「土方さん、僕、土方さんの恋人になってあげてもいいですよ」
ある日突然、総司が言った。
「……別に、好きじゃないですけど」
そんなことも付け足した。
「土方さんは、本当はすごく優しい人なのに、自分だけ悪者になろうとするような不器用な人だから、僕みたいな人気者が傍にいた方がいいと思うんです」
それは何一つ変わらない、長閑な午後のことだった。
あまりにも意表を突かれすぎて、新手の嫌がらせかと思ったのと、間を埋めるように雀が白々しく鳴いていたのを、今でも覚えている。
俺が二の句を継げなかった所為で、衣擦れの音が聞こえるほど静かで気まずい沈黙が、暫く二人の間に横たわっていた。
「………、」
最初は、聞こえなかった振りをしようと思った。
総司がどういう心境でそんなことを言ったのか、全く分からない。
「ねーぇ?土方さん」
甘えたように言ってくる総司に、俺はただひたすら混乱する。
「それは一体、どういうことだ」
「え?どうもこうもありませんよ。ただちょっと、一緒に出掛けたり、沢山お喋りしたり、手を繋いだり、接吻したり、夜は床を共にしたり……」
俺は、飲みかけのお茶を思い切り吹いた。
「あ、それと恋人になったら、浮気をしてはいけないとか、そういう制約もついてきますよね」
真顔で淡々と言ってのける総司に、他意は感じられない…気もするが。
「おめぇ………何を企んでる」
気が付くとそう言っていた。
その時の、総司の驚いたような悲しそうな顔も、鮮明に思い出せる。
「っ何でそうなるんですか。たまには本心を言ったら駄目なんですか?」
「本、心?」
「そ。本心」
それはつまり、総司が俺と恋仲になってもいい、と言うことか?
しかし、まだ解せない。
「けどよ、おめぇは俺のことが嫌いだと言ってなかったか?」
眉を顰めて尋ねると、総司はま、そうですけどね、と肩をすくめた。
「新撰組の副長のくせに鈍感で、どうでもいい芸子たちの視線や媚び売りには気付くのに、もっと近くてもっと執拗な視線には、いつまでたっても気付かない土方さんが心配だから、僕が恋人になって支えてあげましょうと、そう言ってるんですよ」
諦めたように呟く総司は、どうしてもいつものようなふざけ半分、というようには見えなかった。
「何をしても気付いてくれないなら、いっそ"嫌い"と言ってでも、気を惹きたいことだってあるんですよ?………でも結局それも空振りだったのか…」
「……おめぇ、それ本気か?」
それはつまり、口では好きじゃないと言っているが、本当は好きで好きで堪らない、と解釈していいのか?
「…本気じゃなかったら、こんな気持ち悪いこと、僕言いませんけど」
ね?だから恋人になりましょうよ、という総司に、俺は疑問の目を向ける。
「……何故だ」
腕組みしながら聞くと、総司が怪訝そうな顔をする。
「は」
「何で恋人なんだ?」
それは、と総司が口ごもった。
「す…………………きだからです」
「ああ?聞こえねえな」
「だから、土方さんを支えてあげるためです」
「何で好きなんだ?」
「ちょっと!聞こえてたんじゃないですか」
「いいから答えろよ」
総司は、少し考えてから言った。
「…好きになるのに理由がいるんですか?」
「いる」
即答した俺に、総司はこれまた盛大なため息をついた。
俺としては、何故"鬼の副長"などと呼ばれるほどの自分を好きになるのか、全くもって理解できない。
総司は男なんだから顔目当てでもないだろうし、益々意味が分からない。
因みに、俺は言うまでもなく総司のことが好きだから、いつものように遊び半分の冗談で好きだなどと言われているのなら、それは苦痛でしかない。
本当に心から、総司も俺のことを好いてくれているのなら、それは嬉しい限りだが。
普段の様子からは、好きな感情は全く読み取れないし、つい、総司の腹に潜んでいるかもしれない意図を探ってしまう。
「そんなことを言わせて何が楽しいんですかね………理由は、土方さんが優しいからです。僕が虐められて一人でいた時も、土方さんだけは優しくしてくれたからです。本当はもっともっともーーーっと沢山理由があるんですけど、僕が土方さんを意識し出したのは…その時からです」
「…それって試衛館にいた頃じゃねぇか」
驚いて言うと、総司は憮然としてそうだと肯定する。
「…そんな前から…………」
そんな前から好きだったのなら、何故今になって急に告白してきたのだろう。
―――思えば、これまで総司とは、まともな会話をしたことがないような気がする。
一度口を開けば下らない口論が始まって、姿を見かければ必ず内容のない押し問答を繰り返して………それらの行為が、全て好きの裏返しだったのだとすれば………辻褄が合わないこともない。
「惚れるつもりはなかったんですけどね。一旦この気持ちに気付いてしまうと、もう二度と自分に嘘なんかつけないんです…ほら、僕って純情だから」
最後の一言は余計だ。
というより肯定しづらい。
「けど……何で今…」
「だって、もう子供じゃないし。いい加減土方さんも、僕のことを一人の大人として見てくれるかなぁ、って……僕なりに考えたんですよ?まだ早いかなとか、まだ我慢しなくちゃいけないのかな、とか…」
俺は、呆気に取られて総司を見た。
「総司………」
俺だって、散々に我慢してきたんだぞ?
