短編倉庫 | ナノ


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『今日の議題』

〜文化祭の出し物について〜



黒板に書かれた、堅苦しい斎藤の字を眺めながら、土方は眉間に皺を寄せた。



夏休みに入る前から、秋の文化祭のための準備をしなければならないことは、毎年恒例なので重々承知している。


それに、このクラス単位での出し物に生徒が一番熱を入れていることもよく理解していたし、応援しているつもりでもあった。


何しろ、最終的には全校生徒ならびに来校者も含めた投票を行うため、はっきりと順位が出てしまうのである。

優勝クラスにはご褒美が出るとなれば、尚更だろう。


だから、それが気にくわないとか、面倒臭いとかいうわけではない。

毎年どのクラスも、揉めたり何だりしながらも、直前期には一丸となって頑張っている姿を、土方はむしろ好ましく思っていた。



確かに、思っていたのだが。



「絶対劇がいいよね」



何故かそういう流れになっている自分のクラスを、それでも最初は、今年は劇なのか、なら講堂を借りてやったりするのに手間がかかりそうだな、などと思いつつ、ただ成り行きに任せて眺めていた。


普通そこは喫茶店だの屋台だのお化け屋敷だのをやりたがるところなんじゃねぇのか?と思ったが、それでもまだ生温かく見守っていることができた。


去年の優勝クラスは劇をやっていたことを思い出したからだ。



しかしそれが、


「すっごく濃厚なラブロマンスがいい」


に発展し、


「じゃあキスシーンがあるのにしよう」


とクラス中が一致団結してしまった辺りで、土方の眉間の皺はぐっと深まったのであった。



「先生はどう思いますか?」


急に議長の女子生徒にふられて、土方は慌ててコメントを考えた。


「いや…まぁ……お前らがやりてぇのをやりゃあいいとは思うが……キスってのは風紀を乱さねえのか?」



後半は、熱心な風紀委員、斎藤に向けて言った。



「俺は…その………」


斎藤は、何としてもキスシーンを入れたいらしいクラスメイトたちに気圧されて、何も言えなくなっている。



「あははー。土方せんせーが風紀を気にするなんて、みんな明日は雨みたいだから傘を忘れずにねー」


やたら間延びした声で、つまらなさそうに頬杖をついた沖田が言うと、クラス中がどっと沸いた。



土方はぎりぎりと奥歯を噛む。


本当なら教師としてあるまじき考えだが、沖田に関しては、寝てくれていた方が起きているよりよっぽどましだと思ってしまう。



今だって、ついさっきまでは寝ていたようだから静かだったのに、総司が起きたとなると、決まるもんも決まらなくなるじゃねぇか。


そんなことを考えていると、また議長に話題をふられた。



「じゃあ先生は、キスシーン有りの劇をやるってことに、賛成でいいですか?」


じゃあって何だよ、じゃあって。


「まぁ…俺は口出ししねぇよ………って何でキスシーンにこだわるんだ?」

「えー、そりゃあキスシーンがあった方が投票集まりそうだしね、」

「うん!あとはキャスティングにもよるだろうけど」



また生徒たちが言いたい放題言い始め、勝手に話が進んでいく。



沖田はといえば、興味がなくなったようで、すやすやと眠っていた。


そうそう、それでいい。


総司は人気者だから、一度口を開けば、皆が総司に視線を向けることになる。


それが、土方は気に入らなかった。



総司は俺だけのもんだ、などと担任が考えているのを知る由もなく。


生徒たちは、あーだこーだ言いながら、やっと演目を決定した。



「――で、何でロミジュリなんだ?」



どうやら多数決で決まったらしいが、何故『ロミオとジュリエット』なのか、土方には訳が分からない。



「他にみんな知らなかったもので」


優勝を狙っている割には、何て安易でずさんな決め方なのだと、土方は呆れかえる。


「他にも色々あるだろうが。シンデレラだの白雪姫だの…」

「ぶっ…せんせーがそんなメルヘンな名前を出さないでくださいよ。虫唾が走る」



また起き出したらしい沖田の言葉に、またクラス中が笑った。


「何だよ。そんなに面白ぇかよ」


憮然として土方が言うと、沖田はこくりと頷いた。


「面白いですよ。ついでに土方せんせーがジュリエットとかやってくれると、もっともぉっと面白いんだけどなぁ」

「やるわけねぇだろうが!」

「でもさ、土方先生が出たら、きっと投票集まるよ」

「うん。あえてカッコ良くない役ってのがね、」


満更でもなさそうな生徒たちに、土方は青くなる。


「お、俺はぜってぇ出ねえからな!照明とか音響ぐらいはやってやっても構わねえが、舞台にだけはぜってぇ立たねぇ!」

「大丈夫です。土方先生には、ウケ狙い以外何の需要もありませんので」



淡々と言い放つ斎藤に、土方は少なからずショックを受けた。

本人に悪気はないのがまた、傷つく一因だった。



「じゃあ、今から配役を決めます。立候補はありますか?」



ロミオ、ジュリエット、パリス、……と黒板に書かれていく名前を見て、本当に真面目なロミオとジュリエットなのかと、土方は物珍しそうに生徒たちを眺めた。



「はいはい!」



すると沖田が元気よく手を挙げた。



「何だ、総司」

「僕、ジュリエットの乳母は、土方せんせーが適役だと思いまーす」

「はぁぁぁ!!?」



