「…ったく何で俺がこんな馬鹿みてえなもんに参加しなきゃならねぇんだよ」
ぶつぶつ言いながら墓地へ入って行くと、なるほど、墓石の影に、ちらちらと白いものが見え隠れしている。
確かに少しは背筋が寒くなるのを感じたが、土方は構わず歩いていった。
「ったく、幽霊なんざ馬鹿馬鹿し………って…ん?」
土方は、その白いものには見覚えがある気がした。
「あれは確か………」
そう思っていると、ぽんと肩を叩かれた。
「誰だ!」
瞬時に振り返るが誰もいない。
流石に気味が悪い。
そう思って、足早に立ち去ろうとした瞬間、ちょうど着流しから出ている足首のところに、ひんやりとするものが当たった。
「っ!!?」
思わず変な声を上げそうになるのを何とか堪えて下を見ると、何のことはない、こんにゃくが落ちているだけだった。
「総司………あの野郎ただじゃすまさねぇ!」
怒鳴ってみて初めて気がついたが、ひとりでにこんにゃくが当たる訳がない。
誰かが投げたに決まっている。
注意深く辺りを見回すと、とある墓石の影に、見覚えのある黒装束が見えた。
「………山崎、何やってんだ?」
名前を呼ぶと、その影はびくりと大袈裟に反応した。
「私は山崎ではありません。山崎の霊です」
「……お前何アホなこと言ってんだよ。これはお前の仕業か?」
土方は黒い影に近づくと、消えかけている蝋燭をずい、と顔の方へ持って行った。
「やっぱり山崎だな……」
土方は再び溜め息を吐いた。
幽霊だなんだと言って、あれだけ多くの隊士を震え上がらせたのは、結局のところ仲間の隊士だったというわけか。
所詮幽霊なんざいねぇんだ。
これくらいのことでビビる隊士も隊士だが、そこまで怖がらせることができた山崎にも感心する。
「ふ、副長………まさか副長まで参加なさっているとは…」
「お前何やってんだよ。総司の奴に、何か弱みでも握られたのか?!」
「い、いえ!滅相もない!ただ、幽霊役を買って出てくれたら、豊玉発句集に石田散薬をつけてくれると言うものですから…」
思いっきり足元を見られてるじゃねぇか。
土方が呆れて言おうと口を開きかけた時、不意に後ろから声がした。
「山崎、豊玉発句集は俺が貰うという約束だったのだが」
土方は吃驚して飛び上がる。
「…………斎藤、か?」
「は、」
「いや、は、じゃなくてよ……」
山崎だけでなく、斎藤まで総司に使われていたとは………
誰も突っ込んでいなかったが、道理で屯所にいなかったわけだ。
先ほど見た見覚えのある白いものというのは、斎藤の襟巻きだったのだろう。
「斎藤……お前まで………」
「斎藤組長、沖田組長は確かに俺と約束してくれました」
「いや、総司は俺と………」
「まぁ二人とも待て待て」
呆れすぎた所為で、怒りを通り越しすっかり落ち着きを取り戻した土方は、俺が俺がと言い争う二人の部下の間に割って入った。
「まず、アレは俺のだ。斎藤にも山崎にもやらねぇよ」
するとあろうことか、二人は揃ってむくれた顔で土方を見てきた。
普段あれほどまでに自分を慕ってくれている二人が……と、土方は少なからず衝撃を受ける。
「い、いや、やらねぇもんはやらねぇよ!」
すると、二人は仕方無さそうに肩をすくめた。
「それからなぁ、お前ら揃いも揃って何馬鹿なことを頼まれてんだよ。そこははっきりと断れ」
「しかし副長、今回の肝試しは他でもない、夏バテ中の隊士らの納涼の為に行ったもの故、少しでも新撰組の役に立つのなら、と思い引き受けたのですが……」
「実際、私たちはよく働いたと思います」
そう言われてしまえば、土方もそれ以上二人を責めるわけにはいかなかった。
「っまぁ、もういい。ご苦労だった。おら、とっとと帰るぞ」
土方は二人を引き連れて壬生寺の境内へ行くと、置いてあったお札を取って、堂々と屯所に凱旋した。
「あ………土方さんお帰りなさい」
少し悔しそうな声で、沖田が土方に言った。
「ったく、お前の悪戯には呆れかえるぜ」
「悪戯って…僕はみんなのためを思って考えただけですけど」
沖田がむくれる。
「お、土方さんお帰り………って、斎藤っ!!?山崎!!?」
厠に立っていた永倉が、戻ってくるなり素っ頓狂な声を上げた。