まだ子供だから手を出しちゃいけねえだのなんだの…それはそれは凄まじい葛藤を繰り返してきたのに。
なんだよ、全く。
おめぇは本当に不器用だな、と言いたくなった。
素直に好きって言えばいいじゃないか。
そしたら俺だって………
「土方さん?」
黙り込んでしまった俺を、総司が心配そうに見る。
「あ、あの……これが気持ちの押し付けだってことは、よくわかってますから。土方さんが僕のことを好きじゃないことくらい、覚悟してきてるし……ただ、もう我慢できなかったから…」
饒舌に言い訳めいたことを言い始めた総司の顔を、俺はまじまじと見る。
「あ、あの……土方さん?」
「……結局不器用なのは、俺も同じじゃねぇか」
「はい?」
俺は改めて総司に向き直る。
「な、何ですか?」
「おめぇさっき、何をしても、俺がおめぇの気持ちに気付かないって言ったな?」
「言いましたよ。実際そうじゃないですか」
「なら、おめぇも一緒だろ」
「は……?」
「俺の気持ちにちっとも気付かねぇ」
総司は暫く頭を捻って考えていたが、やがてしゅんとなって、俺の顔を覗き込んだ。
「………あ……あの、そんなに嫌でしたか?僕の告白は」
「はぁあ………?何でそうなるんだよ」
逆だろ、逆、と言ってみる。
「逆?」
「俺もおめぇが好きってことだよ」
総司は口をあんぐりと開けて俺を見ている。
「俺だって、絶対おめぇより悩んで葛藤してきたつもりだ」
自慢気に笑ってみた。
「そんな……だって………何で…」
「おいおい、好きになるのに理由がいるのかよ」
「いるって言ったのは土方さんでしょ!」
「…まあ、そうだな………全部だ。全部好きだ」
「土方さん…もしかして僕をからかってます?」
「ああ?だから何でそうなるんだよ」
「そんなふざけた答え、あるわけないでしょう!大体、僕に人から好いてもらえるようなところがあるのかも怪しいっていうのに…何ですか、全部って!」
どうやら、怒っているようだ。
「土方さん、僕に同情しているんですか?それとも普段散々やられている腹いせに、僕の心を踏みにじって楽しんでいるんですかっ?酷い!何でそんな嘘を言うの!何で土方さんが僕のことを好きなの!」
信じられないのか、自分の一世一代の告白が好転するとは想像もしていなかったのか、とにかく総司は理不尽な怒り方をしている。
全く、素直に喜べばいいのに。
俺の言葉は、そんなに意外だったか?
「そう怒るなよ………」
慰めることしかできない。
天の邪鬼な総司に、どうやって本当に好きだと伝えればいいのかも、いまいちわからない。
俺は試しに、ぷい、と顔を背けている総司の手を取ってみた。
びくっと身体を震わせて、どうしていいかわからずにおろおろしている総司が愛しくてたまらない。
「俺を怖がらずに、健気についてきてくれるところが好きだ」
総司の目が見開かれる。
「小さい頃から口だけは生意気なくせに、本当は誰よりも寂しがり屋なところも好きだ。たまに見せる照れたような顔も、泣き顔も、怒った顔も、みんな好きだ…………ほらな、結局全部好きだ、ってことになっちまう」
「…な…んで」
「あ?」
「狡い…………」
「はぁ?」
「せっかく…勇気振り絞って…精一杯虚勢を張って頑張ったのに……なんでそういうことを平気でさらさらと言えるんですか!」
まだ総司はご立腹のようだ。
―――ま、ただの照れ隠しだとは思うが。
「…僕が好きっていうまでに、どれだけ悩んだと思っているんですか!もう!後から好きって言う方が楽なんですからね!!」
「あ…いや………」
「もう!土方さんなんて嫌い!大っ嫌い!」
「なんだと?!」
「もう嫌い!嫌い嫌い嫌ーい!」
「てめぇ………それ、好き好き好きって言っているようにしか聞こえねぇぞ」
「…っ!……じゃあ、好き好き好きー!」
「そうかよ、ありがとな。俺も好きだ」
「っ………ああもう!!!」
こうして俺と総司は、恐ろしい遠回りをした末に、晴れて恋仲になったのだった。
20110610
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