いつものように白湯と散薬を乗せた盆を持って総司の部屋に行くと、総司は布団から出て縁側に腰掛け、狭い中庭を眺めていた。
「総司、起きていて平気なのか?」
襖を閉めながら聞くと、うん、と小さな呟きが聞こえた。
「薬を持ってきた。飲め」
端的に告げると、総司がびっくりしたように振り向いた。
「食事時でもないのに?」
「飲め」
朝も何だかんだとはぐらかして飲まなかっただろう、と窘めると、やれやれ、という様子で這ってきた。
「その代わり、飲んだら頂戴ね?」
はて、と首を傾げると、口付け、と言いながら、総司が自分の唇をつん、とつついた。
俺は思わず、総司の唇に見とれる。
何度重ねたかわからない、総司の唇―――
甘くて、熱くて、情熱的で、俺が知る限り、何よりも美味しくて………
「なに見てるの?今日はいつもみたいに怒ったりしないの?」
ハッと気がつくと、総司がにやりと口元を歪めてこちらを見ていた。
「あ……いや……………」
「へぇ……」
慌てて顔を背けると、一方的に気まずくなった。
ごくんと音がして、総司が薬を飲んだのがわかる。
「ちゃんと飲んだよ」
顔をあげると、微笑む総司と目があった。
「はい、頑張ったからご褒美頂戴」
そう言って、承諾した覚えもないのに、勝手に目を閉じて待っている。
「………、」
俺は仕方なく総司の肩を掴むと、その唇に触れるだけのキスをした。
手の中の骨張った身体に、思わず心が痛む。
……痩せたな。
たったそれだけの言葉すら、今は出てこない。
「ふふ、はじめ君は相変わらず初だね」
満足そうに笑う総司に、いくらか気持ちが和んだ。
「もっと熱烈なやつ、してくれてもいいのにさ」
「……」
黙っていると、総司がちらりと目線を合わせてきた。
「痩せたって思ったでしょ」
総司の柔らかい声に、思わず心臓が跳ねた。
「そんな…ことは、」
「あはは。だからはじめ君は初だねって言ったの。僕には嘘なんてつけないくせに」
ああ……全て見透かされている。
「……………ごめんね」
総司が不意に紡いだ言葉に意表を突かれる。
「何故謝るのだ」
俯く総司は笑ってはいたけれど、どこか寂しそうに見えた。
「…病気、移しちゃうかも知れないのに、口付けなんて」
「まだそのようなことを……」
「はは…僕って馬鹿だなぁ……本当に…弱い人間…」
切なそうに呟く総司が痛々しい。
苦しいはずなのに、尚も無邪気に笑おうとするところが、健気だと思った。
「本当ならさ、君を避けて、追い払って、もう嫌い!って…遮絶しなきゃいけないのに…」
嫌い、と言った時に、総司の声が揺れた。
「そんな……」
「でも……無理だった………何度も何度も…はじめ君がここに来る度に…別れを切り出そうとしたのに…………無理だったよ」
情けないなぁ、と総司は笑う。
「いつもいつもはじめ君に甘えて……愛する人の幸せを望んであげなきゃいけないのに………自分が傷つくのが怖かったんだ…」
「総司………」
「だから……いっそ…はじめ君も同じ病気にかかって、同じように苦しんで、一緒に死ねたらいいのに……って思った」
淡々と言う総司は、恐ろしいほど真剣だった。
「だから、つい……口付けなんてねだって…ごめんね」
忘れて、と言う。
その目は、酷く暗い色を帯びていた。
「総司」
「ん?」
「以前言ったはずだ。俺は、あんたになら殺されても構わない、と」
「あぁ…冗談でしょ?」
「至って本気だ。だが、俺にあんたが死ぬ予定などないゆえ、俺の死ぬ予定もない」
「…いやに自信満々だね」
「当たり前だ」
言い切ると、総司は可笑しそうにくすくすと笑った。
「はじめ君が言うとさ、そういう気がしてくるから不思議」
総司の手に、そっと触れてみた。
「総、司」
「はじめくん」
総司にぎゅうと抱き締められた。
「はじめくん………」
いい匂いだね。
総司はくんくんと俺の襟巻きの匂いを嗅いでいる。
「すき」
「…恐らく、俺の方が好きだと思う」
「残念。はじめ君に負けるつもりはないよ」
「こればかりは譲れない」
「はじめ君………絶対離さないからね」
耳元で囁くように言われて、少し身体が震えた。
「怖い?」
違う、と首を振る。
殺されても構わないのに、離さない程度のことが、怖いわけがない。
「怖くないよね…はじめ君は僕のだもんね………」
こくん、と頷いて、総司の肩に顔をうずめた。
俺は総司の温もりを感じながら、この虚構の幸せが何時まで続くのか、そればかりに思いを馳せた。
20110511
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