もし所有物で自分が決まるなら、それを失った時、自分は一体何者になるというのだろう。
俺はどうなってしまうのか。
怖くて想像もできない。
鬼の副長が何を怖がっているのだと笑われようが、怖いものは怖い。
刀を首筋に突きつけられているのと同じくらい、いや、それ以上の恐怖だ。
死とは違い、これはいつまでも覚悟のできないものなのだ。
「…何でそんな顔してるんですか?」
「そんな顔たぁ、どんな顔だよ」
「……情けない顔」
俺は横たわる総司を見下ろした。
死期を悟った者は美しく見えるとは、よく言ったものだ。
今の総司は、この上なく綺麗に見えて仕方がない。
男相手に綺麗と言うのは変かもしれないが、やせ細って青白い顔をしているにも関わらず、俺には総司が美しく見える。
今にも砂のようにこの手からこぼれ落ちてしまいそうなその儚げな雰囲気も、全てが切ないほど愛おしい。
翡翠の瞳は昔から綺麗だった。
しかし、最近のそれは、いつにも増して澄み切っている。
吸い込まれてしまっても構わない。
それほどまでに、いつまでも見ていたくなる。
「次は、いつ来てくれますか」
珍しく総司が弱々しい発言をした。
もう来なくていい、とでも言いそうなものを。
弱っているのかと、俺はまた心を沈ませた。
「お前が望むなら、毎日だって来てやるよ」
「嘘、忙しいくせに」
「ここに来る時間ぐらいあるさ」
「…嫌だな。煩わせたくない」
「馬鹿。気を遣ってんじゃねぇよ。俺が来たいから来るんだ」
実際のところ戦況は芳しくないし、新選組は賊軍と化してしまったわけだから、うかうか総司を見舞ってもいられない。
確かなものなど何もなかったが、俺は例え口先だけの約束でも、しておいてやりたかった。
少しでも、希望を与えてやりたかった。
苦しいほどに愛している。
そんな表現が相応しい。
昔の俺にこの終わりが見えていたなら、一分一秒を、もっともっと大切に愛することができたのかもしれない。
これでも全てをかけて愛してきたつもりだったが、別れの時間が迫れば迫るほど愛し足りなかったのではないかと心が痛む。
もっと愛したかった。
もっと一緒に生きたかった。
最後まで、共に戦いたかった。
「じゃあ、また明日」
「おう」
しかしその日きりで、俺たちは永遠に別れることになった。
また明日なんて、野暮な約束をしたものだと思う。
守れもしないのに、悪いことをした。
そういう罪悪感を残して、俺たちは確かに別れたはずだったのだ。
だが。
「お前…………何で………」
何でこんなところにいるのか、という問いは声にはならなかった。
「えへへ……土方さんが、心配で………追いかけてきちゃったん、です…」
立ち尽くす俺の前で、総司がふらりとよろける。
「っ総司!!」
倒れる寸前に、俺はそのやせ細った身体をこの腕に抱き留めた。
「っ…総司!何でこんなことしたんだよ!!」
総司が咽せて、口の端から生々しい血が溢れ出る。
「っ…土方さん…に…会いたく、て…」
俺の腕の中で、総司は弱々しく微笑んだ。
血まみれの顔を拭ってやりながら、俺はひたすら混乱して総司を抱き締める。
今にも消えてしまいそうで、抱き締めてその温もりを確かめていたかったのだ。
汗と涙でぐしょぐしょになりながら、俺は歪む視界で必死に総司を見ようとする。
「よかっ、た……会え…て…」
「馬鹿野郎!何でっ……何でこんな………」
北上する軍の後方で、血煙が上がったという報告が入ったのは、つい数半刻前の話だ。
予期せぬ敵襲に、後方部隊が壊滅状態に陥りかけた時、不意に新選組と思しき男が現れたと聞いて、俺はまさかと思った。
当たり前だ。
戦える新選組の者は皆自分と一緒にいたし、増してや江戸で療養しているはずの総司がこんなところにいるなど、誰が想像できただろう。
慌てて駆けつけた時には、敵は既に全滅した後だった。
戦場の真っ只中に総司の姿を見つけた時、俺は咄嗟にとうとう幻覚を見るようになったのかと思った。
あれほどまでに会いたかった奴が、目の前にいたのだ。
心臓が止まったかとさえ思った。
「っ……ひじかた、さん…」
最後の最後まで俺についてくる弟分が、可愛くて愛しくてたまらない。
込みあげる嗚咽を抑えることなど、到底できそうになかった。
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