「総司、入るぞ」
小さな声で呟いて、返事を待たずに襖を細く開けると、中に滑り込む。
このような時分に、一体何の用があってコイツの部屋に来たのかと聞かれて、答えられる内容ではないし、上手くごまかせる気もしない。
誰にも悟られないのが一番だ。
俺は音もなく、後ろ手で襖を閉めた。
暗闇の中で目を凝らすと、部屋のやや右端に、布団の塊が一つ。
規則正しく上下している。
普段一切聞こえたことのないいびきが漏れているところをみると、恐らくこれは狸寝入りだ。
しばらく黙って相手の出方を見極めていたが、疲労感に襲われて、重々しく口を開く。
「……そのままにしているつもりなら帰るぞ」
思っていた以上にとげとげしい声が出た。
途端に布団の中身が、「んにあ」と奇妙な声を出す。
恐らく、狸寝入りを認めたくはないが、出て行ってほしくもない、そんな曖昧な抵抗なのだろう。
「総司、ここは俺が大人になって、おめぇが本当に寝ていることにしておいてやるから、わかったら一回寝返りを打て」
我ながら馬鹿らしくてため息が出てくる。
総司の思い通りにしてやっているんだから、素直に寝返りを打つかと思ったら、布団の塊は身じろぎもせずにじっとしている。
これは、言いなりになんかなるもんか!という類の反抗なのだろうか。
「総司?」
まさか本当に寝ているのかと思って、俺は訝しげに布団の端を捲る。
うつぶせ寝で縮こまっている中身の、細い足首が見えた。
う………
思わず欲情しそうになるのを堪える。
何だってこいつはこんなに無防備なんだ。
あれか……わざとか。
何故か無性に腹が立って、俺はその素足をくすぐりにかかる。
すぐにびくっと反応して、足が布団の奥の方に引っ込んだ。
「てめ……このやろ」
俺は、デカい図体を無理やり縮めて丸まっている総司から、容赦なく布団を剥ぎ取った。
「んやぁ…!」
またもや訳の分からない奇声を発して身を捩らせる総司の足首を、しっかりと両手で固定する。
「俺を怒らせた罰だ」
そう言うや否や、俺は総司の足の裏をくすぐり出した。
「うわっ!嫌だっ…ひゃああ…ひ、じかた、さんっ!あはっ!あはは!」
途切れ途切れの言葉では、何を言っているのかさっぱりだ。
「おめぇ、くすぐられるのに弱いんだな」
「やめっ…ひゃ…あひゃっ!あはははは!」
総司は必死で身を捩らせて抵抗するが、うつ伏せで足首を掴まれているのだから、止めようがない。
「ちっとは反省したか?」
俺は手を止めると、じたばたと暴れる総司に向かって、溜め息混じりに尋ねた。
すると、開き直ったのか、全く悪びれていない様子で、目をしっかり開け、総司がむくりと起き上がった。
「反省って、何の反省ですか。狸寝入りの反省ですか」
「……とうとう認めやがったな」
「別に…最初から誰も否定はしていませんよ?」
しれっとして言ってのける。顔には微笑みまで貼り付けている。
「大体、布団を剥ぎ取って人の寝込みを襲ったのは、どこの誰ですか。非・人道的行為は、大概にしないと嫌われますよ」
「…っな…このやろっ」
いきり立った俺を、総司が遮る。
「それはそうと、何の用があって、僕の部屋にずかずかと入り込んできたんですか?」
総司はにへらーと笑ってこちらを見ている。
「僕、一度も入っていいと言った覚えはないんだけどなあ」
俺は思わず眩暈を覚えた。
理由など一つしかないのだ。
わかりきっているくせに白々しく聞いてくるのだから、たちが悪い。
「おめぇなぁ……わかってるくせにき
「しかしどうも変ですね」
最後まで言えないで、俺は苛立ちを募らせる。
「も・し・も、僕の予想が当たっているなら、土方さんの用件ていうのはもっと深刻で、」
総司が不意に顔をぐっと近づけて、じとっとした嫌な視線を送ってきた。
「反省しているのは、土方さんなはずなんだけどなあ」
俺はぐっと言葉に詰まる。
確かに、総司の言うとおりだった。
恋人を蔑ろにしたのは俺であって、総司が腹を立てるのは至極当然なことなのだ。
「だけど、貴方に反省している様子は微塵もない。それどころか、僕に反省するよう求めてくる。これは一体どういう風の吹き回しでしょうねぇ」
総司のこの皮肉たっぷりな口調は、総司がこの上なく拗ねている状態を表している。
「いや、分かってる。もう…一週間くらいか?ずっと構ってやれなかったからな…」
「……10日です。いいですか?10日ですよ?一週間は7日。3日違えば相当です。なんだたった3日の違いくらい、とか具にもつかないことは考えないで下さいよ?」
散々10日だ3日だとまくし立てた上、それから、と総司は尚も話続けた。
