桜咲く新学期。
俺は今年、初めて一年生の担任を任されることになった。
校長の話だのなんだので長丁場の入学式の後、新たな気持ちで教室へと向かう。
新入生ってのは、やっぱりちょっとあどけなくて、緊張した面持ちをしていて、かなりびくついているもんだと思う。
早く友達を作ろうと躍起になってる奴、隣の席同士でおずおずと話している奴など、見ていると人間模様がかなり面白い。
しかし、俺が鬼教師だっていう噂は既にしっかり広まっているらしく、俺が教室に入った途端、辺りはたちまち水を打ったように静かになった。
「このクラスの担任になった、土方歳三だ」
さらさらと黒板に名前を書いていると、後ろの生徒がざわついた。
どうせ俺の批評でもしてるんだろう。
さほど気にもせず、再び前に向き直る。
「担当教科は古典だ。高校の最初の一年、勉強、行事その他共に充実させてほしいと思う。まぁ、そういうわけで、一年間よろしく」
我ながら、こんなにも決まりきった文句しか言えないものかと思うが、なるべくこういうことはさっさと終わらせたい質なので仕方がない。
既に色目を使い出した女子生徒もちらほらいるようだが、これまたいつものことなので気にしない。
「それから、えーと……ん?そこ、誰だ?」
自分の新しい生徒たちを見渡していると、ふと一つの空席に目が止まった。
入学式からいないなんて、具合でも悪くなったのか?
名簿と座席表を探していると、不意に充分中学生に見える奴が発言した。
「あの………」
「何だ」
「ええっと、多分そこ、総司だと思います……」
その取って付けたような前髪の男子に、クラス中が注目した。
「知ってるのか?」
「あー、一応…?中学ン時、めちゃくちゃ遅刻魔だったし……」
どうやら、彼―――座席表によると藤堂平助は、総司って奴と中学からの友達らしい。
「遅刻魔だと?」
「何つーか、その、総司は朝弱くて…」
しかし、欠席・遅刻の連絡は一切入っていない。
「総司に関しては、遅刻だなんだって怒らない方が、先生も楽だと思います」
藤堂の言葉に、何人かの生徒がくすくす笑った。
俺は顔をしかめて座席表を眺める。
クラスメイトがここまで釘を差すくらいなんだから、総司とやらの素行は、よっぽど目に余るもんなんだろう。
今日の遅刻…というか欠席も、今日だけ偶然というわけではなく、いつも通り、ということか。
「それにしたって、入学式から遅刻は許されねぇぞ。単なる学期初めじゃねぇんだし」
俺はようやく座席表にそいつの名前を見つけると、名簿の沖田総司の欄にペケをつけた。
「もし後で見かけたら、俺のところに来るよう伝えてくれ」
俺が沖田を怒るとでも思ったのか、クラス中がしーんと静まり返る。
それから二、三諸連絡をして、すぐにホームルームを終わらせた。
三々五々に帰って行く生徒を見ながら、沖田とやらについて考えてみる。
かなり病弱で不登校気味の虚弱体質か、もしくは髪の毛をツンツンさせ、やたら突っ張っているような超のつく不良か。
どちらにしろ、一筋縄ではいかない奴なんだろう。
そんなことを思いながら職員室に向かって廊下を歩いていると、茶髪のパサパサした髪の奴が、職員室の前に立っているのが見えた。
気だるそうに壁に寄りかかって、誰かを待っているようだ。
足の間に無造作に置かれたスクールバックは、何も入っていないのかぺしゃんこに潰れてしまっている。
こんな奴いたっけか……?
