短編倉庫 | ナノ


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ウ゛ィーン………

ゴトンゴトン…ゴトン…ゴトン…

今日も、コインランドリーの五月蝿い洗濯機は、無機質にぐるぐると回っている。

慣れてしまっただけなのかもしれないが、散々通った今となっては、騒音すら心地よい。

微かに香る洗剤の匂いが、妙に僕を落ち着かせた。


高校生だけど一人暮らしの僕は、家に洗濯機がない所為で、週に1、2回は近所のコインランドリーへとやってくる。

待っている間は、真ん中に置かれたやけに明るいオレンジのベンチに腰掛けてマンガを読む。

ランドリーには大抵他の客が2、3居て、新聞を読んだり、ラジオを聞いたり、爪の手入れをしたり、銘々が好きなことをして暇を潰していた。

洗濯が終われば、濡れた洋服を、今度は乾燥機に突っ込んで、また更に数十分待つ。

家まで持ち帰って干してもいいんだけど、それは面倒くさい。

おかげで洋服がすぐに縮んじゃうけど、どれも少しぶかぶかだったから、あまり気にならなかった。


今日もだいぶ夜が更けてから、洗濯袋を片手に、かったるい足取りでコインランドリーへと向かう。

僕、こう見えても綺麗好きだから。

洗濯だけはまめにするんだよね。

下着は勿論のこと、寝間着とか、体操着とか、タオルとか。結構な量だ。

目に痛いほど明るいランドリーは、いつものように洗濯機が回る音と、洗剤の匂いで溢れていた。

煌々と光る安っぽい蛍光灯は、何箇所か切れかけている。

何だか犯罪現場となってもおかしくないような雰囲気を醸し出しているけど、何故か僕はここが落ち着く。


あ。

開けっ放しの引き戸から中に入ると、いつものあの人が、いつもの位置に座っていた。

黒い髪、ビシッと着こなした、皺一つないスーツ。

横顔しか見たことはないけれど、色が白くて、きっと端正な顔立ちなんだろうと思う。

いつも難しそうな資料を読み耽っていて、洗濯が終わればすぐに帰ってしまう。

名前も知らない、ランドリーの常連客。

初めて見たのがいつだったかは忘れたけど、その人を見かけるようになって、もう数週間が経つ。

常連客の中には、仲良くなったおじさんとかもいるけど、その人とはまだ一度も喋ったことがない。

多分向こうでも僕に気付いてはいるんだろうけど、何故か話すような雰囲気にならない。

お互い、妙に遠慮してる感じ。

僕はその人のことが気になっては、マンガ越しに密かに眺めたりしていた。


「………」


僕は無言のまま洗濯機の中に洗い物を放り込む。

そしていつものように、マンガを片手にオレンジのベンチに座った。


「…………………」


近いとも遠いとも言えない、何とも微妙な距離。

居心地が悪くて、もぞもぞと身体を動かす。


「お、総司じゃねぇか。また来てたのか?」


突然呼ばれてハッと振り返ると、仲良くなったおじさんの一人、原田さんが立っていた。


「あ、原田さん…」

「何だ、堅苦しいなぁ。左之さんでいいって言ってんだろ?」

「ま、そうだけど…」


左之さんは洗濯機を回した後、僕の隣にどっかりと座った。


「な、何ですか」

「何ですかじゃねぇだろ。終わるまでちょっと付き合ってくれたっていいじゃねえか」

「えー。おじさんに付き合うのー?」

「お、おじさんってな……俺まだ大学生だぜ?」


左之さんは、現在就活中の大学四年生。

近所のコンビニでアルバイトしていると聞いて、一回行ってみたこともある。


「大学生なんておじさんじゃないですか」

「じゃあ高3生は何なんだよ」

「……爽やかお兄さん?」

「ってめぇなぁ…」


左之さんが、僕のマンガを取り上げてしまう。


「あー!」

「お前いい年こいてまだ少年ジ○ンプなんて読んでんのか?」

「左之さん酷い!ジャ○プは何歳になったって永遠のバイブルじゃないですか!そんなこと言ってるからおじさんなんですよ」

「いや、まあ俺も読んでるけどな」

「………」


僕はじとーっと左之さんを睨んだ。


「いいんですか?就活中の人がマンガに現を抜かしてても」

「じゃあ受験生はマンガに現を抜かしててもいいってのか?」

「もう!折角人が就職先の心配をしてあげてるのに、何なんですか」

「あはは。わりぃわりぃ。まー、心配してくれるのはありがたいんだけどな、ようやく決まりそうなんだよ、仕事」

「え!」


照れたように言う左之さんは、やっぱり少し嬉しそう。


「面接頑張ったからなぁ…やっと報われたぜ」

「面接って……左之さん、もしかしてスーツとか着たんですか?」

「あ?あたりめえよ!」

「えー…左之さんが…?スーツ?」


胡散臭い目で見ると、頭を小突かれた。

その隙に、ちらりとあの人を見やる。

――相変わらず、こちらには目もくれないで、じっと手元の書類を読み耽っていた。

ちぇ。

なんかつまんない。

その時、例の人の洗濯機の終わった音がした。

その人はハッと顔をあげて、書類を無造作にベンチに置くと、ゆっくりとした足取りで洗濯機まで歩いて行って、続いて乾燥機を回し始めた。

そしてまたベンチに戻って、先ほどと何ら変わりない姿勢で、書類と睨めっこしている。


「…そんなに気になんのか?」


突然左之さんに言われて、ハッと振り返った。


「へ?な、何が?」

「何が、ってなぁ…お前白々しいんだよ……あの人のことに決まってんだろ?」

「えー………べ、別に?」

「だからよ、この俺に嘘をつくなんて100年早いんだよ」

「気になっちゃいけないんですか?」

「そうは言ってないさ。まぁ何しろ、イケメン様だからな…」

「あ、左之さんから見てもそう思う?」

「俺から見てもってどういう意味だよ」

「だって左之さんもイケメンだし」

「え?…そ、そうか?……照れるな」

「やっぱりあの人、格好いいですよね…」


その時、僕の洗濯機が回転を止めた。


「あ、終わった」


僕はつかつかと洗濯機に歩み寄ると、続いてそれらを乾燥機にぶち込んだ。


「あー。長いー」


ぽつりと呟くと、左之さんの洗濯機も止まった。


「おっ。俺のも終わったみてぇだな。じゃ総司、またな」

「え?あ、うん。また………」


左之さんは乾燥機を使わないので、洗濯だけでさっさと帰ってしまう。

左之さんが帰ってしまって、僕たちはまた二人きりになった。


ゴトンゴトン…ゴトン…ゴトン…

落ち着かない。

落ち着かない。

落ち着かな…………

同じことを3、4回思った時、例の人の乾燥機が止まった。

そう間を開けずに、僕の乾燥も終わる。

よし!帰ろう!

僕は慌てて立ち上がると、乾燥機に駆け寄った。

二人で黙々と洗濯物を取り出す空間は、妙に息が詰まる。

身支度が早かったのは向こうで、僕が漫画を持ったりなんだりしているうちに、その人はさっさっと帰ってしまった。

あーあ。

今日も話しかけられなかった。

半ば落ち込みながら帰ろうとして、ふと、神様の置き土産に気がついた。


「あ…………」


ベンチの上に無造作に置かれた、数枚の書類。

あの人が、さっき読んでいたやつだ。

試しに手に取ってみたけど………

中には小難しいことがびっしり。

どうしよう。

どうしよう、これ。

すぐ使う、重要な書類じゃないのかな?

話しかける絶好のキッカケではあるけど…

どうしよう!!




―|toptsugi#




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