「入れ」
連れていかれたのは、他でもない、土方さんの部屋だった。
土方さんは副長だから、個室をあてがわれているわけだ。
「え、でも……」
暫く躊躇していると、いいから入れと急かされた。
落ち着かず、部屋の隅で縮こまっていると、土方さんが徐に布団を敷き始めた。
「総司も手伝え」
「え?」
「ほら。こっちを持て」
そう言ってぴらぴらと敷き布団を振っている。
土方さんの魂胆がわからなかったけれど、仕方なく敷くのを手伝う。
何が嬉しくて、怒られた相手の布団の用意なんて手伝わなくちゃならないんだ。
自分のしている行動が馬鹿らしくて、訳が分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
漸く敷き終わったと思ったら、土方さんがもう一組、押し入れから布団を引っ張り出してきた。
「え?あの………土方さん?」
吃驚して土方さんを見ると、目を合わせないままこう言われた。
「総司もここで寝ろ」
「えぇぇっ?なっ、な、なんで?」
「いいだろ」
「よくない!僕たち喧嘩中ですもん!」
「いいから寝ろ」
「でも…」
「…ったく五月蝿えな。四の五の言わずに寝ろったら寝るんだよ」
「…………わかりました、」
土方さんが一度こうと決めたら、二度とその意見を変えることはない。
だから、土方さんが一度言い出したことは、十中八九現実になる。
頑固者というか、融通がきかないというか。
ほんと厄介な性格してるよ。
僕はため息をつきつつ、自分の分の布団を敷いた。
二組の布団が仲良く並んだところで、土方さんが黙って布団の上に座り込んだ。
「…ずっとつっ立っているつもりか?」
言われて、ぼすんと座り込んだ。
途端に土方さんが手を上げたので、また殴られるのかと思ってさっと身を引いた。
しかし、手はそのまま頬へと伸びて、先ほど叩かれた場所をすっとなぜた。
「痛むか?」
慣れない感覚に思わず身を捩ると、土方さんが心配そうな声音で聞いてきた。
「…心配するくらいなら、最初からぶたないでください」
「……悪かったよ」
「え?」
まさかこんなにあっさりと謝ってくるとは思っていなかったので、素っ頓狂な声が出た。
「いや……だから悪かった、」
ばつが悪そうな顔で言う土方さんに、他意は感じられない。
「……いえ…」
素直に謝られると調子が狂うからやめてほしい。
「僕も…ごめんなさい……」
ほら、僕まで謝る羽目になるじゃないか。
「総司が強いことぐらいわかってんだ……もっと…違う言い方があったかもしれねえよな」
そう言って、ぽりぽり頭を掻いている。
「僕も、これからは気をつけます…もっと…優しく稽古する」
「俺も、もっと凄腕の奴らを選ぶようにするよ」
「うん………………」
土方さんは、そのままごろんと横になった。
僕もおずおずと身体を横たえる。
暫くの沈黙の後に、土方さんが徐に言った。
「だから、もう泣くなよ」
「……泣いてませんでしたよ」
「素直じゃねえな」
「泣いてません」
「わかったよ。そういうことにしといてやる」
どうして土方さんが一緒に寝ようなんて言い出したのかはわからなかったが、そうやってただ傍にいるだけで、なんだか心の蟠りが溶けていくような気がした。
土方さんは、本当に喧嘩上手なんだ。
喧嘩上手ってことは、仲直りするのが上手ってことでもあるわけで。
………悔しいけど。
「こうして二人で寝るのも久しぶりだな」
急に土方さんが言った。
ぼそぼそと喋っているのに、凛と響く低い声。
「……うん」
僕もちっちゃく呟いた。
「昔はよく一緒に寝たなぁ…まぁ、総司が枕だけ持って俺ンとこに泣きついてきた所為だけどな」
「………そんなの昔のことです」
「ま、そうだな。まだおめぇは宗次郎だったしな」
「土方さんは僕のこと宗次って呼んでたから、大して変わりありませんけどね」
「おめぇしょっちゅう怒ってたな…宗次じゃありません、宗次郎です、なんてさ」
「もう…寝るなら早く寝てくださいよ」
ちらりと横顔を盗み見ると、懐かしそうに昔のことを話す土方さんは、どこか寂しそうに見えた。
きっと、土方さんだって辛いんだよね。
京にきて何もかも変わって、負わなきゃいけない重責は以前とは比べものにならなくて。
僕だってそうなのに、副長ともなればなおさらだよね……
つい、余裕がなくて気持ちがいっぱいいっぱいになって、怒鳴りたくもなってしまうんだ…よね、多分。
僕、京に来る前に、そんな土方さんを支えてあげようって決心してたのに。
誰にも負けないように強くなる、そして、斬るためでなく、守るために剣を振るおう。
それが、密かな僕の誓いだった。
だって土方さんは不器用だから、僕が支えてあげなくて誰が支えると言うんだ。
なのに、これじゃあ支えるどころか、逆に心労を増やしてるだけじゃないか。
「土方さん、」
恐る恐る名を呼んだ僕の声は、少し震えていたかもしれない。
「ん?」
「あの……もう、僕たち仲直りしましたよね?」
「あ?……あー、総司がそう思うなら、そうなんじゃねえのか?」
「…………あの、一度しか言いませんけど………あの、…………無理しないでください…ね?」
「…………」
「あ、………あの、一人で抱え込まない方が……いいと思うんで、す………その時は……僕が傍にいるから……その……だから…」
言い淀んだ僕に、土方さんの真剣な眼差しが突き刺さった。
「じゃ、総司も一つ約束してくれるか?」
「え?」
「そしたら俺も、総司に心配されるほど煮詰まったりしねえから」
「う、うん…」
「いいか?二度とあんなことは言わないと誓え」
「……あんなこと?」
「僕の代わりなんていくらでもいるなんて、二度と口にするんじゃねぇ」
「え………そんなこと?」
吃驚した。
土方さんが、そんなことを気にしていたなんて。
「そんなことじゃねえんだよ。総司は新撰組にとっても…俺にとっても、掛け替えのない存在なんだ。だからおめぇの代わりになる奴なんざ、一人もいねえんだよ」
土方さんの口からそういうことを聞くのは初めてで、なんだかちょっと嬉しくなった。
「……わかりましたよ。もう、二度と言わないようにします……多分」
「多分じゃねえ。よく覚えとけ」
こくりと頷いた。
誰かに必要としてもらえるのは、相当な幸せだ。
特に、自分で自分を愛せない僕にとっては。
「……ありがと」
何も言わない土方さんは、きっと寝たふりをしてただだけ。
眠りに落ちていきながら、僕はたまには土方さんの言うことを聞くのも悪くはないな、と思った。
土方さんと総司は恋仲ではない気がします。この微妙な距離感が好きです!
20110616
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