あと30分。
さっき時計を見たときは、まだあと1時間あったのに。
見すぎたせいで、時計のデザインが大嫌いになった。
時計に罪はないんだけどね。
そうして、あと10分になるまでに、さして時間はかからなかった。
まもなく僕が乗る便のフライト時刻だから、搭乗手続きを済ませてとっとと席につけ、みたいなアナウンスが流れて、パスポートを片手に僕は渋々ベンチから立ち上がった。
やっぱり、来なかった。
そんなの、分かり切ってたことなのに。
ちょっとでも期待した僕がバカだったんだよね。
外国に逃げよう、永遠に二人っきりで暮らそうなんて、そんな夢のような話…………夢のような、じゃなくて実際夢だったんだ。
あーあ。もう、あと5分切っちゃったけど。
でも、最後まで諦めきれない。
僕は、一度だけ入り口を振り返った。
今すぐにでも、悪りぃ遅くなっちまった、なんて言って頭を掻きながら、走ってくるんじゃないかって。
パスポートを提示しながら
チケットを渡しながら
笑顔のキャビンアテンダントに挨拶されながら
ずーーっと考えていた。
パンドラが開けちゃった箱に最後に残ったのは希望だったっていうけど、希望ほど残酷なものはない。
特に、次に待ってるのが孤独と絶望だってわかっている時のそれは………胸を抉られるようだ。
『一週間後の最終便だ。その日までに、全てけりを付けてくる』
そう言ってチケットを渡してくれたのは貴方なのにね。
僕は、手の中でしわくちゃになったチケットを、ぎゅっと握りしめた。
……あと0分。
とうとう貴方は来なかった。
僕は一人、たった一人で旅立った。
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