短編倉庫 | ナノ


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「総司ィ」


語尾がちょっと伸びた、土方さんの呼ぶ声がする。


「はーい」


元気よく襖を開けると、着流し姿の土方さんが立っていた。


「ちょっと出るぞ」

「はい?」


出るって、どこに?


「土方さん暇なんですか?」

「うん、まあな」


いくら暇だからといって、土方さんが街に繰り出すなんて珍しいなあと思いながらも、こちらとて暇を持て余していたので、着のみ着のままで土方さんの後に続いた。


「何するんですか?」


高下駄を引っ掛けて、踵をかんかん言わせながら屯所を出る。


「ちょっとな。気晴らしだよ」

「まさか、島原じゃないでしょうね?」


こんな真っ昼間からまさかとは思ったけれど、土方さんなら行きかねない。


「なわけねぇだろ。あそこに総司は連れて行かねぇよ」


土方さんは、そう言って鼻で笑った。


「一人でも行っちゃ駄目なんですよ?」

「わかってるさ」


土方さんは何だか楽しそうにくすくすと笑っている。


「えー、じゃあ何するのかなぁ」


後ろで手を組んでついて行くと、土方さんが不意に立ち止まった。


「わっ。急に立ち止まらないでくださいよ」

「お前、何か欲しいモンあるか?」

「はぁ?」

「髪留めでも櫛でも何でもいいぞ。何かないか?」


急に言われても、と口ごもる。


「どうしてですか?」

「いや…いいから言ってみろ」

「そうだなぁ……うーんとね、」


真剣に悩み出すと、土方さんは嫌な顔一つせずに、急かすこともなくじっと待っていてくれた。

その顔には、微笑まで貼り付けている。


「やっぱりお団子かなぁ……」


色々考えた末口にすると、土方さんは呆れたような顔をした。


「おめぇはまた食いもんかよ」

「だってー……僕、物に拘りないんですもん」

「……まぁいい、買いに行こう」

「え…?」

「なんだ、文句あるか?」

「いえ……あの、でも…」

「何だよ。何かあるならはっきり言え」

「僕、お金持ってきてませんよ?」

「いいんだよ。俺が買うんだから」

「ええ?何で?駄目ですよそんなの」


いつもはあれがほしいだの何だの我が儘を言いまくるけど、それは相手にされないと分かっているからこそ言っていることであって。

いざ買ってやると言われると、気後れがしてたまらない。


「何が駄目なんだよ。俺は今総司に何か買ってやりたい気分なんだよ」


俺の言うことは黙って聞け、と駄々をこねる土方さん。


「でも…悪いです……何もしてあげてないのに」

「悪くねえ。何だよ、急にいい子になりやがって。気味悪い」

「な……僕は普段からいい子ですー」

「なら文句ねぇだろ。いい子にはご褒美をやらねぇとな」


言いながら、どんどん町の中心部へと歩いていってしまう。


「待ってくださいってば!そっちこそ急に気味が悪いですよ?何で急に、そんな…」

「ったく、一々五月蝿ぇなぁ…気分だって言っただろうが。俺の気が変わらねぇうちに、黙ってついてこいよ」

「何か納得いかないなー。後で恩着せがましく、買ってやったんだから何かしろとか言って変なことさせたりしないでしょうね?」


そう言うと、土方さんはあからさまに不機嫌な顔になった。


「ったく、どうしておめぇはそうひねくれてんだよ!ちったぁ素直になりやがれ!」

「……ふぁーい」


何と言っても、聞いてくれそうにない。

僕は渋々土方さんの後について行った。



「……あ、そだ」


ふと思いついて、前を歩く土方さんの袂をくいっと引っ張った。


「ねぇねぇ」

「ん、何だ」

「どうせ買ってくれるなら、お揃いで何か買いたいです、」


恥ずかしくて袂を握る手にぎゅっと力を籠めると、土方さんは一瞬驚いた後で、満足そうに爽やかな笑みをたたえて、そりゃ良い案だ、と言った。


「で?何を揃いにしたいんだ?」


上機嫌で歩いていく土方さんを、高下駄で慌てて追いかける。


「うーんと、」


そんなに高価なものは買えないし…

髪留め?下緒?

