短編倉庫 | ナノ


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その日の夜の巡察当番は、斎藤一率いる三番隊であった。

いつものように、昼間のうちに目を付けておいた宿場や料亭を改めてから、今日は早いうちに戻ることにした。

ーーー体調が優れない。

何となくではあるが、頭がすっきりしていない。

珍しく不逞浪士と鉢合わせなかったことを幸いに、そうそうに巡察を切り上げて、さっさと屯所に戻ってきた。

三番隊の隊士に適当な労いの言葉をかけてやると、
みな早く仕事から解放されたのが嬉しいのか、一目散に部屋や風呂へ駈けていく。

ため息をついてそれを見送ると、最後の一仕事を終えるため、副長室を目指した。

ーーー副長、土方歳三への報告。

これだけは欠かせない。

いかなる理由があろうと、その日の様子を逐一報告しなければならない。

各隊組長の義務だった。


しずしずと廊下を歩いて行くと、突き当たりに副長室が見えてくる。

夜分遅くまで明かりが漏れているのはいつものことで、
またどうせ書き物でもしているのだろうと考えた。

幹部がここまで仕事熱心だと、隊士の士気も自然に上がるというものだ。

(精が出ることだ)

斎藤は、土方を尊敬している。
自分にとって最高の上司であると思っている。

土方だから、ついて行こうと思える。
どんな危険な任務でも、やる気になる。

口に出したことはないが、お互いにそれなりの信頼があって、それで成り立っている関係だと自負していた。

手短に報告だけして、今日は早く休もう。

そう思って、副長室の襖に手をかけようとした時ーーー


「おい、斎藤」

誰かに名前を呼ばれた気がしたが、あまりにも小さいので空耳かと思った。

そしてまた手をかけようとするとーー


「あ、馬鹿!斎藤っ」

副長室の更に奥に続く廊下の角に、永倉と原田が立っていた。

そして、あれよあれよと言う間に、物陰へと引きずっていかれる。

「お、おいっ…な、なにを」

慌てて抵抗しようともがくと、悪いことは言わないから、今はとにかく黙って大人しくしろと言われる。

その態度があまりにも切羽詰まった様子だったから、仕方なくそれに従う。

「任務の邪魔をするからには、それ相応の理由があるのだろうな?」

早く寝たいと思っていたのに、思わぬ横槍が入った。
少しいらいらする。

「なんだよ斎藤。せっかく土方さんの邪魔しようとしてたところを助けてやったのによ」

「そうだそうだ。お礼を言われるならまだしも、文句をぶうたれるなんてお門違いだぜ」

原田にニヤニヤしながら言われて、少し気味が悪くなる。

「い、一体なんだと言うのだ。勿体ぶらずにさっさと説明しろ」

それに、と続ける。

「もしろくでもない理由だったら、どうなるかはわかっているのだろうな?俺は疲れている。早く休みたい」

凄みのある目つきで言えば、二人はすぐに竦み上がって、わかったわかったと慌てたように説明し出す。

「さ、斎藤、あのな、」

原田が永倉の後を次ぐ。

「お前、今日だけは報告とかやめておけ」


怪訝な顔になって当然だ。
なぜ義務を怠れと言うのだろう。

「なあ、今副長は何をしてると思う」

永倉が意味ありげな顔で聞いてくる。

「さ、さあ…さしずめ書き物か、刀の手入れか…」

原田がぷっと吹き出す。

「ぬるいぬるい。そんなんじゃねぇよ」

ではなんだというのだ。

「ならば、読み物か、それとも居眠りでもなさっているのか」

あくまで冷静に答えていると、もう堪えきれないというように、二人が吹き出して、必死に声を殺して笑っている。

みているこちらまで苦しくなってくるほど顔が真っ赤になっている。

「勿体ぶらずに教えてくれてもよいだろう。生憎、俺は二人に付き合っていつまでも話を聞いていられるほど気が長くもないし、時間もない」

それでも笑い続けている二人に、いよいよ苛立ちを押さえきれなくなった。

「副長が何をしていようと勝手であろう。俺は、任務さえ滞りなく済ませられればそれでいい。それに、土方副長のことだから、きっと仕事に精を出して…」

「今行っても任務は滞るだけだぜ」

「一体何が言いたい」

思わず声が大きくなっていたようで、永倉に口を塞がれる。

「斎藤!頼むから静かにしろ」

「そういうお前が一番五月蠅い」

原田が永倉を殴る。

「…まだ言わないつもりなら、俺は部屋に入って報告して寝に行くが」

冷酷としか言いようがないほど冷たい声で言ってやると、二人は少し困ったような顔をした。

「いやあ…そうは言っても、斎藤、さっき答えを言ってたぜ?」


はあ?と思う。
