「馬鹿っ……こんな……傷だらけになりやがって………」
総司は瀕死状態だった。
きっと、これが最後と思って戦ったのだろう。
身体中傷だらけで、見るに耐えない有り様だ。
既に虫の息の総司を、俺はあやすように揺らしてみた。
苦しそうに、けれども笑っている総司が痛々しくてたまらない。
病に伏せった身体では、ここまで来るだけでも大変だったろうに、戦うなど有り得ない話だ。
「総司…何で…………」
今頃江戸で大人しくしていれば、もう少し生きていられたかもしれないのに。
悔しくて悲しくて虚しくて、俺は奥歯を噛みしめた。
「土方さん、……黙って置いてく、んだもん……酷い、よ………」
また明日って言うから、僕待ってたのに。
拗ねたように言う総司は、昔と全く変わっていない、あどけない顔をしていた。
―――とても、綺麗だった。
「土方さん、が、来てくれな…ごほっ…なら、僕が行くしか、ない……でしょ、」
「総司……すまねぇ…っ…」
どのような謝罪の言葉を並べでもまだ足りなかった。
俺は総司の髪を梳き、その頭を胸にかき抱く。
「も、う…置いてかな……で、よ」
「お前こそ……俺を置いて逝くんじゃねぇよ!」
「っごめ…なさ…い……」
「総司っ……」
どんどん冷たくなっていく総司に、俺は涙を散らして叫んだ。
「何一人で勝手な真似してんだよ!俺の許しもなしに死のうとしてんじゃねぇ!!」
しかし、何を言おうと総司の命の灯火は消えていく一方だった。
「俺、は……耐えられねぇ…よ………お前のいねぇ世の中なんざ……無理、だ……」
「副長、が弱気で…どうするん、です、か」
「無理なんだ、よ……俺だって、人間、だ……」
「ひ…かた……さん…」
総司が弱々しく手を伸ばしてきた。
そっと頬に触れられて、その冷たさに思わずびくりと身体が震える。
「ぼく、の…好きな、ひと」
「総司……」
「ぼく、ね……、しあわせ…」
「総司、っ」
「土方さん、の、腕の中、で…死ねるなん、て………最高の、終わり……かた…」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!!お前はぜってぇ死なせねぇ!」
「も、無理、なんです……」
「五月蠅ぇよ!死ぬなんて言うんじゃねぇ!」
俺は総司の手を掴んだ。
「最期ま……で、ありが、と……」
「何言って……」
その時派手に総司が咳き込んで、口と傷口から生暖かい血が吹き出した。
「っくそ!」
慌てて傷口を抑えるが、溢れる血が止まらない。
「ひ、かたさん……」
「総、司……っ」
「何だか……さむい、や…」
「おい、そう…」
「土方、さん、が……見えない…」
「おい……!」
総司の目から涙が零れた。
「ひじかたさん…お願い……笑っ、て」
こんな時に笑えるかよ、と思いつつ、俺は精一杯笑って見せた。
餞(はなむけ)の笑顔としては、きっと酷すぎる顔だっただろう。
それでも総司は満足そうに微笑んでくれた。
その笑顔があまりにも美しくて、俺は思わず息を飲む。
「もし、また会えたら……次こそ………傍にいて、も…いいです、か……?」
「っ当たり前だ、ろ………」
「ごめんな、さ……あ、なたを……縛ることに…なる…けど」
「…んなこと…言うんじゃねぇよ…」
「でも、ぼ、く……あなたが…好き…」
「あぁ……俺もお前が好きだ」
「嬉しい、や…」
「俺はお前を愛して、……る…………」
俺は、腕の中の総司を見た。
「………っ…」
軽く揺さぶってみる。
「そう、じ………?」
仄かに笑みを湛えて、総司は目を閉じていた。
幸せそうで、ただ眠っているだけのように見える。
「おい、総司、」
総司の頭を撫でてみる。
「起きろよ、総司っ!!」
呟いた言葉は虚しく虚空に消えていった。
「っ…お前はほんと……ひでぇ奴だな……」
俺は総司の唇に付いた血糊を手で拭うと、そこに唇を押し当てた。
まるで、そうすれば総司が生き返るかのように、ずっとそうしていた。
もし所有物で自分が決まるなら、それを失った時、自分は一体何者になるというのだろうか。
――俺は、総司を失ったその瞬間から、正真正銘の鬼になる。
補足させていただくと、
千駄ヶ谷で療養中の総司を、土方さんはちょくちょく見舞っていた
↓
ある日突然別れも言わずに北上
↓
それを追いかける総司
(羅刹ではない)
↓
土方さんに追いついて、敵と戦う
↓
敵は倒したものの、力尽きて死ぬ
という流れでした。
それから、冒頭の所有物がどうたらっていうのはエーリッヒ・フロムの格言です。
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