手拭いや鼻紙入れでもいい。

お揃いのお箸もいいなと思った。


「……あ」


そんなことを考えながら歩いていると、途中の露店で、京らしく品のある、綺麗な色紙で作られた風車が売られていた。

ずらりと並んだそれは、初夏の少し湿った風を受けてからからと回っている。


「わー、きれい」


風車を眺めながら惚けていると、先を歩いていた土方さんが戻ってきて言った。


「これ、欲しいのか?」

「え?……や、別にそういうんじゃ…」

「爺さんすまねえ、一本売ってくれ」


間髪入れずに、もう店の主人にお金を払おうとしている。


「ちょっと!土方さん!」

「ったく。顔に堂々と欲しい、って書いておいて遠慮なんかするんじゃねえよ」

「え!か、書いてありました?」


思わず顔を触ってしまった。
書いてあるわけがないのに。


「ほら」


土方さんが、主人から受け取った風車を手渡してくれた。


「ありがとう……」


正直すごく嬉しかったけれど、手放しに喜んでいいのか少し悩んで、それでも溢れてくる笑みは押さえきれなかった。


「何嬉しそうな顔してんだよ」


そう言う土方さんも、何だかすごく楽しそうだった。


「へへ」


風が凪いでしまってなかなか風車が回らないので、より高いところに持っていこうと、土方さんの襟首に差してみた。


「ぅわっ!いきなり何すんだよ」

「こうすれば土方さんのことも眺めていられますし、一石二鳥です」

「どこがどう一石二鳥なんだよ」


口では喧しく言うくせに、実際その風車を取ろうとはしないので、まんざらでもなかったりして、と思った。

風が吹く度にくるくると回る風車の向こうに土方さんの横顔を盗み見ては、何だか無性に幸せな気分になった。



「……お」


今度は土方さんが何かを見つけた。


「風鈴売ってるぞ」

「え?もう?」

「ん?…そろそろじゃねえか?」

「そっか…」


硝子職人が、一つ一つ手作りしたのだろう。

綺麗に膨らんだ風鈴には、内側から装飾が施されていた。

職人が硝子管を火で炙って膨らませている様子が、まざまざと思い浮かぶ。


「綺麗ですね………あ、これなんか可愛い」


思わず手に取った風鈴には、赤い金魚が描かれていた。

本当に水槽を泳いでいるように見える。


魅入ってしまいそうになるのをぐっと堪え、慌てて元に戻した。


また土方さんが買う、なんて言い出したら困るしね。

そんなに買って貰えるほど、何の働きもしていないんだから。


「ったく、気を使うんじゃねえよ」


だけど、目敏い土方さんには隠しきれなかった。


「あっ……本当にいいんです!…土方さんてば!」

「遠慮するな。この意味がわかるか?」

「そりゃあわかりますけど…でも…」

「わかってねえよ」


あれよあれよと言う間に、手の中には先ほどの風鈴が収まっていた。


土方さんの背中には風車、手には風鈴。

嬉しくて戸惑ってしまう。


「こんなに買って貰ったら、嬉しすぎてどうにかなっちゃうよ……」

「じゃあどうにかなりゃいいだろ」

「僕、どうやって恩返しをすればいいですか?」

「俺が好きで買ってるんだから、恩返しなんて必要ねえよ」

「でも…」

「それにまだお揃いのモンを買ってねえしな。何がいいと思う?」

「え………え、えと…」


何だか誤魔化された気がした。

それでも何がいいか必死になって考えながら歩いていたら、小石に蹴躓いた。


「うわあっ…」


前につんのめる身体を、咄嗟に土方さんが支えてくれる。


「大丈夫か?」

「これくらい平気で…」


体勢を立て直して一歩踏み出そうとした時、

ぶちっ

妙な音がした。


「ひゃ………」


勢い余った身体がまたもや前につんのめって、そのまま土方さんの胸にぽすんと収まった。


「あーあ。切れちまったみてえだな」


足元を見下ろすと、自分の裸足の下に、鼻緒の切れた高下駄がころりと転がっていた。