所謂"ウケ狙い"なのだろうが、誰一人として反対しようとしないこの状況に、土方は怒りを爆発させた。



「っだから沖田!俺は出ねえっつったのが聞こえなかったのか!!?」

「えー、でもみんな賛成してますしー。生徒がより良いものを作ろうとしているのに、それをぶち壊すのはどうかと思いますよ?」

「ぶち壊すって…お前なぁ、何がより良いものだよ。ただ俺で遊んでるだけじゃねぇか!」

「酷いなぁ…遊んでなんかいませんよ。土方せんせーも、生徒のために身体を張るのが筋ってものだと思います」

「てっめぇ…………」



土方が青筋を立てて怒っていると、話題は次の配役へと勝手に進んでいった。



「あたし、ロミオは沖田君がいいと思いまーす!」



その言葉に、土方がフリーズする。



「なっ、ちょ、お前ら…」

「え、僕?何で…」

「沖田君か斎藤君がいい!」

「な、なにゆえ俺なのだ……」



斎藤も青くなって戸惑っている。



お前ら絶対顔で選んでるだろ!と、心の中でクラスの女子に喝を入れながら、土方は沖田にだけはならないようにと必死に願った。



「でも、斎藤君よりは、沖田君の方がロミオっぽい」

「あ、斎藤君はジュリエットやればいいじゃん」

「そーだね。女子より女子らしいしね」

「待て。なにゆえ俺がジュリエットを…」

「あー、それだったら、僕も考えなくもないかな」



いやだから待てって。


何で総司がロミオなんていうろくでもねぇ役をやらなきゃならねぇんだよ。


ロミオ役をやったら、必ず濃厚なラブシーンがついてくるじゃねぇか。


何で総司にんなもんさせなきゃならねぇんだよ。


しかも相手が斎藤だと!?


許さねえ………絶対許さねえ!


職権乱用してでも阻止してやる。



土方は堅く決意した。


すると、斎藤が口を開く。



「俺はジュリエットなどやらぬ」


その言葉に、土方はひとまず安心した。


「えー何で。なんか僕ショックなんだけど。フられた気分」

「そうではない」

「じゃ何でやなの?」

「死にたくないのだ」



はっきり言い放った斎藤に、クラス中が固まった。


あ、そうですかとしか言いようがない。


男なのにジュリエット役をやることや、総司とラブシーンをやることなど、他につっこみどころは山ほどあるだろうに、斎藤、お前が気になるのは、死ななきゃならねぇ、ってところだけなんだな。


よくわかった、斎藤。



土方はうんうんと頷くと、改まって口を開いた。



「沖田は駄目だ」



急に口出ししてきた担任に驚いて、全生徒が土方を見た。



「えー、何でですか!」

「こいつは俺との補習がたんまりあるんだよ」


そう言うと、生徒たちはあー、と口々に納得して、諦めたような顔になった。

唯一、沖田本人を除いては。



「えー!そんなの聞いてない!」


素っ頓狂な声で叫ぶ沖田に、土方は最もらしく言った。


「授業はサボる、宿題はやってこねぇ、テストは白紙で提出する、そんな状況にも関わらず補習だけで済むんだ。ありがてぇと思うべきだな」

「やです!補習やるくらいなら、僕ロミオやる!」

「おー、そうかそうか。ならお望み通り、俺がジュリエットやってやるぞ?」

「いやぁ!絶対いやぁ!ジュリエットが穢れる!」

「じゃあ補習やるか?」

「うぅ…………土方せんせーの意地悪…」



沖田は恨めしそうに土方を睨んだ。



「いいですよ…クラスに迷惑かけるわけにはいかないし……補習やりますよ……うぅ」



土方は心の中でファンファーレを鳴らした。



「……そういうことだ。沖田には劇の練習なんざしてる暇はねぇ。悪いがロミオは他の奴にしてくれ」

「はぁーい」



クラス中が渋々頷いた。



よし、何とか総司の唇が穢れるのを阻止できた。


おまけに補習と言う名の総司拘束タイムも確保できた。


結果は上々だ。




その後無事に全ての配役が決まり、ホームルームが終了した。



土方が職員室に向かって歩いていると、後ろからバタバタと派手な足音が聞こえてくる。



「せんせー!」



振り返れば、茶色い頭が駆け寄ってきて。



「ね、せんせ」

「何だよ」

「じぇらしー?」

「あ゛?」

「ねぇ、そうなんでしょ?」

「はぁ?」

「jealousyですよ!僕な嫉妬してくれたんでしょ?」



悪戯っぽくにこりと笑う沖田に、土方は慌てて取り繕った。



「あ、あれは違う。お前の補習が…必要だから……」

「またまたぁ。まさか僕が気づかないとでも思ったんですか?」

「なっ………とにかく違ぇよ!」

「ふぅん………まぁそういうことにしてあげてもいいですけどね、」



沖田は含み笑いをして、土方の前に立ちふさがった。



「何だよ。まだ何かあんのかよ」



土方はばつが悪くて、赤い顔を見られたくなくて、つい目を逸らした。



「…僕ね、土方先生がロミオなら、絶対ジュリエットやってあげる」

「は?」

「そうじゃなかったら、ロミオもジュリエットもやらない」



じゃ、また後で!



そう言ってにこにこしてクラスへ戻って行く沖田を、土方は唖然として見送った。



「……ったく、嬉しいこと言ってくれてんじゃねぇよ」


そう呟くと、土方は微かに顔を綻ばせたのだった。





つまらないギャグでした(笑)

20110918




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