放課後、部活や談笑をする生徒たちの喧騒が、遠くの方で響いている。
時々笑い声が聞こえたりして、中途半端な静寂が心地よい。
「……ん…」
ゆっくりと浮上する意識を弄びながら、完全な覚醒を待った。
目をぱちぱちして、焦点の合わない目に映る景色を確かめる。
それでも視界がぼやけるので、やたら念入りに目をこすった。
薄暗い教室。
開け放たれた窓。
カーテンを揺らしながら吹き抜ける風が爽やかだ。
どうやら、なかなか来ない待ち人に痺れを切らして、うたた寝してしまったらしい。
何時なのだろうと思って壁の時計を見上げると、ちょうど四時を回ったところ。
一時間くらい、寝てたみたいだ。
その間、掃除の騒音やら女子たちの甲高い笑い声やらが絶えなかっただろうに、かなりぐっすり眠っていた自分に感心する。
「、」
赤く寝痕がついて、潰れていたほっぺたをさすりながら、机に突っ伏していた頭を上げる。
あーあ……古典のプリントがぐしゃぐしゃだ。
下敷きにしたまま寝てしまった所為で、それは折り目がついて、結構無残な状態になっていた。
敬語の使い方。
助動詞とか、小難しい内容が所狭しと書き込まれている。
………まーいっか。
思い切り伸びをしてから、席を立った。
心地よい風に誘われてベランダに出ると、校庭を見下ろした。
かきーん……
野球部の生徒が放ったボールが、小気味よい音を立てて飛んでいく。
元気な下級生たちは、隅の方でバレーボールをやっていた。
「あ……」
雑多な校庭の中に、目指す紺藍色の頭を見つけた。
ブレザーをかっちり着こなし、腕に風紀委員の腕章をつけている。
足早に校舎へと向かって歩いているところを見ると、委員の仕事は終わったようだ。
手触りのよいさらさらした髪の毛に、日光が反射して光っていた。
自然に口角があがる。
見ているだけで、幸せになれる。
胸が、どうしようもなくうきうきしてしまう。
名前を呼ぼうと思い切り息を吸い込んで、ふと思いとどまった。
向こうからこっちに気がついてほしい。
どんな顔で見上げてくれるかな………
そんなことを考えながら見つめていると、吸い寄せられるように顔があがり……………そして、目が合った。
少し目を細めながら、こちらをじっと見上げている。
そして、微かに……微笑んだ気がした。
自然と笑みが零れる。
他の人には絶対に見せない、誰も知らない宝物。
「ち ょ っ と 待 っ て て」
口パクと身振りでそう告げると、大慌てで教室の中へと戻った。
そして、先ほどしわくちゃにしてしまった古典のプリントとペンをひっつかんで、せっせと作業する。
多分、再びベランダに戻るまでに、一分もかからなかったと思う。
校庭を見下ろせば、先程と何一つ変わらない体勢でこちらを見上げる姿があった。
もしかして、ずっと気になって見上げてくれていたのかな…
首、痛くなっちゃうのに。
そしてまた、小さくて大きな幸せを感じた。
「えへへ」
思わず笑いかけると、不思議そうな顔をしながらも、それに応えてくれる。
嬉しくなって、僕は手の中のものを、思い切り空へと飛ばした。
「………えい!」
即席の紙飛行機が、抜けるような青天に、真っ白い弧を描いて飛んでいく。
部活中ではないほとんどの生徒がそれに気付いて、あっけらかんと眺めている。
一瞬を永遠に感じるほど、紙飛行機は音もなく綺麗に飛んでいった。
上手く飛んでいってくれたことにホッとしてつい見とれていたら、慌てながらそれをキャッチしようとふらふらしている姿が目の端に写り込んだ。
ごめんごめん。
前触れくらいあった方がよかったよね。
心の中で謝って、何とかキャッチした紙飛行機を、覚束ない手つきで開いているのを眺める。
そして、俄かに頬が赤く染まるのを見止めると、また幸せの笑みが漏れた。
『はじめくんだいすき』
*
「総司、」
「あ、はじめくん!帰ろ?」
「帰ろ、ではない。何故古典の大事なプリントがこのような惨状になっているのだ」
「は?惨状………?折角の愛の告白なのに?」
「これは俺のプリントのコピーだ。きちんと保存しておけ」
「えー。なになに、もしかしてはじめくん、散々僕を待たせておいた上、更にこんなどうでもいいプリントのコピーなんかしてたの?」
「いいか?………くれぐれもなくさないように、細心の注意を払ってくれ」
「?」
『俺も総司のことを好いている』
「…………これ、はじめくん…」
「……いいから早く仕舞え」
「僕、これここだけ切り取ってラミネートして永久保存するね」
「…っ」
20110509
放課後の教室
青空
爽やかな風
紙飛行機
とかなんか青春の代名詞みたいな感じがしたのは気のせいでしょうか。
ていうか総司器用だな。
わたしの即席の紙飛行機は
いくら頑張っても上手く飛びません
二秒くらいで落ちます。
そもそも飛んでない。
二人の愛の力がすごい引力でした
ってことにしときます←
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