「あー…」


残念だなぁ。

これ、長いこと履いてたのに。


悲しくなってぼうっと足元を眺めていたら、土方さんが屈み込んで、脱げた高下駄を拾ってくれた。


「お前これ、こんなぼろぼろになるまで履いてたのか?」

「へ?」


はてと思ってまじまじと下駄を見ると、確かに鼻緒はよれよれだし、大分すり減ってしまっていた。


「まぁ確かに…江戸にいた頃から履いてましたからね…」


帰ってから鼻緒をすげ替えておきますと言うと、土方さんはそれじゃあ駄目だと言った。


「いい加減新調したらどうだ。大体、新撰組幹部がそんなぼろぼろの下駄を履いてたらみっともねえだろうが」

「…新調ですか?」


少し渋っていると、土方さんが不意にしゃがみこんだ。


「ほら」

「はい?」

「お前、歩けねえだろ?」


どうやら、おぶってやるということらしい。


「い、嫌ですよっ!何だってそんな恥ずかしいこと……歩けます!裸足でだって歩いて帰る!」

「いいから、つべこべ言わずにさっさとしろ」

「いーやーでーすー!まだこんな日が高いですし、人の目が…」

「五月蠅えなあ…それとも横抱きにされてえのか?」

「よこだき?!……絶対嫌!」


少しだけ、切れた鼻緒が恨めしくなった。


「なら、さっさと捕まれよ」

「僕重いですよ?潰れても知りませんからね」


渋々土方さんの背中におぶさった。


「おめぇは軽いな。ちゃんと食ってんのか?」


立ち上がりながら土方さんが言った。


「いっぱい食べてますよ!土方さんより大きくなったし、筋肉だってついてるし!」

「知ってる。総司の食い意地はすげえもんな」

「もう!だったら軽いなんて言わないでください」


ぎゅうと土方さんの背中に抱きつくと、土方さんの香りと温もりに包まれた。


小さい頃は、よくこうしておぶってもらったものだ。

転んで足を捻り、歩けなくなった時。

二人で出稽古に行った帰り、眠くなってしまった時。


そういう時、いつも土方さんは惜しみなくこの頼りがいのある広い背中を差し出して、さり気なく甘えさせてくれた。


この人にならついて行ける。

そう信じさせてくれる、僕だけの、温かい背中だった。


昔も、今も、そしてこれからも。


そんなことを思って土方さんの艶々した髪の毛を弄っていると、不意に土方さんが言った。


「…総司、起きてるか?」

「へ?何でですか、起きてますよ」

「おめぇは、おぶるといつも寝ちまうからな」

「なっ……そんなの昔の話じゃないですか!」

「は、まぁな……けど、何だか懐かしくてよ」


きっと、土方さんも僕と同じようなことを思い出していたんだろう。

少し……いや、かなり嬉しくなった。


「土方さん」

「何だ?」

「ここ、ずっと僕だけの場所にしといてね」


土方さんはくすりと笑った。


「あぁ、おめぇだけのもんだ」


僕はまた嬉しくなって、背中に擦りよった。

すると、真面目な声で土方さんが言った。


「その代わり、絶対見失うんじゃねぇぞ」

「見失うわけないでしょ、ずっとこの背中だけを見てきたんだから」


こっそり覗き込んだ土方さんの顔は、嬉しそうに綻んでいた。






(で、結局何をお揃いにすんだよ)

(何がいいですか?発句集とかどうですか?)

(……それはお揃いじゃなくてただの複製だろうが!)

(ちぇっ、バレたか…)





二人で買い物してるところを書きたかったんです。というか、土方さんが総司に何か買ってあげてるところを!

設定は、京に来て間もない頃です。
総司が割と青臭い感じの。

土方さんにおんぶしてもらう総司は絶対子供に返ってますよ、絶対!
これは僕だけの特権とか思ってると思います。

20110624




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