風が爽やかで心地いい。
そんなことを思ってうつらうつらしていると、突然首に冷たいものを押し付けられた。
「ひゃっ!」
僕は慌ててガバッと飛び起きる。
「ばーか。何サボってんだよ」
「土方先生!?」
見上げると、全身黒くてカラスみたいな古典教師が立っていた。
今僕の首に押し付けたらしい缶コーヒーのプルタブをカコンと開けて、屋上の柵に寄りかかりながら飲んでいる。
嫌味なほどに爽やかだった。
ムカつく。
僕は土方先生の横にすっ飛んでいった。
「もう!急に驚かさないでくださいよっ」
「授業をサボるお前が悪い」
「っそんなこと言って、先生だってサボってるじゃないですか!」
「俺?…俺は今休憩時間だからな」
「あーあーいいご身分ですね、土方先生は」
「言ってろ」
「…いいんですか?授業に戻りやがれ!って怒鳴らなくても」
「怒鳴ったって、お前聞かねえだろ」
「む、それはまぁ……そうですけど、」
僕は不完全燃焼に終わってムッとする。
そして何気なく見上げた空に、大きく線を引く飛行機雲を見つけた。
「あっ!せんせ、飛行機雲!」
「ん…あ、あぁ」
土方先生が上を見上げた。
「知ってるか?飛行機雲が消えねえうちにお願いすると、願いが叶うんだとよ」
「…何ですか?その流れ星のパクりみたいなのは」
「いいからやってみろよ」
「えー?仕方ないなぁ、もう……その変わり、土方先生もちゃんと願ってくださいよ?」
「分かった分かった、ほら、早くしねぇと消えちまうぞ?」
僕はそっと、願い事を心の中で唱えた。
「…って何で声に出さねえんだよ」
咎めるように言う土方先生に、僕ははぁ?という顔をした。
「えぇ?普通お願い事って心の中で密かに唱えるものでしょっ?!」
「いや、これは声に出さねえと効き目がねえんだよ。いいから言ってみろ」
「はぁ?何か今明らかに捏造したでしょ?」
「してねぇよ。ほら、早く。消えちまうって」
「やですぅ」
「あぁ?何でだよ!?お前の願いが叶わなくてもいいのかよ!?」
「何で土方先生がムキになってるんですか?」
「いいから早く言えって!」
「ほら、一つくらい秘密を持ってた方が綺麗になるって言うじゃないですか、」
「お前は女かよ!」
何だか有無を言わさない様子の土方先生に、僕は押され気味になる。
「だってー、土方先生が聞きたくないような願いかもしれませんよ?」
「何だそれは」
「ん〜、例えば、土方先生のテストでみんなが0点取りますように、とか」
「…お前、そんなこと望んでんのか?」
オーラが少しどす黒くなった土方先生に、僕は思わず後込みする。
「早く本当のこと言えって」
「でも、もう飛行機雲、消えちゃいましたよ?」
「いいんだよ、あんなの俺が作った話なんだから」
「うっわぁサイテー!やっぱりただのパクりだったんじゃないですか!」
「うるせえよ!早く言え!」
言わなきゃ今すぐ教室に連行する、なんて言い出した土方先生に、僕は渋々白状する。
たかが願い事一つで授業に戻らせられるのも癪だしね。
「い……イニシャルHさんと、もっと近づけますように……って」
俯きながら僕は言う。
そうそう。
このカラスみたいな教師さんも、実はイニシャルHなんだよね。
じゃあ、イニシャルHと気になるあの人が同じ場合って、どうすればいいんだろう。
あの占い、そこまでは教えてくれなかったけど。
「イニシャルH、だと?」
途端に驚いたような顔になる土方先生。
「そうですよ?」
「お前も、あれ見たのか?」
「はい?」
「それって、電車の、だろ?」
「え………」
うっわぁヤバい!
これってもしかして、土方先生も見てたってパターン?
「や、べ、べ、別に、土方先生がイニシャルHだって言ってるわけじゃないし、別にそんな、あの……」
慌てて言ってから、これはもしかしたら墓穴を掘ったかもしれないと思った。
案の定、土方先生はニヤリと笑って言った。
「ま、そりゃそうだ。だが、お前の態度を見てると、」
「だあぁっ!違う、ち、違いますからっ!」
「いいさ。そうやって強がってろ……けど、何だか嘘から出た真みたいだな」
「は?」
「俺の願い、叶っちまった」
「えぇっ?」
「俺が何を願ったか、知りたいか?」
「え、あ………」
すっかりうろたえておっかなびっくりしている僕に、土方先生はそっと囁いた。
「気になるあの人が俺でありますようにって、願ったんだよ」
(っていうか何で僕がしし座だって知ってるんですか?!)
(俺はお前のことなら何でも知ってるんだよ)
(〜〜っ!)
もうちょい土→←沖感を出したかったです…。
20110803
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