総司を泣かせちまった。
いや、今までだって虐め抜いて泣かせたことはいくらでもあるが、本気で泣かせるのは初めてだ。
あんな悲しそうな顔を見ちまったら、もうこの先上手くやっていける自信がねぇ。
「嫌われちまったな…」
ボソッと呟くと、自分の言葉がやたら胸に突き刺さった。
今まで何人もの女と付き合い、別れてきた。
理由は単純明快。
全て今回と同じで、ワーカーホリックな俺に女の方が愛想を尽かし、別れを告げてくるのだ。
だから、慣れているつもりだった。
けど、全然駄目だった。
総司とは離れられる気がしねぇ。
あいつを手放すなんて、そんなの無理だ。
でも、嫌われちまった。
もう、修復不可能かもしれねぇ。
そう思ったら無性に悲しくなって、俺はソファに力なく寝そべった。
今夜はどうせここで寝るしかない。
寝室に入れないから、着替えることもできない。
疲れがピークに達していたからできればゆっくり寝たかったのだが、正直それどころじゃない。
ブランケットもなくワイシャツ一枚じゃ、暖房を付けて寝てもそれなりに寒いだろう。
大きな溜め息が出た。
総司をあそこまで追い詰めた自分に腹が立つ。
俺は少し、総司に甘えすぎたみてぇだ。
目を瞑ってじっとしていても、一向に睡魔は訪れなかった。
疲れているからすぐに眠れるかと思ったのだが、想像以上に総司のことがショックだったらしい。
すっかり頭が冴えてしまった。
頭の中には、総司の泣き顔と「大嫌い」と言う台詞がぐるぐると回っている。
せめて、謝りてぇな。
何とか総司が出て行ってしまうのを阻止したい。
今頃総司はベッドに突っ伏して、枕をぐしょぐしょにしながら泣きじゃくっているんだろうか。
それとも、出て行く準備を着々と進めているんだろうか。
本当は今すぐ寝室にすっ飛んで行って、ドア越しでもいいから総司と話たいんだが、きっと総司は取り合ってくれねぇだろうし、ただ迷惑になるだけだろう。
そんなことを考えて微睡むことすらできずにいると、不意に寝室のドアがガチャリと音を立てた。
まさか、こんな時間に出て行くつもりじゃねぇだろうな……?
そう思って慌てて飛び起きると、足音はリビングに向かってきた。
総司の意図が分からず、俺は取りあえず元通り横になった。
部屋の電気は消してあるから、どうせ寝ているかどうかまでは分からねぇだろう。
そのままじっとしていると、総司がソファのすぐ横まで来たのが分かった。
何してんだ?こいつ。
俺の見納めか?
そう思った瞬間、体にふわりと暖かい物が被せられた。
「っ…!」
一瞬何だか分からなかった。
が、総司が毛布をかけてくれたのだと分かった瞬間、胸にどうしようもなく熱いものが込み上げてきた。
「わっ……!」
それで、思わず総司のことを抱き寄せていた。
「ひゃっ、…離してっ」
総司は相当吃驚したようで、暫く腕の中でもがいていたが、やがて諦めて大人しくなった。
突き飛ばさずに享受してくれたあたり、まだ脈はあるのかもしれない。
「……起きてたんですか」
総司の第一声はそれだった。
「あぁ、まんじりともできなかった」
こっそり毛布をかけて退散する予定だったのだろう。
見つかったことが余程恥ずかしいのか、総司は居心地が悪そうにもぞもぞと動いている。
きっと、耳まで赤くなっているはずだ。
顔を埋めた首筋は、相当な熱を帯びていた。
「総司、本当にすまなかった」
耳元で謝ると、総司はびくりと体を震わせた。
「俺は、お前に甘えすぎてたな」
「…謝って済むなら、警察はいりませんよ」
「は、そうだな」
俺は苦笑して、それから総司の顔を覗き込んだ。
暗くてよく見えないが、泣いた所為で目が真っ赤になっているのは何となく分かった。
労るようにその目尻に唇を落とすと、総司は微かに息を詰めた。
そして、むっとしたように顔を背けられてしまった。
「…これからは、もっと我が儘言え」
「……嫌いにならないですか?」
「なるかよ馬ー鹿。お前の我が儘なんざ可愛いもんさ」
すると総司は脱力して俺の上にのし掛かってきた。
「…よかったぁ。僕あんなこと言っちゃって、土方さんに嫌われたんじゃないかって心配してたんです」
思わず笑ってしまった。
大嫌いだとか抜かしやがったのはそっちだろーが。
何なんだ、この全身棘だらけの餓鬼は。
最も今は、棘は引っ込めているみてぇだが。
嫌いだと言いつつも、結局は自分の言動に後悔してくよくよしてるような、すげぇ可愛い奴。
わざわざ毛布までかけてくれて、殊勝なこった。
「あんなことって何だよ。俺のことを嫌いだとか言いやがったことか?」
俺は意地悪くも聞いてやった。
「それは……」
「それじゃ、しっかり落とし前をつけてもらうとするか」
「え、何でっ?!」
「いっぱい愛してやるから許せって言ってんだよ」
「なんかズルい…っ」
「じゃあ聞くが、どうしたら許してくれるんだ」
すると総司は暫くうんうん唸っていたが、やがていっぱい愛せと強請ってきた。
「ほらな、結局そうなるだろ」
俺が鼻で笑うと、総司は面白くなさそうに頬を膨らませた。
それから油断している隙に、思い切り頬を抓ってきた。
「っ痛ってぇ!」
「土方さんに生意気言う資格なんかありません」
「悪い悪い、」
「黙って僕のこと愛してくださいよ」
あー、相当拗ねちまったな。
けど、本当に嫌われてなくてよかったと心底思う。
こいつに嫌われたら、俺の人生はもうお終いだ。
俺は、俺の上に半ば馬乗りになっている総司の後頭部に手をやって引き寄せると、手始めに熱烈なキスをお見舞いしてやった。
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