心当たりが多すぎて、どれが正解なのかさっぱりだ。


「いや…だから、その、な?土方さんは、頑張って、精を出して…」

だから、やはり…

「文字通り、な」





………………



シーンと静まり返った廊下に、副長室から漏れ出る微かな喘ぎ声が聞こえてきた。


う……この手のことは、どちらかと言えば苦手だ。

島原へも行くし、女が苦手というわけでもないが、そんなに好き好む話題ではない。


しかし、副長も疲労困憊なのだ。
一人や二人女を囲ったところで、さして問題はないだろう。


「…副長も日々の激務でお疲れなのだろう。たまには息抜きも必要、だ」

どうということはない、と冷静に言い放つ声は、心なしかか弱かった。


「それに……副長も、男だ」

すると、今まで始終ニヤニヤしていた原田が、急に険しい顔になる。

「そうなんだよな…いや、だから、だからこそ問題というか…」

「は」

「いや、土方さんは問題ねぇだろ。問題は…」


待て。話が全く見えない。


しかし……心にふと思い浮かんだことがある。


まさか、そんな。副長に限って、そんな。


「斎藤、副長贔屓のお前には辛いことだろうがな、この声に聞き覚えがないとは言わせねえぞ?」


廊下が静まるたびに漏れ出でる、
誰かさんのあられもない嬌声。


先ほどから気づいていた。

そうではないといい、自分の思い込みであってほしい、と願い続けていたのに。

どうやら、受け入れ難い現実に対峙しなければならないようだ。


「やはり、そうか…」

「な?だから、とめてやった俺たちには感謝しなきゃならねぇだろ?」

「それより斎藤、やはりって、お前知ってたのかよ!」

「え?この手のことに関しては鈍感極まりない斎藤が?知ってた?…は、はは、まさか」

「いや、今までは知らなかったが、あの声では流石に気がつく」

「ああ、そうか…よかった」

「まあそれにしても、斎藤にしてみたらショックだろうなあ」

それには答えず、逆に冷たい鉄槌を下した。

「それで、貴様らはここで一体何をしていたのだ」


鋭い質問に、切り返すこともできなかったらしい。

二人とも動きが止まって、目が宙を泳いでいる。

「いや、その、斎藤みたいなやつがな、うっかり入っちまわないように、な、ここで見張って、な?新八?」

「へ?おっ、なんで俺に振るんだよ。そ、そうだよ、うん、そうだ」


信じられるわけがない。

「どうせ漏れて聞こえる声に興奮して、立ち去れなかっただけだろう。それか副長の大きな秘密を、その目で確認したかったか…どちらにしろ、下世話なことだ」

「あ、っおい!斎藤!」


立ち去りかけると、何故か呼び止められた。


「あの、な、副長の大きな秘密って言うけどよ、残念ながら、隊士の中で知らないのは、お前くらいだぜ、斎藤」


さすがに能面が崩れた。


「な、に???!」


血の気が失せる。
そのような、皆が公認の、周知の事実だったのか?


「いやな、だからな、別に土方さんも隠してるつもりはないと思うんだ」

「まあ、斎藤にまでバレてるとも思ってないだろうけどな」

「でも実際の現場に居合わせちまったのは初めてだぜ?」

「そりゃあなかなかお目にかかれるもんじゃねえだろうよ……ま、その、早くいやあ、斎藤、お前が鈍感なんだ」


何かが音を立てて崩れていく気がした。

今まで何度となく密令を受け、尾行をしたり隠密まがいなことをしたり、様々な仕事をこなし、何事にも敏感な、鋭い洞察力を培ってきたつもりではあった。

しかし、ついつい苦手な色恋事に関しては、無意識のうちに避けてしまっていたのかもしれない。

「我ながら…不覚だ……」

「いや、斎藤、お前が気にすることじゃねぇって」

「ああ、知らないでも全く支障はない!というか、知らない方が安泰というか…」

2人は気の毒そうに慰めてくれるが、今思えば、節々にそれらしい2人の行動があったような気もする。

例えば、自分が副長から特別な任務を預かってきた時のあのねちねちした、わけのわからない執拗な目線とか、
見回りなどで一緒になって、並んで帰ってきた時の、副長のやけに険しい顔とか…

「お、俺は……もう休む」

ぼそぼそと呟いて、痛々しい姿で立ち去る斎藤を、心配そうに見送る二人。


その時一際大きく聞こえてきた、土方の声。

「…っく…総司っ」


原田と永倉は顔を見合わせる。

「斎藤は…あれ、聞かなくてよかったよな」

そして、どちらからともなくその場を去ったのだった。




―|toptsugi#




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