総司は元服したての15、6歳。
勝手に創作したミツさんが出てきます。
出稽古で生まれ故郷に行ったついでで、総司は久しぶりに実家へ帰省していた。
姉の作ってくれたおはぎを食べながら、竹刀を無造作にごろりと転がして、縁側に腰掛けて足をぶらつかせる。
「ねぇ、姉さん」
「なぁに?」
総司が話しかけると、夫のものなのか、袴の裾を繕いながらミツは顔を上げた。
「土方さん、いるでしょ?」
「えぇ……土方さんがどうかなさったの?」
「別に………あの人のこと、姉さんどう思う?」
「なぜ?」
「…何でもいいからさ、」
珍しく強引な弟に驚きながらも、ミツは真剣に答えてやった。
「いい人だと思うわよ」
「いい人?土方さんが?」
「そうよ。すごくできた方………総司、どうしてそんな顔をするの?」
「土方さんが、いい人、ね………」
ぶつくさと呟きながらじっと地面を見つめている総司を、ミツは不思議そうに眺める。
「何でいい人なの?」
不意に聞かれて、ミツは裁縫の手を止めた。
「何でって……それはあなたの方が知っているんじゃなくって?」
すると総司はぎょっとしたようにミツを顧みた。
「僕は知らないよ」
「まぁ………」
稀に見る怒ったような弟の姿を、ミツは物珍しそうに見た。
「土方さん、"総司"っていう名前だって、一緒に考えてくれたでしょう?」
「近藤さんだって考えてくれたもん!だいたい、元々宗次郎だったのに、あの人が宗次、宗次って呼び出したからいけないんだ」
「でも、気に入ってるから、総司にしたんでしょう?」
「そ…それは…………」
ムッとして顔を背けてしまった総司を、ミツは可笑しそうに眺めた。
この子、きっと土方さんのことが大好きなのね。
だけど素直じゃないから、無理やり自分に言い聞かせて、自分自身をも誤魔化してるんだわ……。
弟をよく理解しているミツは、愛おしそうに、いつまでも幼い総司に話しかけた。
「それで?総司はどうして、そんなことを聞いたの?」
すると、総司はおはぎに手を伸ばしながら、ぼそぼそと話し出した。
「今日ね、出稽古に一緒に来たんだ」
「あら、そうなの?でも、土方さんはいらっしゃらないじゃないの」
「僕が置いてきたからね」
「ま……酷いことを」
「違うよ。僕の方が上手いから、先に稽古が終わったんだよ」
「総司の稽古が荒いだけじゃなくって?」
「姉さんまで…そんな………」
しゅん、とうなだれる総司を、ミツは優しく宥めた。
「総司、あなたの腕前が素晴らしいことくらい知っているわ。そうじゃなくて、一緒に来たならどうして家に上がってもらわなかったのかって聞いているのよ」
「僕……ちゃんと言ったよ。僕は姉さんのところに寄っていくけど、土方さんが来たいなら勝手にしてくださいって………ちゃんと言ったもん」
「総司…もっとましな言い方があるでしょう?来てほしいなら、素直にそう言えばいいのに」
「嫌ですよ。誰が土方さんなんかに………」
どうしてこんなにつむじ曲がりなのだろうと、ミツは溜め息混じりに総司を諭す。
「あなたは本当に…」
「違うもん。土方さんがいけないんだもん」
「どうして?」
「どうしてって…僕が折角ご丁寧に誘ってあげたのに、あの人ったら断ってきたんですよ!」
ようやく総司の機嫌が良くない理由が分かって、ミツは笑いたくなるのを必死で堪えた。
結局、家に来てくれないからって拗ねてるだけじゃないの。
「それは何かご用がおありだったんじゃなくって?」
「ふん。どーせ女の人のところに行きたいだけですよ。遊び人だから」
「そうかしらね」
「そうですよ。俺はちょっと野暮用があるから、もし出来たら後でお邪魔させてもらう、但し一緒に帰るから、ぜってぇ先に帰るんじゃねぇっ!とか勝手なこと言っちゃってさ。野暮用って何ですかって聞きたくなる」