「構ってやれなかったとは、誰に向かって口をきいているんですか。え?ああそうですか、猫ですか。そうですよね。構う、だなんて、人間に向かって言えることじゃないですもんね」
俺が返事もしないうちから、勝手に猫だと決めつけている。
「そうかあ、僕は猫だと思われていたのか。悲しいなあ…それにしても、ならば尚更、10日も放っておいて、死ななくて本当によかったですね」
これはいよいよ、最高水準のいじけ方である。
このままだと、仕事と自分のどちらが大切なんだ、なんていう女々しいことを口走りかねないので、俺は咄嗟に悪かった、と謝罪の言葉を述べる。
「すまねぇ。俺が悪かったよ」
すると総司は益々不機嫌そうな顔をする。
「何で謝るんです。あの紙を読まなかったんですか?謝っても許さないって、書いてありませんでしたか?」
じゃあどうすれば許してくれるんだ、と聞こうとして、俺はハッと気づく。
ああ、なるほどな。
俺は一人密かに合点した。
コイツ、相当溜まってるんだろうな。
「おい、おめえ、一人でシてたか?」
途端に総司は恐らく顔を真っ赤に染めて、何を急に、と言った。
「べ、べ、別に、そんなこと……するわけないじゃないですか」
本当は、俺との情事を思い浮かべながらシていたのかもしれない。
だが、今必要なのは事実ではない。
行為にもつれ込ませる"取っ掛かり"だ。
「そりゃそうだよな。何度もこの俺に抱かれてんだ。もう一人じゃイけねえよな?」
俺は、暗闇の中でじっと総司の顔を見つめる。口元は軽く歪ませる。
「なっ………貴方馬鹿ですか。馬鹿ですよね?何で僕がそんなに貴方に依存しなければならないんです。自意識過剰なんで……っわ!」
俺は総司を押し倒した。
「ンな可愛くねぇこという口は、こうしてやる」
そして、深い口付けを落とした。
「ン……っぁ」
総司の口から官能的な音が漏れ出す。
態とぴちゃぴちゃ音を立て、何度も角度を変えながら舌を絡めて、俺は長い時間をかけて総司の口を犯してやった。
息ができないと総司が俺の胸を叩くので、俺はようやく総司を解放してやる。
「っはぁ…はぁ……」
すると総司は息も絶え絶えに、まだ反抗してきた。
「…何勝手に襲ってるんですか」
「はぁ?おめぇがそうしてほしいって全身で主張してるからだろうが」
ほら、と言って、夜着の上から、主張を始めた総司自身をやわやわと撫でる。
「ぅ…くっ…ぁあっ」
恐らく、既に先走りでぐちょぐちょになっているはずだ。
コイツの身体は俺が開発した。
それくらい、手に取るように解る。
「もうこんなにしやがって。下帯を締めたままじゃ気持ち悪いんだろう。これでもまだ否定する気か?」
もうこんな生ぬるい刺激だけでは足りないはずなのに、この天の邪鬼はまだうんとは言わない。
「っ大体、僕はもう貴方とは離縁した身です。今更こんなことはしませんよ」
「おめぇはいつから土方総司になったんだよ。俺はおめぇと結婚した覚えすらねぇよ」
土方総司、という名前に、総司はおっかなびっくりしている。
聞き慣れなくて、 どうしたらいいのかわからないようだ。
ったく。先に夫婦ごっこを始めたのはそっちのくせに、そんな初な反応をされても困るってもんだ。
「それにおめえ、土方歳三ってやつとの復縁を要求してたじゃねえか。忘れたとは言わせねぇぞ?」
すると総司はハッとした様子でこちらを見て、それからすぐに顔を背けてしまった。
これは……照れてるのか?
「ぼ、僕はこれでも怒ってるんですよ?貴方分かってないでしょう!何復縁がどうとか言っているんですか」
「だからさっき、平身低頭謝っただろうが」
「あれのどこが平身低頭なんですかっ!だいたい貴方は
「いいさいいさ。そうやってほざいてろよ。俺はおめぇと結婚してやるから。おめぇは今から、土方総司だ」
「ちょっ……嫌ですよ、何勝手に決めてるんですか。僕まで鬼だって言って避けられることになる」
俺はもう、総司がなんと言っても耳を貸さない。
拗ねている時には、無理やり身体に愛を染み込ませるしか、方法はないのだ。
大体、こんな半殺しの状態では、俺が参ってしまう。
「ほら、早速夫婦らしいことでもしようぜ。10日間、こっちだって溜まってんだよ」
そう言って総司の足を掴むと、思い切り左右に割る。
「夫婦らしいことって…うわっ…ちょっと!」
「おら、つべこべ言ってねえで、さっさと足開け」
「…けだもの」
俺に組み敷かれても尚可愛くないことを言う総司に、俺は優しい口付けを一つ落とした。
「…愛してる、総司」
「…僕の方が、絶対もっともっともーーっと愛してますよーだ」
その夜、二人が眠ることはなかったという。
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