「はぁぁ?代行??」
電話越しに、永倉に向かって思い切り怒鳴る。
「何が嬉しくて、俺が保育士の代行なんかしなきゃならねぇんだよ」
どうやら、急用ができた永倉の代わりに、1日だけ幼稚園でのボランティアをやってくれ、ということらしい。
「頼む!欠員が出ると何かと大変なんだよ。半日だけだから!この通りだ!」
この通りだと言われても、電話越しでは何のことだかさっぱりだ。
「俺が子供嫌いなことくらい分かってんだろ?」
「分かってるよ!だから一番最後に電話した頼みの綱なんだよ!」
「ったく……わかったよ。その代わり、お礼はたっぷりしてもらうからな」
半ば捨て鉢になって、代行を引き受けてしまった。
―――これが全ての始まりだった。
「今日だけさくら組のみんなといっしょに遊んでくれる、土方歳三先生です!」
やたら元気な保育士の女の子が、五歳以下の小さなガキに俺を紹介する。
「じゃあみんな、元気に挨拶できるかなぁ?」
はーい、という元気な返事の後、園児たちが一斉に口を開いた。
「ひじかたせんせー、よろしくおねがいします!!!」
残念ながら、俺はそういう時ににこにこしてよろしくと言えるようなサービス精神は持ち合わせていないので、仏頂面のまま、保育士の脇に突っ立っていた。
大体、"土方先生"と呼ばれるのも慣れないし、ガキ相手に何をしたらよいのかもわからない。
いくらボランティアだとはいえ、ろくな働きができるとは到底思えなかった。
「じゃあ、最初はお歌の時間ですよー」
「はぁーい!」
保育士の指示に従って、みんなすぐに輪を作って座った。
俺はそれを、保育士の横で傍観する。
「手ーをー叩きましょーぱんぱんぱん、ぱんぱんぱん!」
…………気が滅入る。
こんなことに半日も付き合わされるのかと思うと、憂鬱で仕方がない。
今すぐにでも逃げてしまいたい。
「笑いまーしょ、わっはっは!」
仕方なく園児の様子を眺めると、小さいくせにそれなりに個性はあるらしく、みんな好き勝手なことをしていて意外に面白いことに気が付いた。
律儀に歌っている子、眠そうにうつらうつらしている子、めそめそしている子、隣同士で喧嘩をしている子……
ふと、一人のガキに目が止まった。
(……あいつ、随分ふてぶてしい顔してんな…………)
みんなが体育座りか正座をしている中で一人だけ胡座をかき、頬杖をついていて、ガキのくせにかったるそうにしている奴がいる。
園児のくせに何だか可笑しくて、俺は暫くその茶色い癖っ毛頭を眺めていた。
すると、保育士が突然歌を中断する。
「総司くん、きちんと手を叩こうね」
保育士が言った途端、先ほどの茶色頭が何ともいえない渋い顔をした。
…どうやら、総司くんというのは、こいつのことだったようだ。
「えーやだー」
かなり質の悪いガキらしい。
「総司くん!口答えしないの!」
他の子はこういうやりとりに慣れているらしく、大して気にしていない。
「だって、つまらないんだもん」
「そんなことないでしょ?」
「うーん…じゃあぼくこうする!」
そう言うと、隣に座っていた大人しそうな子の手をそっと掴んで、ぱんぱんぱん、と叩き始めた。
「こら!総司くん!一くんが痛いでしょ!」
その……一くん…は、黙ってされるがままになっている。
慣れっこなの、か?
「いたくないよ。だってはじめくんはね、ぼくとなかよしだもん。ね、はじめくん?」
言いながら、初めて子供らしい無邪気な笑顔で笑っている。
一くんと、随分仲が良いらしい。
「う、うん………」
引っ込み思案なのか、総司くんに気圧されているのか、一くんはかなり静かだ。
「もう!総司くんたら……土方先生、次に見つけたら注意してくださいね?」
急に自分に振られて、戸惑いながらも適当に返事をした。
「はい、じゃあみんな、おそとで遊ぶ時間ですよー」
もうお歌の時間は終わったのかと、俺は呆れかえる。
園児ってのは、なんて呑気なんだ。
保育士の掛け声で一斉に園庭に向かって駆けていく園児を、後ろからせっせと追いかけた。
先ほどの総司くんは、一くんの手を引っ張って元気に走っている。
……どうやら、歌が嫌いなだけらしい。まだ所詮はガキのようだ。
妙に気になる……というより見ていて面白いので、俺は遊具についている階段に腰掛けて喋っている2人をそこはかとなく観察していた。
「はじめくん、なにしたい?」
「………そうじがしたいこと」
「えー、うーんと……あ!」
ぱっと明るい顔になると、総司くんが一くんのほっぺたをむにむにと弄った。
「そうじがしたいことは、これ?」
「はじめくんやわらかいねっ」
一くんは擽ったそうにしながらも、総司くんにされるがままになっている。
一体どこの恋人たちのいちゃつきだよ、と突っ込みたくなるような眺めだった。
「あ」
その時、総司くんが俺に気付いて、一くんのほっぺたから手を離してこちらに駆け寄ってきた。
一くんも、後からひょこひょこついてくる。
……もしかして、俺で遊ぶ気か?