「お、お、お前らだったのか!!よくもこの俺様を怖がらせてくれたな!!」
「新八っつぁん、それなんかカッコ悪いよ………」
ようやく回復した藤堂が、斎藤と山崎を見て目を丸くしながら言う。
他の隊士たちも、徐々に事情を飲み込み出したようで、途端にやられたぁ、だの悔しい、だの様々な声が上がった。
「なるほどなぁ……斎藤と山崎なら、隠密だの間者働きだのしてるし、お化け役にはもってこいかもなぁ……」
原田が感心したように言うと、近藤も大袈裟に頷いた。
「まさか斎藤君と山崎君だったとはなぁ……すっかりやられてしまった」
「因みに平助、お前の足に当たったってのは、恐らくこんにゃくだ」
土方が言うと、平助は顔を真っ赤にして怒り出した。
「何だよ一君!人が悪いなぁ!」
「いや、俺は襟巻きで幽霊の演出をしていただけだ。肩を叩いたりしてくれたのは、全て山崎だ」
「もー!!山崎さん!」
安堵感も手伝ってか、わいわい騒ぎ出した隊士らをよそに、土方はつかつかと沖田に歩み寄った。
「ほら、札とってきたぞ」
「へーえ。土方さんて、へたれじゃなかったんですね」
さも意外そうに言う沖田は、どこかつまらなさそうだった。
顔には思い切り、"土方さんの怖がるところが見たかった"と書いてある。
「いいから、さっさと句集を返しやがれ!」
「え、土方さん、賞品は句集でいいんですか?」
「当たり前だろ!句集でいいんじゃなくて、句集がいいんだよ!」
「金平糖だって、お酒だってありますよ?」
「だぁぁっ!しつけぇよ!早く句集を返せ!」
「ふぅーん。句集を選ぶなんて、随分悪趣味なんですね、土方さん」
はいどうぞ、と沖田が土方に豊玉発句集を差し出す。
「お前そりゃどういう意味だよ」
土方が詰問しようとするのをするりとかわして、沖田は斎藤と山崎のところへ歩いて行った。
「はい、二人ともお疲れ様!」
そう言って、二人に山々と石田散薬を渡した。
「句集は土方さんが持って行っちゃったから我慢してね?僕の所為じゃないよ」
しかし二人は、腕の中に山々と積まれた石田散薬を見て、満足そうに頷いた。
「それにしても、お前らお化け役が適任すぎるぜ!」
永倉が興奮して話す。
「そうだろうか」
「おう、特にあの"うらめしや〜"はヤバかったぜ!もう背筋ゾクゾクでよ!」
すると、斎藤の動きが止まる。
「俺はそのようなことは言っていない」
「じゃあ、山崎か?」
「いや、俺は気配を悟られぬように必死だったので」
「…………………じゃあ、誰だ?」
再びすったもんだを繰り返していた沖田と土方を含め、全員の動きが止まった。
いやな汗が額を伝う。
「えーと、それは、きっと、新八の空耳だ」
「そうだそうだ!左之さんの言うとおりだ」
皆が、誤魔化すように乾いた笑い声を上げた。
「そ、そうだな。きっと、俺の聞き間違いだよなぁ?な?」
「僕もそう思う」
「……それにしても、二人ともよく怖くなかったな。あんな場所に二人きりじゃ、それなりに怖かっただろ」
土方が割と落ち着いた声で言うと、山崎がはい、と頷いた。
「私としては、これが沖田組長の、私たちに対する肝試しなのかと思っていました」
「なるほどな!」
「で、斎藤は?」
「俺は、全く怖くなかった」
「お、おぉ……斎藤強いな!」
「いや、一人ではなかったからだ」
「は?」
「あ、そっか。山崎さんがいたもんね」
「違う。俺の傍に、髪の長い白装束の女性がずっと立っていてくれたのだ。だから怖くなかった」
「…………………………」
この後、屯所中が上を下への大騒ぎになったのは、言うまでもない。
土方さんに関しては、最後までへたれにするか迷いました。
滅多に見せない絶叫姿とか見てみたい気もしたけど、明らかに平気そう(っていうかお化けにも怒鳴ってそう)なのでかっこいいままに留めました(笑)
総司は平気そうだから企画者にしてしまった。
一君は多分お化けに気付いて上げられない子だから、逆にお化けが可哀想なパターンかと(笑)
20110819
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