土方さんはあの子のことが好きで、あの子だって、土方さんのことが大好きだし。
どうにもならないことって……刀をもってしても解決出来ないことって、この世界にはいっぱいあるんだから、仕方ない…よね。
お互いに好きあってるんだろうって、そんなの見ていれば分かった。
だって、いつかの僕と、全く同じ目をしてたから。
土方さんがとうとう気付いてくれなかった、僕のあの眼差しと。
僕は、無力すぎた。
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