しーんと静まり返り、ただ虫の鳴き声のみが響く夜道を、永倉はおっかなびっくり歩いていた。
新月が近いだけあって月明かりはほとんどなく、提灯の携帯すら許されなかった道中はほぼ真っ暗闇だ。
足元を照らすのは、渡された一本の蝋燭だけ。
風が吹く度頼りなさげに揺れるか細い炎が、不安と恐怖を掻き立てるのだった。
「だだだだ大体よ、ゆ、ゆ、ゆう、ゆう、幽霊ならまだし、も、ろろろ浪士でも現れたらどうするんだっ、つーの!」
虚勢を張ってずんずん歩き、やがて墓地に差し掛かった。
「ま、ま、全くよ、気味が悪いっつーんだって………あれ何だ?」
不意に目の端に白いものが写り込んだような気がして、永倉は足を止めた。
「…ぅ〜ら〜め〜し〜や〜………」
「!!??」
何やら不穏な声も聞こえてきて、思わず身体を強ばらせる。
その瞬間、ぽん、と肩を叩かれた。
「ぎ………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
永倉の絶叫は、そう遠くない屯所にまで到達した。
「ちょっと…あれ、新八っつぁんの声だよな?」
青ざめながら、藤堂が言う。
「総司の奴、かなり手の込んだことしたみてぇだな」
原田も生唾を飲み込みながら言った。
やがて、永倉が転がるようにして帰ってきた。
「た、た、た、助けてくれぇ!!!声が!う、う、うらめしいって!俺う、うううら、恨まれてた!!!」
「新八っつぁん…!」
「か、かか、肩、肩た、たたたかれて、」
上手く口が回らない永倉を、沖田は面白そうに眺めた。
「あれぇ新八さん、境内まで行けなかったんですか?」
「当たり前だろ!!逃げ帰ってくるんで精一杯だったぜ!!」
「じゃあ新八さんは失格ー。はい、次の人!」
沖田がにこにこして次の隊士を急かす。
その場にいる者の中で楽しそうに笑っているのは、沖田ただ一人だった。
やがて、皆が理解し始める。
最初は皆、順番が後の方が、様子が分かっていいと思っていた。
しかし、それは大きな間違いだったのだ。
待っている間に聞こえてくるのは絶叫ばかり。
帰ってくる者は皆青ざめて、ろくに口も利けない状態になっている。
そんなものを目の当たりにすれば、恐怖は数倍に膨れ上がって、募っていく一方なのである。
始まってみて初めて、皆が沖田の計画の綿密さや、戦略の巧妙さに気がついたというわけだ。
「土方さん、大丈夫ですか?」
沖田は先ほどから黙りこくっている土方に、楽しげに声をかけた。
「ったく、お前はこういう知恵だけは働くみてぇだな」
土方は何ともいえない顔で沖田を見た。
「えー、だけってなんですか、だけって」
沖田がむくれていると、また一人、泣きながら帰ってくる者があった。
「うわぁぁぁん!」
「平助どうした!」
先ほどよりは落ち着いた永倉と、自分の番を待っている原田の元へ、平助が転がり込んでくる。
「どうした、何があったんだ?」
「うぅ……足になんかっ!…なんか冷てぇもんが当たったんだよ!」
「冷てぇもの?」
「な、な、なんかっ、ぬるっとしたような腐った手のような……あああああ」
その場に卒倒する平助を、沖田はしたり顔で見やった。
「これで平助も納涼完了、と」
「いや総司、もはや納涼どころの騒ぎじゃねぇから」
原田が冷や汗をかきながら呟いた。
ほどなくして次の隊士の絶叫が聞こえてきて、自分の順番を控えた原田は、ひたすら平静を装う。
「あ、次は原田さんですね」
沖田が楽しそうに言って、蝋燭に灯をともした。
「はい、頑張ってきてください」
笑顔で蝋燭を渡されて、原田はおっかなびっくり出発した。
「左之、肩や足には充分気をつけろよ!」
縁側に伸びていた永倉が、その背中に向かって声をかけた。
「おぅ……行ってくる」
しかし数分後、一堂は原田の絶叫を耳にすることになる。
「おい総司」
その瞬間、不機嫌そうに土方が沖田に詰め寄った。
「なんですか、おっかない顔して」
「お前、こりゃあ一体どういう仕組みだ」
「はい?」
「今まで誰一人として無事に帰ったもんはいねぇじゃねぇかよ」
「言われてみればそうですね…」
白々しく同意する沖田に、土方は深々と溜め息を吐いた。
土方にしてみれば、無事にお札を持って帰って、何としても句集を取り返さねばならないので、これは最早死活問題なのだった。
「みんな、お化けでも見ちゃったんでしょうね」
そう言って沖田はくすくす笑った。
「ってめぇなぁ………俺はぜってぇ騙されねえからな!」
「さぁ……僕は何のことだかさっぱり」
土方が拳を握り締めていると、息を切らして原田が戻ってきた。
その手には、何とお札が。
「あ!左之さんもしかして……」
「おう!肩と足に注意してたら、急に髪引っ張られて吃驚したけどよ、思わず逃げたのが、境内の方向だったのさ」
ほらよ、と原田は沖田にお札を差し出した。
「うわぁ、さすが左之さん!どの賞品がいいですか?」
「よっしゃあ!本当に貰っていいのか?」
「どうぞどうぞ。今ならもれなく石田散薬っていう副賞がついてきますよ」
「総司!!安売りしすぎだろうが!」
「いや……安売りも何もいらねぇから大丈夫だよ、土方さん」
「原田……(怒)」
「で、どれにするんですか?」
「そりゃあやっぱり酒だよなぁ」
「はい!じゃあこれ、どうぞ。石田散薬は二日酔いに効きますからね、特別につけといてあげますよ」
「総司、嘘を吐くな。それから無理やり押しつけるな」
「左之さん、何事も信念からですよ!」
それから更に肝試しは進み、一番盛大な叫び声を上げて近藤が逃げ帰ってくると、次はとうとう土方の番だった。
「じゃあ、句集目指して頑張ってきてくださいね、土方さん」
沖田は土方に蝋燭を渡した。
「って何で俺の蝋燭だけこんなに短ぇんだよ!」
「それは…早く燃え尽きますように、って」
「総司、後で覚えてろ!くそが!」
「ほら、早く行かないと燃え尽きちゃいますよ?」
「ってめぇ……ぜってぇ句集は取り返すからな!」
土方は怒り任せに蝋燭を引ったくると、盛大な足音を立てて屯所を出て行った。
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