「今日のトシはなんだか変だわ」
情事後仲良く枕を並べていると、隣の女が言った。
「何が」
「何だか、ずっと他の人のことを考えているみたい」
「そうか?」
「そうよ。それに、苦しそう」
土方は女の言葉に苦笑した。
確かに、当たっている。
頭にはずっと宗次郎のことがあったし、自分の態度に苛々しているのもまた事実だ。
「ねぇ、誰のことを考えてるの?」
「さぁな」
素直に餓鬼のことだと言うのも憚られて、土方は何となく誤魔化した。
「酷い!どうせ他の女の人のことなんでしょう?」
「んなわけあるかよ」
そう言って、隣の女の唇に荒々しく口づけた。
既に外は日が落ち掛けていた。
流石に宗次郎は道場に帰っただろう。
そんなことを思いながら目の前の唇を吸っていると、不意に女が顔を離した。
「どうした」
「ねぇ、何か泣き声がしない?」
「あぁ?」
気味の悪いことを言うもんだ、と思ってまた口付けようとすると、それを止められて土方は一人苛立った。
「ほら、聞こえる」
「空耳だろ」
言いながらも気になって耳を済ませてみると、しーんとした家の中に、微かに表の通りの方から、しくしくとか細い泣き声が聞こえてきた。
「ふぇぇ……ぇん…っぐす…」
「本当だ」
「ね?幽霊だったらどうしましょう」
「幽霊なんざいやしねぇよ」
しかし気になるものは気になるので、土方は重たい腰を上げると、乱れた着物を手早く直しながら玄関を出た。
そのまま通りを見渡して、少し先の方に小さな影を見つける。
信じられなかったが、まだ薄明るい空の下で、見間違えるはずがない。
あれは、宗次郎だ。
「っ宗次!」
思わず名前を呼ぶと、その小さな影はくるりと振り向いた。
「ひじかたさんっ!!」
宗次郎は、今まで泣いていたのが嘘のようにぱっと顔を明るくして、こちらへ駆け寄ってきた。
ずっと泣きながら歩いてきたのか、顔は涙と泥でぐちょぐちょだ。
目もだいぶ腫れている。
初めて見る宗次郎の泣き顔に、土方はかなり狼狽えた。
「ひじかたさんっ!」
止める間もなく、宗次郎は土方の足に抱きついてきた。
「トシ……?」
家の中から女が出てくる。
「トシ、何だったの?……って、その子、誰?」
「あぁ、こいつは…」
「まさか、トシの子供!?」
「はぁぁ?馬鹿!んなわけあるか!!こいつは知り合いの道場の子だよっ!」
「ひじかたさんっ」
馬鹿の一つ覚えのように自分の名前だけを繰り返し呼ぶ宗次郎を、土方は困ったように見下ろした。
「なぁ、ここまで一人で歩いてきたのか?」
「うん」
この村までは畑の間を一本道が続いているだけだが、子供の足ではかなりの距離だ。
きっと今までずっと歩いて、やっとたどり着いたのだろう。
何だか、怒る気も失せてしまった。
土方はやれやれと思いながら、宗次郎の目の高さまでしゃがんだ。
「怖くなかったか?」
「うん」
「怪我は、してねぇか?」
「……うん」
「こら、隠すんじゃねぇよ。どこだ」
「……あし」
「足?」
土方が宗次郎の着物の裾をめくると、足首を挫いたのか、赤く腫れ上がっていた。
「……ったく、おめぇは何だってついて来たんだよ」
土方は深い溜め息を吐いた。
「なぁ、何で大人しく帰らなかった」
「なんでって、ひじかたさんがこっちにいったから」
「ま……」
驚きの声を発したのは、土方ではなく、女の方だった。
「トシ、随分と好かれてるのね」
「なっ…うるせぇよ」
「ひじかたさん、かえろ」
宗次郎に袖をくいと引っ張られる。
「せんせいがまってますよ」
絶対に辛かったはずなのに、それを口にせず、にこりと笑う宗次郎に胸が熱くなった。
「宗次っ」
