それから数分後、両親と思しき人たちが現れた。
顔面蒼白で、確かに具合の悪そうな母親を抱えるようにして、父親が女の子に駆け寄る。
総司は何となく気まずくて、つい、と顔を背けた。
「つかさごめんね、お母さんの所為で…」
「ごめんな。一人で大丈夫だったか?」
その父親の声になんとなく違和感を感じて、総司は余所を見ていた顔を戻した。
「…………え?」
総司はぽかんと口を開けた。
「うん!ちゃんとおりこうさんにしてたよ?」
「そうか、偉いな」
「うん!そうじお兄ちゃんがいたから、さびしくなかったよ!」
「そうじ、だと………?」
満面の笑みの女の子と、それを見つめる父親らしき人物。
その顔を見て、総司は衝撃を受けた。
「ひ、ひじかた、さん……??」
紛れもなく、そこにいたのはかつての新選組副長、土方歳三だった。
総司は思わず女の子に問いただした。
「ねぇ、つかさちゃんの名字って、何?」
「え?ひじかた、だよ」
それはまさに、絶望的な響きだった。
「う……嘘……」
「お前……総司、なのか?」
母親を椅子に座らせてから、土方は食い入るように総司のことを見つめてきた。
「……本当に、…総司、なのか?」
「…え?へ、あ、……えぇ!?」
正直、なんと答えればいいのか分からなかった。
確かに自分は本当に総司なのだが、突然の再会に驚いたのと戸惑っているのとで、頭が上手く回らない。
「土方、さん…、なの……?」
まさか、こんな形で再会することになるなんて、思ってもいなかった。
あれほどまでに、また会いたいと思っていた人。
次に生まれ変わったら、今度こそずっと一緒にいたいと願い続けたその相手が、自分のすぐ目の前にいる。
しかも、所帯持ちときた。
ショックを受けて当然だ。
吃驚しすぎて、軽口を叩く余裕もない。
かつての新選組の仲間が、自分と同じように転生しているかもしれないということは、幾度となく考えてきたことだった。
しかし、今まで誰にも巡り合ったことはなかったし、またもし誰かと偶然再会できたとしても、相手も自分のように前世の記憶を持ち合わせているとは限らないだろうと思っていた。
だが、土方は確かに総司のことを覚えていたのだ。
しかも、一目で誰だか分かってくれた。
それは非常に嬉しいことだ。
確かに、嬉しいのだが。
だがしかし、土方はすでに結婚してしまっている。
そればかりか、こうして可愛らしい子供まで生まれている。
その心は、もはや総司のものではない。
……そんなのってない。
総司は思わず零れそうになる涙をぐっと堪えた。
「土方…さん……」
今まで焦り続けて生きてきた。
早く見つけないと、こういう結末になってしまうかもしれない。
そうなったら自分は悔やんでも悔やみきれないだろうと、今までずっと土方を探し続けてきたのに。
それなのに、このざまだ。
「トシの知り合いなの?」
母親らしき人物が土方に聞いた。
「あぁ、まぁ、な……」
トシ……昔近藤がよくそう呼んでいた。
それを思い出して、総司はがちがちに身を強張らせた。
まさか、まさかこんな残酷な運命が待っていたなんて……。
息が苦しい。
「い、や………」
「総司?おい、顔色が…」
「がはっ…げほっ!ごほっ…!」
突然、咳が止まらなくなった。
発作だ。
それも滅多にない酷いやつ。
「おい!総司!!」
昔よく聞いたなぁと、土方の焦ったような声を心の中で密かに懐かしむ。
「そうじお兄ちゃん!だいじょうぶっ?」
「だいじょ、ぶ…すぐおさまる…から、けほっ」
「大丈夫なわけねぇだろうが!」
「ほんと、に、すぐ…げほっ!」
「おいつかさ、お母さんと一緒にいられるか?」
「え、うん…」
「俺はこいつを医者んとこに連れて行くから、ちょっと待っててくれ」
「土方さん、いいです、よ…僕には構わないで…」
「馬鹿言うんじゃねぇよ!なぁ、ちょっとぐらい大丈夫だろ?」
土方が母親の容態を確認する。
「私なら、座ってれば大丈夫よ。それよりその子、苦しそう」
「僕は一人で行けますから……ってちょっと!」
土方は問答無用で総司を立ち上がらせると、抱え込むようにして救急外来の方へと連れて行った。
「っ離してください!」
「何もしゃべるんじゃねぇ!また咳が出ちまうだろ!」
「土方さんには関係な…っごほ!」
