短編倉庫 | ナノ


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土方が縁側に座って近藤と雑談していると、沖田が中庭を通りがかった。


「お、総司じゃないか」


巡察から戻ったばかりなのか、近藤が呼びかけても、隊服を着たまま急ぎ足で歩いていく。


「おい、総司!」


二回呼びかけて、ようやくこちらに気付いたようだった。


「あぁ、近藤さん。それに、土方さんも」

「なんだ、俺はおまけかよ」


沖田は、いやだなぁとからから笑う。


「別に、そういうわけじゃありませんよ。珍しいですね、お二人が仲良く談笑なんて。お忙しくないんですか?」

「そうかぁ?トシとはよく喋っている気がするんだが」

「ふーん、僕を差し置いてよくも…」

「それより総司、どうしたんだそんなに急いで」


機嫌を急降下させた沖田を遮って、慌てたように土方が言った。


「あ、いえ……ちょっと、」

「なんだ」

「ちょっとこう、やってたもんですから」


そう言って沖田は、手首から先を前に突き出し、斬る真似をする。


「何だと!?斬られたのか?」


土方が形相を変えて聞くと、沖田はまた照れたように笑った。


「ああもう。土方さんはすぐそうやって大事にするんだから」

「だが……」

「全く、安心して町も歩けないなんて、世知辛い世の中だ…」


近藤がため息まじりに言った。


「そりゃあ、新撰組の隊服を着ているんですもん。仕方ありませんよ。幸い、こちらに怪我人もいませんし、安心してください」


明るい調子で言って、沖田は早足で立ち去ろうとする。


「おいおい、おめぇそんなに慌てて、どうしたんだよ」


やけに明るい沖田の様子を、土方が訝しんだ。


「は……僕、慌ててますか?」

「うむ…総司、今日はもう仕事はないんだろう?なら、もう少しここで我々と話していてもよいではないか」

「はぁ……」


沖田は腑に落ちない様子ながらも、近藤に向かってにこりと微笑んだ。


「僕、厠に行きたいんですよ。だから、また後ほど」


そう言って、沖田は今度こそ去っていった。


「厠か……なんだ、なら始めからそう言えばいいじゃあないか。なあ、トシ?」

「ん?………あ、あぁ」

「なんだ…今度はトシまで生返事か」


土方は眉間に皺を寄せて、近藤を一瞥した。


「……妙だ」

「はぁ?何が」

「あいつの態度だよ」

「ん?厠に行きたかったんだから、仕方ないんじゃあないか?」


近藤はのんびりと呟く。


「いや……どうも引っかかる」


言いながら素早く立ち上がる土方を、近藤がぎょっとしたように見上げた。


「お、おい、トシまで行ってしまうのか?」

「ちょっとあの野郎の様子を見てくるだけだ」

「トシ!」


土方は、近藤の不機嫌そうな声にも気を留めず、大股で廊下を歩いていった。







水を流す音が、先ほどから絶え間なく聞こえている。

厠まで来てみたものの、用を足しているところだったら申し訳ないと思い遠慮していた土方だったが、あまりにも長いので、痺れを切らして厠の扉を開けた。


「ぅわぁぁっ!」

「平助………?」


扉を開けた途端に愕然とする。


「なんで…おめぇが……」


見れば、藤堂が厠の掃除をしているところだった。


「び、吃驚したぁ!いきなり開けるなよな!土方さんの変態!」

「……はぁ?それより、なんでおめぇ掃除なんかしてるんだよ」

「はぁぁ?土方さん、忘れちゃったのか?俺が朝稽古を二回連続でさぼったからって厠掃除の罰を食らわせたのは土方さんだし!」

「……あー、そういえばそうだったな」

「そういえばって!!酷いな、律儀に罰を受けてるのに…」

「稽古をさぼるおめぇが悪いんだろうが」

「ま、まぁそうだけど……」

「まぁ、掃除をさぼらなかったのは誉めてやる」

「っそれってなんか…嬉しくねぇなぁ………っていうか、俺に何の用?」


不服そうに聞いてくる藤堂を、土方が一睨みした。


「総司の奴が、来なかったか?」

「え、総司?…ううん、厠には来てないけど。ていうか掃除だの総司だの、よくわかんねぇ!」

「あぁ?」


土方の剣幕に、藤堂がたじろぐ。


「あーっと……俺さぁ、見ての通り扉閉めて作業してたから、よく見てねぇんだよ」

「ったく、使えねぇ奴だな」

「はぁ?何で俺が怒られなきゃいけねぇの?!つーか俺、総司の監督とか言いつけられてた?!」


藤堂がやけに絡んでくるので、土方はうんざりして言った。


「もういい…別におめぇを責めてるわけじゃねぇよ。ただ、総司が厠に来たかどうか知りたかっただけだ」

「……総司は来てねぇよ」

「あぁ、ありがとよ」


土方は、すぐにその場を後にした。


「何だよ。土方さん…変なの」


藤堂は、不思議そうに去っていく背中を眺めた。







水を桶いっぱいに満たして、その水で手をじゃばじゃばと洗った。

水が赤く濁れば、また水を汲みなおして、力任せにごしごし擦る。

沖田は先ほどから、狂ったように自らの手を洗い続けていた。

目には涙さえ浮かべている。


「よく洗わないとね……汚れてる」


先の巡察で斬り合いになったとき、部下を死なせるまいといきり立って、自分が真っ先に敵陣に斬り込んでしまった。