まぁ、長い休み開けってのは大多数が髪型を変えているから、大抵一目じゃ誰だか分からなくなるものだが…
それにしても見覚えがない。
ぼうっと眺めていると、不意にそいつと目があった。
「あ!土方先生!」
名前を呼ばれて更に戸惑う。
こんな奴…俺は知らねえ……はず、だ。
自分は知らない相手が自分を知っているというのは、かなり不気味なものである。
急ににこやかになって、元気にこちらへ走り寄ってくるそいつを、俺は唖然として眺めた。
「土方先生、探したんですよっ?」
馴れ馴れしく話しかけてくるそいつに、俺は怪訝な顔をしてみせた。
「…お前、誰だ?」
すると、そいつの顔が少し歪んだ。
「っヒドいなぁもう。僕一応、土方先生の生徒なんですケド」
そう言って頬を膨らませる。
ああ。そういうことか。
どうやらこのいけ好かない奴が、沖田総司だったみてえだ。
「お前が沖田か?」
「そうですよ?…名前、覚えてくれたんですね!」
嬉々として言う沖田に、思わず眉根を寄せる。
「そうじゃねぇ。入学式から堂々と遅刻されりゃあ、覚えたくなくても覚えちまうんだよ」
「じゃあ、怪我の功名ってことですよね?土方先生に、一番早く覚えてもらった」
そう言って、沖田はにんまりと笑う。
「お前なぁ…遅刻しといて、よくそんな態度取れるな。すいませんとか以後気をつけますとか、そういうのはねえのか?」
「うわぁ…やっぱり原田先生の言った通りだ」
沖田は、まるで悪戯を思いついた子供のように、顔を輝かせた。
「は?」
「原田先生がね、眉間に皺が寄った、短気で常に苛々してる黒いスーツの先生がいたら、それが土方先生だから、って」
翡翠の瞳が、人懐っこくくるくると動く。
「原田の野郎……」
原田の奴、後で絶対はり倒してやると心に誓っていると、沖田があ、と声を上げた。
「今先生不穏なこと思ったでしょ?」
「っ…んなことっ……」
残念ながら真実なので否定できない。
「それより、原田と知り合いなのか?」
無理やり話題を変えた。
「ついさっき仲良くなったんですよ。僕がここで土方先生を健気に待ってたら、暇だろって言って構ってくれたんですー」
俺は内心舌打ちした。
何だって原田はこう…誰にでも甘いんだよ。
生徒にくらい、もっと真面目に接したらどうなんだ。
「あれぇ?もしかして、土方先生嫉妬しちゃったんですか?」
「何だと?!」
俺が眉間にしわを寄せると、沖田はけらけらと笑った。
こいつ……うぜぇくらい絡んできやがる。
人を馬鹿にして楽しそうにしてるなんて、ほんと厄介な奴が入学してきちまった。
大体、俺にこんな態度を取る奴は他にはいない。
ビビってやがるのか、大抵はしおらしくしてるっつうのに。
覚悟はしていたが、正直想定外というか、想像していた姿と全く違って面食らった。
茶髪は地毛のようだし、明るいし、不登校だとは思えねぇし、不良ではないし、全くもって新しいタイプだ。
おまけにすぐ人に好かれるみてぇだし、悔しいことになかなか見かけねぇような整った顔立ちをしているし、性格といい何といい……兎に角厄介だ。
いちいち相手にしても無駄だといち早く悟った俺は、波立つ心を抑えながら、再び沖田に向き直った。
「で?…俺に用があるんじゃねえのか?」
「そうですよ?」
にこにこ笑顔を浮かべながらこちらを見てくる沖田に、俺は既にたじたじだった。
くそ。調子が狂うんだよ。
「何の用だ。俺は忙しいんだよ。早く言え」
「もー、せっかちですね」
また頬を膨らませる沖田は、すごく幼く見える。
本当に高一か?と思わせるような堂々とした態度と、いちいち幼い仕草が酷くアンバランスだった。
「あのね、僕、先生に挨拶に来たんですよ」
「は?」
可愛くねえ答えが返ってくるんだと思っていた俺は、沖田の言葉に意表を突かれる。
「これから一年間、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる沖田にひたすら戸惑う。
「…お前……」
「じゃ、失礼しまーす。さよなら!」
そう言って、沖田は廊下を走り去って行った。
「っておい!……ち、行っちまったか…」
何だ?……アイツ。
完全にペースを持って行かれたと思う。
しかし、厄介な奴だと思いながらも、どこか興味を持ってしまっている自分がいる。
何なんだ、本当に……
どうやら今年は、大変な一年になりそうだ。
俺は頭をぽりぽりとかいた。
20110812
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