「ったく、言ってる傍から……」
総司は泣きそうだった。
もう傍にいることは適わない、それどころか、自分には土方を独占したり、好きでいる権利すらないというのに、こんなに優しくされたら後で悲しくなるだけだ。
どうしてと、総司は睨むように土方を見上げたが、土方は総司の気持ちには全く気付いていないようだった。
まさか、自分に対する恋心だとか、昔二人の間にあったことなどはすべて忘れてしまったとでも言うのだろうか。
「おい、総司お前、一体何の病気だ?」
思考の海に浸っていると、頭上で聞こえた土方の声に無理やり意識を戻された。
「まさかまたろうが……結核だなんて言わねぇだろうな?」
「違いますよ……そんなの、とっくに隔離されてるでしょ…」
「あぁ、それもそうだな。で、何の病気だ」
「喘息……」
「また気管系かよ……」
「そういう仕組みらしくて」
「おい、急患だ」
土方はすぐに看護師を捕まえると、すぐに診てもらえるよう交渉を始めた。
「でしたらまずは受付で手続きを……」
「そんなんじゃねぇんだよ!ここで診察を受けた後に発作起こしてんだぞ!」
土方の昔と全く変わらない凄みを帯びた怒鳴り声に、その看護師はたじたじになった。
「あ、あの、お、お名前は…」
「沖田総司だ」
「発作とは、何の発作でしょう?」
「喘息だよ!早く点滴でも吸入でも、何でもしてやってくれ」
土方の切羽詰まった様子と総司の苦しそうな様子に、看護師は急いで診察室へ案内してくれた。
医者の診察を待つ間、診察台の上に横になりながら、総司は土方を見上げて言った。
「僕、注射は嫌だな……」
「文句を言うんじゃねぇ!」
「おっかないのも相変わらずなんですね…」
思わず呟いた声は、想像以上に寂しさを孕んだものになってしまった。
「……お前だって、相変わらず意地っ張りじゃねぇか」
そうだろうかと思って、総司はそっと目を伏せた。
今はもう、何もかもが昔とは違う。
同じように見えて、決してそうではないのだ。
「…土方さん、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
総司はきっぱりと言い放った。
「あぁ?…どういう意味だ」
「早く帰ってくださいって言ってるんです。つかさちゃんも待ってることだし」
「お前を置いてのこのこ帰れるわけがねぇだろ!馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
「ほんと、迷惑なんですよそういうの……」
「何だと?」
「ここまで連れてきてくださって、ありがとうございました。感謝してます。あと、約150年ぶりに会えて、すっごく嬉しかったです、じゃ、さよなら」
総司が畳み掛けるように言うと、土方はあからさまに機嫌を急降下させた。
「お前、久しぶりに会ったってのに、それだけかよ?」
「…土方さんこそ、僕のことなんか何もかも忘れたくせによく言いますよ」
「俺が、何を忘れたって?」
「何もかもですよ!僕のことを置いて行ったくせに、また待っててくれなくて、また一人ぼっちにし……っげほ!ごほっ!!」
「っ総司!」
その時ちょうど総司の主治医が駆け付けてきた。
「っ総司くん!大丈夫?」
「発作、出ちゃった…」
土方は医者が診察しやすいよう脇へ退いた。
しかし、その眉間には深く皺が刻まれたままだ。
「ちょっと吸入と点滴をしようか。そうしたら少し落ち着くかな」
医者が指示を出すと、すぐに大がかりな吸入器が運ばれてきた。
ついでに総司にしてみたら充分に太い点滴針を刺されて、総司はむっつりと黙り込む。
「小一時間で終わるからね。それまでには発作も落ち着くと思うよ」
そう言って医者は出て行った。
吸入をしている間は何も話せないので、総司は恨めしそうに土方を見上げることしかできなかった。
土方も、総司が何も言えないのを良いことにどっかりと丸椅子に腰を下ろすと、腕を組んでその場に居座った。
途中で出て行ったかと思ったらすぐに戻ってきて、待たせていたつかさたちを先に帰したなんて言うものだから、総司はただ目を見開いて、遣る瀬無い感情を持て余すことしかできなかった。
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