何だかんだ言いながらも、結局は土方の動向が気になって仕方がないらしい総司に、ミツはとうとう笑い出した。
「ふふふ…今の真似、すっごく上手だったわよ」
「なっ………姉さん!からかわないでくださいよ!」
自分が本当は土方を好いていることに気づいているのかいないのか、終始不機嫌な総司は、誤魔化すようにおはぎを一気に口に押し込んで、思いっきり咽せ返った。
「げほっ!ごほごほ」
「総司…落ち着いて食べなさいな」
ミツは弟の背中をさすってやりながら、湯呑みに茶を注いでやった。
「だからね、土方さんはいい人なんかじゃないんです」
咳が治まるや否や、すぐに総司は減らず口を叩き出した。
「なら、総司はどう思っているのよ」
「あの人、僕から近藤さんを取るし、」
「それは前も聞いたわよ」
「それに、いっつも僕の前に現れてさ、それはもうすっごくむかつく顔で笑うし、」
「それ、どんな顔なの?」
思わずミツが聞くと、総司は困ったように笑った。
「姉さん、それは見せてあげられないよ。真似できないもん。土方さんて、嫌みなくらい綺麗な顔してるから」
「あら、じゃあとっても素敵な笑顔で笑うってことなのね?」
「―――っ!」
総司はしまった、というように姉を見た。
「べ、別にそんなんじゃなくて、その…」
「ふぅん……それで、他には?」
「え、他?………他にはね、口癖は悪いし、目つきは怖いし、偽物の薬を売りつけてるし、喧嘩ばっかりしてくるし、そのくせ女の人には人気で、しょっちゅう遊んでるし、後は……そうだ、すっごくしつこいんだ」
「しつこい?」
「うん。放っておいてくださいって言ってるのに、毎朝僕を起こしに来たり、散歩に誘ってきたり、掃除を手伝ってくれたり、お団子を買ってきてくれたり、髪の毛を結ってくれたり、寒い夜は添い…………あ、あれ?」
いつの間にか、土方がどれほど自分に優しくしてくれるかを誇張しているだけになってしまっていたことに、総司もようやく気付いたらしい。
くすくす笑いながら聞いていたミツは、顔を真っ赤にして言い訳を始めた総司を、純粋に可愛いと思った。
「寒い夜は、なぁに?添い寝でもしてもらっているのかしら?」
少しからかってやると、総司は猛烈に怒りだした。
「姉さん!僕はもう元服してるんですよ!誰が添い寝なんか……!」
「でも、元服が済んでもまだ前髪を切らないでいるのは、どこの誰だったかしら?」
「っ姉さんのいじわる!」
「どうせ髪の毛だって、土方さんに切ってもらってるんでしょう。違う?」
「ち、違うもんっ!!」
今度こそ完全に臍を曲げてしまった弟の傍に行くと、ミツははい、と残っていたおはぎを差し出した。
「いいじゃないの。総司には近藤さんだけでなく、素敵なお兄様方が二人もいて」
「ぼ、僕は、土方さんなんか大っ嫌いだ」
「あらそう。それはよかったわね」
ミツは明るく笑うと、憮然としておはぎを頬張る総司の頭をぽんぽん叩いた。
「このおはぎ、お土産で持って行ったらどう?」
「嫌ですよ、どうせ土方さんは甘いものは苦手なんです」
「あら、総司は嫌いな人の好みまで知っているのね」
物知りねぇ、とわざと皮肉ってやると、総司は泣きそうになって、ぷいっと顔を背けた。
そしてそのまま、ごろりと仰向けになる。
「いいですよ、もう。どうせみんなが土方さんの味方で、僕は一人ぼっちなんだから」
完全に拗ねてしまった総司を、ミツは困ったように眺めた。
この天の邪鬼には、きっと土方も相当困っているに違いない。
やがて、稽古帰りで疲れていたのか、すーすーとあどけない寝息を立て始めた弟に、ミツは繕い終えたばかりの羽織りをかけてやった。
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