土方は思わず目の前の華奢な身体を抱きしめた。
「ひじかたさん?」
「すまねぇなぁ宗次…いっぱい傷つけちまって」
「ううん!ぼく、ひじかたさんにぎゅってしてもらえて、うれしい!」
本当に嬉しそうに笑う宗次郎に、土方の頬も緩んだ。
「私、その子の足冷やすもの、持ってきましょうか?」
後ろから心配そうに言う女に、土方はいい、と断った。
「おぶって行くからよ、いらねぇな」
「そう?」
言うや否や、土方は宗次郎に背中を差し出した。
「ほら、掴まれ」
「……いいの?」
「餓鬼が遠慮なんかしてるんじゃねぇよ」
「…うん」
宗次郎の小さな手が、土方の肩を掴んだ。
おずおずと身体を預けてくる宗次郎を支えると、土方はひょいと立ち上がる。
「じゃあ、また」
「ええ。暫くはトシも子守で忙しそうね」
「誰が子守なんか……………」
言いかけて、やっぱり止めた。
たまには子守もいいかもしれない。
土方は暇を告げると、元来た道をゆっくりと歩き出した。
「ひじかたさん、おもくない?」
心配そうに聞いてくる宗次郎に、土方は思わず笑ってしまった。
「重いわけがあるか。おめぇはもっと食え」
「ひじかたさん、あったかい」
「そうかぁ?俺はおめぇの方があったけぇと思うが」
「ひじかたさんのかみ、きれい」
「ありがとよ」
暗くて見えないだろうと思ったが、宗次郎が髪の毛を引っ張ったりして遊んでいるのがこそばゆくて黙っておいた。
平和で中身のない会話だったが、不思議と心地よい。
暫くそのまま歩いていると、宗次郎が髪の毛を引っ張らなくなった。
どうしたのかと思って肩越しに振り返ると、すやすやと寝息を立てる、あどけない宗次郎の顔が見えた。
一人でずっと歩いてきたのだ。
疲れないわけがない。
「…ごめんな」
土方はもう一度謝ると、今度からはいっぱい遊んでやろうと心に決めて、試衛館への道を帰っていった。
「おい、もう降りろ。重い」
「えー。怪我人にそれはないと思いますけど」
すっかり成長して、自分よりも大きくなってしまった、しかし相も変わらず細い身体を揺らすと、背中の大きな餓鬼はぎゅっと背中に抱きついてきた。
「いやですーまだ降りたくないー!」
「たかが足挫いたぐれぇで、何で俺がおぶらなきゃならねぇんだよ」
「たかがって酷い!まさか土方さん、あの時もそう思ってたんですか?」
「ありゃあ餓鬼の時の話だろうが」
「む!土方さんは今だって僕を餓鬼扱いするじゃないですか!」
「何だ、餓鬼だっていう自覚はあったのか」
「ない!あるわけない!餓鬼じゃないもん!」
「ったく、あの頃はおめぇも可愛かったのによ」
「あの頃は土方さんの本性を知らなかったんですよ」
「ひじかたさん、ひじかたさんって、ひよこみたいにぴーちくぱーちく」
「っ今だって僕は可愛いですっ!!」
「そうだな、可愛いぜ」
「なっ………!」
総司は真っ赤になった顔を、土方の浅葱色の羽織へと押し付けた。
「どうした、照れてんのか?」
「………………」
「仕方ねぇなぁ、このまま屯所までおぶってやるよ」
「………僕だけですからね」
「あ?」
「この背中は、ずぅーっと僕だけのものですからねっ!」
総司の言葉に、土方は密かに微笑んだ。
「あぁ…ずっとおめぇだけのもんだよ」
最後の土沖は、多分京に来てまもない頃です。隊服着てますし。
総司は慣れない高下駄かなんかで足を挫いたことにしておきます。
甘くない土宗を目指したんですがやっぱり無理でした!
わたしはどうしても総司を甘やかさずにはいられませんでした!
20110904
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