「ど……して……」
総司の目が大きく見開かれる。
「総司、お前何で……」
戸惑ったように、土方は居住まいを正した。
「土方はん、この方も、新撰組のお人どすか?」
土方の腕に抱かれていた太夫が、首を捻って総司を見る。
「ぼ、僕は……こん、ど…さんに…言われて……」
尻すぼみになっていく言葉が、虚しく部屋にこだました。
茫然自失としながらも、総司は必死で状況を理解しようと努める。
「わぁ、僕、だって。可愛いお人どすなぁ、ねぇ?土方はん」
太夫は総司の狼狽ぶりを見て、土方との関係を理解したのかしていないのか、思わせぶりに土方に擦りよった。
「っ総司!これは…」
「……嫌だ」
「総司、聞いてくれ。俺は…」
「聞きたくなんかないっ!」
総司は思い切りかぶりを振ると、自らの頭を抱え込んだ。
土方は慌てて太夫を突き放すと、総司に駆け寄ろうとした。
「こっち来ないで!」
感傷的な総司の叫び声に、思わず土方の足が止まる。
「総司、あのな、」
「っ名前なんか呼ばないでよっ!もう沢山だ!」
総司は零れ落ちる涙を隠そうともせず、恨みを籠めて土方を睨んだ。
「………もう終わりです」
「そう……」
「二度と……二度と僕には構わないでください」
総司は土方を見据えると、すぐに踵を返して走り去って行った。
「あ、馬鹿っ…総司!!」
慌てて追いかけようとするも、背後から聞こえた太夫の声に、思わず土方は足を止めた。
「土方はん、もう情報はいらへんの?」
間延びしたような長閑な京訛りで話す女に、土方は苛立ちを募らせる。
「っくそ…」
土方は尚も総司が消えていった廊下を眺めていたが、やがて諦めて襖を閉めた。
「あの方、総司、ておっしゃるんどすか?」
「…………そうだ」
「土方はん、あの人となんや特別な関係なんどすか?」
「……」
土方は、太夫の問いかけに答えなかった。
否、答えられなかったのだ。
総司との関係は、特別どころではない。
仲間であり、親友であり、またと居ない好敵手であり、大切な弟分であり、そして恋人だった。
こんな関係も珍しいのではないかと思う。
プラトニックな関係を保っているわけでもないし、衆道、と片付けてしまえば手っ取り早いのだろうが、そういうことを超越したところに、二人の気持ちは落ち着いていた。
それなのに…
まさかこんなことになってしまうとは。
土方は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「別にうち衆道を気味悪く思わへんし、誰にも言わへんから、安心しておくれやす」
「っそんなんじゃねぇよ」
「またぁ、照れてはる」
べたべたとした甘い声で囁き、ねっとりと腕を絡めてくる太夫を、土方はいささか乱暴に振り払った。
「きゃっ…」
太夫が床に倒れ伏す。
「土方はん、乱暴はいけまへんなぁ」
「っ…お前はいちいち五月蝿ぇんだよ。黙って仕事をしろ」
土方は、諦めたようにどっかりと腰を下ろした。
「ふふ…八つ当たりどすか?」
土方は苛立ちを隠そうともせず、太夫を睨みつけた。
「…ほんに、追いかけなくてもいいんどすか?きっとあの方、今頃誤解して悲しんで…」
「五月蝿えって言ってるのが分からねぇのか?」
土方の怒号に、太夫はごくりと生唾を飲み込んだ。
「…あんさん、怖いお人どすなぁ。うちに落ちなかった男の人は、あんさんが初めてどすぇ?よほどあの方と…」
「俺は今すぐお前をたたっ斬っても構わねぇんだが」
土方はその底冷えするような冷たい一瞥をくれてやった。
すると太夫は、とうとう諦めたように"仕事"を始めた。
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