短編倉庫 | ナノ


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もしも明日すぐに使うような書類だったらどうしようと思って、僕は暫くその場に立ち往生していた。

だって、あの人の住所なんて知らないし、試しに往来を見回してあの人を探してみたけどもう既に姿は見えなかったし、あの人が気付くことを願って、僕はここで待ってるしかないんじゃないの…?

僕は帰ることを諦めて、仕方なく元通りベンチに腰掛けてマンガを広げた。

だけど、もしいつまでたってもあの人が戻って来なかったらとか色んなことを考えていた所為で、マンガの内容は何一つ頭に入ってこなかった。

……あんなに真剣に読んでた書類なんだから、きっとすぐに気付いて取りにくるよね?

ってそれなら、何も僕がここにいる必要はないじゃないか。

この書類をベンチに置いて、僕は帰ったっていいんだよ。

でも、それじゃダメだ。

せっかく話しかけるチャンスなのに、無駄にするわけにはいかない。

それに、書類を放置して行って、誰かに盗まれたり、風に飛ばされたりしたら困るもんね。

僕はどきどきしながら、ずっとあの人が戻ってくるのを待っていた。



「あ………」


多分30分も経ってないんだろうけど、僕にとっては気の遠くなるような長い時間が経った頃。

あの人が、慌てたようにランドリーに駆け込んできた。


「お前………」


すっかり乾いた洗濯物とマンガを膝に乗せて座っていた僕を、その人は不思議そうに見た。

途端に自分のしていることがどうしようもなく恥ずかしくなって、僕は思わず俯く。

それから、これじゃあいけないと勇気を振り絞って、おもむろに立ち上がった。


「あ、あの……これ…忘れ物………」


どうして声が震えるんだ!

しっかりしてよ!


「もしかして、ずっと待っててくれたのか?」

「えーっと、まぁ…あの……そうとも言います」


しどろもどろになって答えると、その人はすまなそうな顔になった。


「すまねぇな……お前…その、受験生、なんだろ?」


え…もしかして、僕と原田さんの話を聞いてたのかな。

あんなに書類と睨めっこしてたのに?

あぁどうしよう。

なんで僕はこんなに喜んでいるんだろう。


「あー、…はい、えぇと、まぁ……そうみたい、です」


そうみたいってなに!

もっとシャキッとして、僕!


「そんな書類、適当に放っておいてくれたってよかったんだが……本当に申し訳ねぇ」


そう言って頭を下げてくるその人に、僕は益々狼狽えた。


「や、やめてくださいよ!そんな…僕が待ちたかったから……あ、や…そうじゃなくて…」


自分でも吃驚するほど、上手く話せない。

減らず口が自慢なのに。

こんなの僕らしくない。

でも、だって、ドキドキしちゃうんだもん。

青くなったり赤くなったりしている僕を、その人は不思議そうに眺めている。

それがまた恥ずかしくて、僕は更に挙動不審になる。


「あ、あの!でも、これ、重要な書類、なんですよね?…なんか、難しそうで……あ!でも別に中身見たわけじゃなくて!……いや、見るには見たんですけど訳わかんなかったし、それに、企業秘密とか、別に喋ったりしないし……」


僕が一生懸命説明していると、何が面白かったのか、その人はきょとんとしたかと思ったら不意に笑い出した。


「ははは……お前、面白ぇ奴だな」

「へ?お、おもしろ……?」

「そりゃあ確かに重要なもんだが、別に企業秘密ってわけじゃねぇよ」

「あ…なんだ……良かった…」

「ありがとな。わざわざ待っててくれて」


その瞬間、その人は破壊的な笑顔を浮かべた。


思わず頭がフリーズしたくらい。

なに今の!?死ぬかと思った!

そんなに笑顔の安売りしちゃダメだから!

そんなことを考えていたら、つい肝心な書類を渡すことを忘れていた。


「あ、これ、書類……あぁっ!ちょっと皺になってる!すいません!」


慌てて書類を差し出すと、またその人に笑われた。


「これくらい気にすんなよ」


それからもう一度、ありがとうと言われた。

ついに念願が叶った……!

とうとう話せたよ、左之さん!


「あの……悪いんだが…手を、離してくれねぇか?」


またあらぬところに心を飛ばしていたら、その人が遠慮がちに言ってきた。


「へ?……手?」

「あぁ……書類、握ってる…」


言われてみて初めて気がついた。

僕は、しっかりと書類の端を握ったままだった。

無意識のうちに、もう少し話していたいと思ってしまっていたらしい。


「わっ!すいません!別に深い意味とかなくて…あの…これはですね……」


自分で言いながら、理由なんて言えないよと思う。

困っていると、その人がまた笑顔を浮かべた。

だからそれは反則だって………


「お前、名前は?」


不意に聞かれて、心臓が跳ね上がる。


「えっと、お、沖田、総司、です…」


まるで日本語初心者のようにたどたどしく言った。


「そうか…総司君、か」

「あー、総司でいいです、よ?………君とか言われても、慣れない、し」

「じゃあ、総司な。俺は土方歳三だ」

「ひ、土方さん?」

「あぁ」

「あ……なんか初めてしゃ、しゃべりましたね……」

「…そうだな」

「土方さん、お家に洗濯機ないんですか?」


わわ。僕、今めちゃくちゃ失礼なことを聞いたかも。


「あー……まぁな、そういうことになるな」

「………と言いますと…?」

「…壊れたんだよ。買い替える暇もなくて、こうしてここの世話になってる」

「あぁ、なるほど………」


それじゃあ、もし洗濯機を買い替えてしまったら、もう二度と土方さんには会えなくなるってこと?

…………そんなの嫌だ!


