教室の窓から、ものすごく綺麗な夕日が見えた。
「土方せんせ!見てください!」
橙色の温かみある光が、教室中を包み込んでいる。
「綺麗〜っ」
目を輝かせて窓の外を見ている沖田を、土方は呆れ顔で眺めた。
「何だよ。今時の男子高生が夕日見ていちいち感動するとはな」
「いいじゃないですかー。僕は何歳になっても純真無垢なんですぅ」
べー、と舌を出す沖田に、土方は更に呆れかえる。
「お前のどこがどう純真無垢なのか教えてもらいてえよ」
「あっそうだ!写メろ」
土方を完全に無視して、沖田はポケットから携帯を取り出した。
「おま……そういうとこは、今時の高校生なんだな…」
ぱふ、と変な音がして、どうやら夕日の写真を撮り終えたらしい。
「お前……何だよそのみょーちくりんな音は」
「みょーちくりん?……可愛いの間違いでしょ」
「シャッター音くらい、普通のパシャってやつで充分だろ……」
「うっわ土方先生オジサン」
「っ俺だってまだ三十路迎えてねえよ!」
ぱふ。
「ふふふ。いただきっ♪」
土方が怒号した瞬間の顔を、沖田が撮ったのだった。
「てっめぇ…………」
怒りが心頭に発した土方が、沖田の携帯を奪おうと躍起になる。
「俺には肖像権があんだよっ!消しやがれ!」
「それを言うなら僕には著作権がありますよーだ」
みんなに送りつけよ、とメールを打ちながら、沖田が逃げていく。
「タイトルはー、三十路迎えてねぇ!と怒る土方先生」
「待ちやがれ!今度から学校で携帯使用禁止にすんぞ!」
「先生にそんな権力ないくせにー」
あはは、と楽しそうに逃げる沖田が、机に足を引っ掛けて、派手に転んだ。
がたん!と大きな音を立て、机ごと床に転がる。
「そ……沖田!」
「いったぁ………」
慌てて駆け寄る土方を、沖田が胡散臭そうな目で見る。
「ったく…携帯見ながら走るからだろ」
「土方先生が追いかけるからでしょ」
「どっか怪我してねえか?見せて見ろ」
「…土方先生過保護なんですよ。大体見せるって、どこをどんな風にお見せすればよろしいんですか?」
「そ…沖田てめえな………」
そして沖田が、堪えきれないという風に吹き出す。
「っふ…あははははっ!やっぱり土方先生オジサーン!」
「総司!」
土方が青筋を立てる。
「あーあ!とうとう言っちゃいましたね。"総司"って」
「あ………」
「学校では沖田って呼ぶように、散々練習したはずなんだけどなー。さっきから頑張ってるなって思って面白かったのに」
「ちっ」
すっかり油断していた沖田の手から、土方は携帯をもぎ取った。
「あっ!返して!かーえーしーてー!」
「やなこった。絶対ぇ返さねえ!」
立場逆転。今度は、土方を沖田が追いかける。
そして、数分後。
どうにかこうにか写メを削除した土方と、どうにかこうにか携帯を取り返した沖田は、仲良く机に座ってバテていた。
「お前足速いな」
「っ先生こそ」
暑い暑いと手を扇ぎながら、何となく視線は窓の外へいく。
「土方先生は撮らないんですか?」
「あ?」
「夕日、」
「撮ってどうすんだよ」
「うーん…ブログに載せたり」
「ブログだあ?……ってお前、もしかして俺に隠れてブログなんかやってんのか?」
「俺に隠れてって…なんでいちいち土方せんせーに報告しなきゃいけないんですか」
「…やってんだな?」
「やってますよ?平助に勧められて。面倒臭いから殆ど更新しないですけどね」
「よし沖田。今すぐにURLを送れ」
「嫌ですよ!何でですか!」
「何でもだ。んで逐一何してるか報告しろ」
「はい?………それじゃリアルになっちゃいますよ」
「いいから送れよ」
「もう僕にGPSつけた方が早いんじゃないですか?…そんなに気になるなら」
ぶうぶう言いながらも、沖田は律儀に土方の携帯にURLを送った。
「夕日の写メも添付してあげましたから」
ブー、とバイブが鳴って、土方はすかさず携帯を取り出す。
「んなもん頼んでねえよ。だったらお前の写真の一枚でも寄越せ……って、この"過保護オジサンへ"って何だよ!」
「僕は事実を述べただけです」
「ったく…ああもう腹を立てるのも面倒臭え」
「ね、土方先生」
「ん?」
ぱふ。
「なっ………」
「いいでしょ。ツーショットなら」
「や、その…」
「ほら、土方先生にも送ってあげるから」
あれよあれよと言う間に沖田に携帯を奪われて、土方は困ったように沖田を見守る。
赤外線に乗せられたのは、写真か想いか。
「はいっ。土方先生」
「お、おう……」
「早く帰りましょうよー」
「そうだ、な」
「あ、そだ!プリクラ撮りに行きましょーよ!」
「ぷ、??!」
「あれ?どうしたんですか?オジサンじゃないなら、プリクラくらい撮るでしょ?」
「あ……ぁ、まあ…な」
土方は、密かにカルチャーショックを感じつつも、戦利品のプリクラは、沖田と同じように、携帯の蓋の裏に貼ってみたのであった。
20110711
▲ ―|top|―