もう、我慢できない。
貴方が欲しい。
欲しくて欲しくてたまらない。
僕を抱いてほしい。
たまにすれ違った時に香る微かな残り香には、少しだけ粉白粉の咽せかえるような甘さが混ざっていて。
ああ、今日もまた誰かをその腕に抱いたんだと思っては、だからと言って何も出来ない無力感に、自分の存在をひたすら責めた。
何で男に生まれたんだろう。
衆道という概念はあっても、それは決して、喜ばれるものでも大衆的なものでもない。
例え愛すること自体が罪ではないと言われたところで、どこの馬の骨とも知れないような郭の遊女と対等に張り合うこともできないなんて、僕の自負心が許さない。
どうして好きになってしまったのか。
どうせ報われない恋なら、いっそ知らない方がよかった。
どうして僕らは出会ってしまったのだろう。
そんな馬鹿みたいで、下手で、どうしようもないことも考えた。
でも、同じ志を持って、同じ組織にいる以上、嫌でも顔を突き合わせなきゃならないのが現実なわけで。
そうなると、貴方という存在は、余りにも近すぎた。
ほら。
今日もまた、朝一番に会ってしまう...
「総司、おはよう」
そうして、爽やかな笑顔を僕に向ける。
ああどうして。
どうして僕に優しくするの。
挨拶なんてしなくていい。
もう一生喋らなくていい。
二度と会わなくたっていい。
僕は貴方が好きすぎるんだ。
「おはようございます」
無理して作る"何事もなかった"っていう顔も、今じゃすっかりお手のもの。
自分まで騙して、いつの間にか本当に何事もなかった気になるから不思議だ。
自分を騙し続ければ、いずれ破綻するのは目に見えた未来だけれど。
「おめぇ、どこ行くんだ?朝飯ならあっちで……」
「いやだなぁ、厠ですよ。ついでに顔も洗いたいし」
「そうか。じゃ、先に広間へ行ってるからな」
「いいですよ、先に食べてて。みんなを待たせてると思うと、気持ちが急くので嫌です」
「そうかよ」
我が儘だな、と言いながら貴方は去っていく。
そしてまた、ふわりと香る貴方の匂い。
今日は、白粉の匂いはしなかった……
「っ、」
もう駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ。
本当に狂ってしまいそうだ。
駄目なんだ。
もう我慢できない。
胸や下半身に集まるこの高ぶりを、どうやって鎮めればいい?
慌てて廊下を駆けていって、通い慣れた襖を開けた。
途端に広がる土方さんの香り。
余裕がない僕は、襖を後ろ手でピシャリと閉めて、そのまま部屋中を漁った。
こそ泥でもここまではしないんじゃないかっていうくらい、部屋の中が見事に荒らされた。
漸く見つけた洗濯前の着物を引っ張り出すと、土方さんの匂いが一際色濃く漂って、眩暈で倒れそうになる。
それを鼻にぎゅっと押し付ければ、更に興奮が増した。
僕は性急に自身を取り出すと、高まる劣情を抑えようともせずに、それを激しく扱きだした。
「んんっ………ぁ…ひじかた、さん…っ…」
着用済みの着物に顔を埋め、片手を下半身に伸ばしながら床に這い蹲る姿は、芋虫か、はたまた今まで斬ってきた浪士たちの、地面に転がった死体か……
欲望を貪り、躊躇いや羞恥を忘れた僕は、さぞ滑稽で浅ましいことだろう。
暫く扱いていたら、やがて先走りが漏れ出して、畳の上に滴り落ちた。
ぐちゅぐちゅと響く卑猥な音が、静かな部屋に反響する。
「はっ…っあ………はぁっ…」
情欲に濡れた声を隠そうとは思わなかった。
誰かに聴かれたらそれまでだ。
土方さんの部屋を汚してしまっても、何とも思わなかった。
僕の痕跡を残せるなら、何だっていい。
いつ土方さんが帰ってくるやも知れないこの状況が、僕の興奮を煽り立てた。
「っは…ぁ、土方さんっ」
頭の中を貴方で埋めて、貴方の香りに溺れて。
僕は窒息しそうだ。
必死で息をしながら、自らの快感を追い求めた。
「土方さんっ…ひじかたさん、…ひじかたさんひじかたさんっ……」
爪を立て、五本もある指を有意義に使って。
快楽を上り詰めれば、部屋には荒い呼吸音だけが響いた。
僕の劣情の証。
白濁液は、迷わず畳の上に吐き出した。
青臭い匂いがつん、と鼻の奥をついて、まだまだ収まることをしらない僕の欲望を煽る。
土方さんに、僕の香りを付け足して。
粉白粉の匂いなど、拭い取ってしまおうと思った。
小さな足音がだんだん近づいてきても、僕は行為をやめようとはしなかった。
今更なにを取り繕ったって無駄な状況だ。
この足音は、紛れもなく土方さん。
僕の耳が、間違えるわけがない。
がらりと襖が開いた時、中に広がっているのは凄惨な状況。
土方さんは、どう思うのだろう。
僕を罵倒する?
新撰組から追放する?
それとも、何も言わずに僕を追い出す?
何だっていい。
土方さんの気持ちが僕に向くのなら。
その瞬間、確かに僕が土方さんを独り占めできるのなら。
もう、どうなったって構わないんだ。
20110606
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