「ここか?」
緊張した空気が漂う中、目指す小料理屋についた土方たちは、斬り合いの音が聞こえてこないことを訝しんでいた。
「おいおい、近藤さん場所を間違えたんじゃねぇのか?」
そもそもこの小料理屋は、新撰組でも来賓をもてなす時などに利用する、少し格式高い料亭だ。
こんなところで斬り合いがあってたまるかと思っていたところだった。
「がせ情報か?」
後ろに控えている隊士たちの間にも、不穏な空気が流れ始める。
何故か今日は、いつもにも増して多くの隊士が出動可能だったので、折角来たのだから、活躍させてやりたいと思っていたが、これでは隊士の士気が削がれてしまう。
だいたい、浅葱色の集団が、こんな朝早くからぞろぞろと屯していては目立って仕方がない。
どうしたものかと考え倦ねていると、店の奥から慌てた様子の主人が出てきた。
「あっ!…よくいらしてくださいました。今、丁度静かになって、喧嘩をしていた者たちが、奥の座敷に籠もってしまったところなんです」
それを聞いて、全員が安堵のため息をついた。
「ああ、そういうことなら……あんまり静かだから、嘘の通報だったのかと思いましたよ」
近藤が、ほっとしたように言った。
「えぇ…立て籠もられてしまっては、こちらとしても怖くて怖くて、手をこまねいて見ていることしかできなくって……」
「それじゃ、改めさせてもらっても構いませんね?」
近藤が確かめると、主人はどうかお願いします、と言って奥の座敷まで案内してくれた。
「どうする。斬り込むか?」
ひそひそと近藤に耳打ちすると、トシに任せると言われた。
そこで、取りあえず幹部らを武装させて、自分が真っ先に乗り込むことにした。
中では何が行われているか分からない。
もしいきなり斬りかかられたりしたら、近藤が危ない。
だから、自分から行くことに決めた。
大きく息を吸い込んで、身体中の神経を、手中の刀に漲らせる。
そして、勢いよく襖を開けた――――。
「新撰組、ご用改め……
……………って、総、司?と、斎藤…………か?」
思わず目を瞬かせたが、何度見ても、座敷の中に座り、神妙な顔つきでこちらを見ているのは、新撰組一番隊組長の沖田総司と三番隊組長の斎藤一に見える。
「…長州の……奴ら、は?」
呆気にとられたのと、何故醤油を買いに行ったはずの二人がここにいるのか訳が分からないのとで、頭がぐちゃぐちゃに混乱している。
「まさか……おめぇら二人で………」
思わず総司と斎藤で全員倒してしまったのかと疑ったが、座敷に荒れたあとは一切ない。
それに………
「…っふふふ………あははははっ!」
総司がさも堪えきれないといった風に吹き出したのを皮切りに、後ろにいる隊士から殺気が消え去った。
「は………?」
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