普段は場数を踏ませようと必ず部下を先に行かせるのに、どうも心境がいつもと違っていた。

沖田は腕が立つから派手な返り血こそ浴びなかったものの、小手先ばかり狙い打ちした所為で、自らの手先も汚れてしまった。

それで早く洗い流そうと躍起になっていたのだ。

あの時いたのが近藤だけならまだ甘えられもしたが、隣には恋人になったばかりの土方もいたので、他人の血で汚れている手など、決して見せられないと思った。


「汚い………汚い…手……」


いつまで経っても水が赤いままなので、沖田は必死に手を擦った。

――否、水はとっくに透明になっていて、その手もどこも汚れていないのに、沖田には赤く染まっているようにしか見えないのだった。


「やだ……土方さんに嫌われちゃう……早く…綺麗になってよ……」


徐々に息が上がっていく。

沖田は、折角土方と想いを通じ合わせることができたのに、汚い自分は嫌われてしまうと思いこんでいるのだ。

と、その時――――


「総司っ!こんなところに居やがったか!」


ずんずんと足音を響かせて、苛つき気味の土方がやってきた。

沖田はびくんと身体を震わせて、慌てて手を隠す。


「あ、土方さん……」


上手く笑えているか自信はないが、取りあえず口角を上げて見せた。


「おめぇ…こんなところで何して…」


厠に行くと言っていたはずの沖田が、水汲み場にいる。

一体何の目的なのか土方には解せない。


「あ、あはは、ちょっと、手が汚れたもんですから…」


土方は片眉を上げて、沖田に歩み寄る。

沖田は咄嗟に身を引いた。

その反応に、土方は不信感を募らせる。


「総司……俺に何を隠してる」


沖田の顔が、さっと青ざめた。


「………なにも?」

「嘘を吐くな」


沖田は、慌てて顔を背けた。


「おい…総司」


底冷えするような土方の声に、沖田が身を竦ませた。

逃げようとしたが、土方のがっしりした腕に腕を掴まれて、身動きが取れない。


「いや……あの…」

「手ぇ、洗ってたのか?」

「…そう…言いましたけど」


しかし沖田の手は、擦りすぎた所為で真っ赤に腫れてしまっていた。


「普通に洗ったんじゃ、こうはならねぇよな?」


……一番知られたくなかった人に、汚い手を見られてしまった…。

沖田は悲しいのと恥ずかしいのとで居たたまれなくなって、涙を堪えながらぽつぽつと話した。


「僕の手、……汚い、から……」

「汚い、だと?」

「う………血で…汚れてるから……見ないで…」

「けど、おめぇの手は綺麗だぞ?」


土方は、沖田の言わんとしていることが朧気ながら分かって、沖田の手をそっと包み込んだ。


「…っ………やだ…!」

「おめぇの手は汚れてなんかねぇよ」

「…離してください」

「おめぇはどこも汚れてねぇ」

「っ離して!…離してったら!もういいから!」


堰を切ったように泣き出す沖田を、土方は両の手で抱き締めた。


「っや!」

「総司、一体どうしたってんだよ?」

「うぅ…やだ………」

「おい、答えろよ」


沖田は怯えたように身を竦ませた。


「土方さん、は…僕なんか…嫌いでしょ?…人を…傷つけるような…人…」

「はぁ?」

「僕…土方さんに嫌われちゃうよ…」


そう言うと、土方の腕の中で、沖田はまたおいおいと泣き出してしまった。

その様子を見た土方は、思わず吹き出した。


「……っな、で…笑うの?」

「何だよ…おめぇ、そんなことを気にしてたのかよ…」

「そんな、こと?」

「あぁ、くだらねぇな。俺はな、そんなことでおめぇを嫌いになるほど小さい男じゃねぇんだよ。それに、おめぇは汚くねぇって何度も言っているだろう」

「で…でも………」

「俺はなぁ、総司だから好きになったんだ。だからどんな風になっても、俺が総司を愛していることに変わりはねぇよ…」

「そう…なの?」

「じゃあ聞くけどよ、総司は何で俺を好きになったんだ?…顔か?」

「違うっ!土方さんだから!!」


土方は、口元を歪めた。


「だろ?なら、俺も一緒ってこった。どんな総司でも、総司なら受け入れられるんだよ」


沖田は、暫く黙って土方の表情を伺っていたが、やがて、ぽすんと土方の胸に顔をうずめた。


「……よかった…です」

「…ん?」

「…土方さんを好きになってよかったです」

「馬鹿。当たり前だ」

「あの……暫く…こうしててもいいですか…?」


真剣での打ち合いは久しぶりだったから、精神が参ってしまったのかもしれない。

沖田は妙に土方の温もりに包まれて、初めて落ち着いた自分に気がついた。


「ああ…総司がもういいって言うまで、ずっとこうしててやるよ」


土方は、満足そうに微笑んだ。





どこで読んだかは忘れたんですが、史実の総司は部下に場数を踏ませて、自分は後ろで腕組みして見ていて、いざ形勢が危なくなると出て行って、小手ばかり狙ったらしいですね。

あ、だから実戦で十八番の三段突きを見られることは殆どなかったとか何とか。


なんか近藤さんとかほぼ使い捨てだし、何故藤堂を起用したのかも謎だし、いろいろごめんなさい。




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