「ひ、ひじ……ひじ?」
「?」
「そうじ、ひしがたせんせいだと思う…」
「ひしがた?」
「さんかくけいが二個くっついたかたちの…」
「さんかくけい?」
「おにぎりのかたち、」
「うー……ああ!……ひしがたせんせ!」
「………」
一くんとしては、これでも正確に覚えたつもりなんだろう。
面白れぇな……
思わず苦笑した。
「違えよ。ひじかただよ」
「ひじかた?」
「ああ……肘と、肩だよ」
言いながら、ご丁寧にも総司くんの肘と肩を指してやった。
「ああ!ひじとかたせんせっ!」
「違う!ひじかただ!」
「ひじ、かた…」
一くんは、その横で反復練習している。
「ったく…言いにくかったらとしぞう先生でもいいぞ……というか、俺は別に先生じゃねぇから、"さん"でいいんだけどな…」
「としぞぉ?」
「………もうとしさんでいいよ」
何故ガキ相手に、名前について力説しているのか、自分でバカバカしくなる。
「じゃ、としさんね!僕はそーじ!おきたそーじだよ!そーじって呼んでいいよ!」
総司総司と自分の名前を連呼するそいつは、どこからどう見てもただのガキだ。
「わかった、総司、な」
「でね!この子ははじめくん!さいとーはじめくんっていうんだよ!」
「はじめまして。さいとうはじめです……ひじ、かたせんせい」
一くんは、随分と律儀な性格のようだ。
「一くん、か」
「そうだよ!はじめくんはね、僕のことが大好きなんだよ!」
「はぁ?なんだそりゃ」
自信満々に言ってのける総司に、俺は思わず苦笑する。
「だってね、僕ははじめくんのことが大好きだもん!」
言いながら、ぎゅうと音がしそうなほど、一くんに抱きついている。
「そうかよ」
意外に純情だった総司が微笑ましい。
当の一くんは、慣れているのかまんざらでもないのか、大人しく抱きつかれている。
「一くんも、総司が好きなのか?」
つい聞いてみると、一くんはさっと顔を赤らめた。
「すきというのは、女の子にいうことだとおもう………」
すると、途端に総司が怒り出す。
「はじめくんなに言ってるの!はじめくんが好きなのは僕でしょ?好きでもない子にそんなの言わなくていいでしょ?」
……こいつ、相当な束縛魔だな。
俺は思わず吹き出した。
「むう!なんでわらうの!」
「総司、一くんはただ恥ずかしいだけだと思うぞ?な?」
一くんは多分ツンデレだと思って、俺は総司を諭した。
「そうなの?はじめくん」
一くんは、そんなことはないとかぶつくさ言っていたが、やがて小さくうん、と頷いた。
なんだこいつら……本当に恋人みてぇだな。
その時、保育士から集合の号令がかかった。
またわーっとかけていく園児たちを、先ほどよりは温かい目で見守る。
「次は工作の時間です!」
再び室内へと戻された園児たちは、各々ハサミやら画用紙やらクレヨンやらを持ってきて、好き勝手に何かを作り出す。
やはり、女の子は折り紙でお花を作ったりしている子が多い。
男の子の中には、粘土で何かをこしらえている子もいた。
総司はといえば………
「みないでね?はずかしいから!」
何か絵を描いているようだったが、隠されてしまった。
なんだよ。
さっき散々恥ずかしいことをしてたくせに。
もしかして、絵が超絶下手とか?
………いや、園児はみんな下手くそだな。
一くんは一くんで、何か折り紙を折っている。
俺は暇を持て余して、園児たちを見守った。
その後もお弁当の時間―――この時総司と一くんはおかずを交換したりしていた――(流石に"あーん"などということはなくて安心した)――やお昼寝の時間―――しっかり手を繋いで寝ていた―――があって、ようやく帰る時間となった。
「今日一日みんなのお世話をしてくれた土方先生に、みんなでお礼を言いましょう!」
せーの、と保育士が言って、園児たちが口を揃えて後に続いた。
「「「ありがとうございました!!」」」
いや………だから俺は何もしてねぇって。
お礼を言われる筋合いはねぇよ。
…とは思ったが、仕方なくさようなら、と挨拶した。
そして皆、園庭に迎えにきている保護者の元へ、元気よく駆けていった。
やっと終わったと思って眺めていると、くい、と服の裾を引っ張られた。
え?と思って見下ろすと、にんまり笑った総司と一くんが立っている。
「おめぇらまだいたのかよ。早く帰んな」
帰宅を促すと、はい、と何かを差し出された。
「何だ」
「えへへ。としさん、いちにちありがと!」
見れば、恐らく総司が描いたのであろう下っ手くそな絵と、几帳面に折られた一くん作の鶴を手に握らされた。
「おめぇら…………」
「これは、僕がかいたの。で、これははじめくんがつくったの」
画用紙には、心なしか怖い顔をした俺と、仲良く手を繋いだ二人が描かれていた。
不覚にも、かなり嬉しくなってしまった。
「ぼくはつるしか折れないから………」
そう言って俯いている一くんに、俺は自分でも驚くほど優しい声をかけた。
「おめぇ鶴なんて折れんのか。すげぇな」
すると始まる、総司からの抗議の嵐。
「むう!僕のは?!僕の、じょうずでしょ?」
「あー上手い上手い、頑張った」
「なんかやだ!ほんとにうまいと思ってない!」
俺はやれやれと思いながら、総司の頭をぽんぽん叩いた。
「…ありがとな。大事にするよ」
すると、すーっと頭を差し出す奴がもう一人。
「…おれも」
そう言って、もじもじしている。
俺は動揺しながらも、軽く頭を撫でてやった。
すると、一くんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「としさんまた来てね!」
元気に言う総司に、俺は笑顔で答える。
「おう」
またね、と言って、今度こそ保護者の元へ駆けていく二人を、遠い目で見送った。
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