「あ、あの……!でも、暫くは、…買い替えないですよね…?」

「ん、まぁ、多分……」


土方さんは何かを察したように僕のことを見てくる。

それで僕は覚悟を決めて、土方さんにこう言った。


「じゃ、じゃあ、またここで会ったら、また、話かけてもいいですか?」


ゴクリと生唾を飲み込んで、土方さんの表情を伺う。


「あぁ、もちろんだ。暫くよろしくな」


土方さんは、とろけるような甘い笑顔でそう言ってくれた。

僕は、心の中でドデカいガッツポーズを突き上げた。











「お、総司じゃねーか!」


それから数日後、いつものランドリーで土方さんと仲良く喋っていると、左之さんがやってきてそう言った。


「あー左之さん!左之さん!ね、聞いてくださいよ!」


僕は弾かれたように立ち上がって、左之さんに駆け寄る。


「ん?なんだなんだ?」


左之さんは、僕と土方さんを見て何となく察したようだったけど、僕は構わず左之さんの耳元で囁いた。


「僕、やりましたよ!土方さんと、仲良くなれたんです!」

「おー、良かったじゃねぇか」


左之さんは土方さんにぺこりとおじぎをしながら言う。


「何かさ、まるで弟の恋愛成就を願う兄の気分だぜ」

「な、な………そんなんじゃないですから!」

「あっはは。分かってるよ」


僕は真っ赤になりながら土方さんの隣に戻った。

すると。


「あのな、総司」

「はい、何ですか?」

「急で申し訳ないんだが、実は、今度洗濯機が手にはいることになったんだ」


そんな爆弾発言をされた。


「は…………?」

「姉貴がさ、家に洗濯機もないのかってうるさくってよ。古いのくれることになったんだ」

「な……」


それはつまり、もう二度とここには来ないということ。

そして、もう二度と会えないということだ。

せっかく仲良くなれたのに…………そんなの嫌だ!!


「じゃあ……もう…ここには…………」

「あぁ、多分もう来ねぇ」

「………………」


なにそれ、なにその急さ。

僕たち、まだやっとお友達になれたばっかりなのに。

神様酷いよ!

ていうか土方さんのお姉さん余計なお世話だよ!!

僕はしょぼくれてがっくりと肩を落とした。

戦意消失。

いや、でもだめだ。

最後まで諦めちゃいけない!!


「じゃあ、……じゃあ、せめて、め、め、め、メアド、とか……」


消え入るような声で呟くと、土方さんは困ったように笑った。

その笑顔を見て思う。

あぁ、もうダメだ。

僕の小さな恋は終わる運命なんだ。

………って、恋!?!?

いやいや、恋じゃない恋じゃない!

じゃあ、この気持ちは一体何なんだろう。

…………………やっぱり、恋なのかな。


ちらりと視線を移すと、洗濯が終わるのを待ちながら、僕らの様子を心配そうに伺っている左之さんが、視界の端に映った。

それでまた居たたまれなくなって、僕はしゅん、と俯く。


「まぁ、メアドもいいんだが………」


土方さんは困ったように頭を掻いている。

うぅ………先なんか聞きたくないよ!

どうせもう会えないとか言うんでしょ?

元気でな、とか言って去って行くんでしょ?

もう知らない。聞きたくない。土方さんの馬鹿。


「……どうせなら、お前がうちに来て洗濯しねぇか?」

「へっ!!?」


僕は間抜けな声を上げて土方さんを見上げた。

土方さんの言葉が信じられなくてぽかんとしていると、土方さんは益々困ったような顔になってしまった。


「まぁ………嫌ならいいんだ」


そのまま立ち上がろうとするので、僕は慌てて土方さんに縋りつく。


「行く!!行く!行きます!土方さんち!!」


僕の物凄い迫力に、今度は土方さんがフリーズする。

そのまま固まっている僕らを動かしたのは、他でもない、左之さんだった。


「よっ、ご両人!いやー、良かったな、総司」


左之さんの声に我に返って、僕は慌てて居住まいを正す。


「さ、左之さん!ご、ご、ご両人って……」

「土方さん、このがきんちょのこと、よろしくお願いします」


なーんて言って、左之さんが土方さんに頭を下げる。


「ちょっと!がきんちょって何ですか!!」

「がきんちょ、確かに引き受けた」

「な!土方さんまで!」


がきんちょじゃないという僕の訴えは無視されて、左之さんは代わりのように深々とため息をついた。


「あーあ、寂しくなるな、総司がここに来なくなると」

「あ……………」


それを聞いて、僕もちょっと寂しくなる。


「大丈夫です。僕、毎回土方さんのお世話になるわけにはいかないんで、たまにはここに来ますから」

「総司、毎回うちに来ていいんだぞ」

「いや、それは…………」

「左之、だったか?左之、お前、取られたくねぇもんにはしっかり首輪つけとかねぇと」


土方さんはそんなことを言って、にやりと笑う。


「?」

「う…っ…そ、れは……」

「俺は最初、お前らはもうデキてるんだと思ってたんだからな」

「あんたまさか、最初っから……?」

「当たり前だろ」

「!!!マジかよ!!うわっ……ちっきしょ!」


何故か悔しそうな左之さんと、涼しい顔をして訳の分かんないことばっかり言う土方さんに、僕の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。


「何?何の話?」


僕はたまらなくなって土方さんに聞いた。


「いやいや、総司は気にしなくていい」


むぅ。何なの?がきんちょには分からない話なの?


「じゃあ総司、これからよろしくな」


土方さんは、またあの甘い笑顔を浮かべて僕を見ている。

僕は何もかもどうでもよくなって、ただひたすら嬉しくて、こくんと頷いた。



2012.07.01


実はずっと総司を狙ってた土方さん。
虎視眈々ですよ。
多分書類もわざと置き忘れました。




*maetop|―




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