book長 | ナノ


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幕末歴史捏造話です。

自分で結末を選べます。
ハッピーエンドかバッドエンドかお好きな方をどうぞ。
但し、バッドエンドの場合かなりバッドエンドです!







「土方さん」

総司は短く言った。

「僕、もう疲れちゃいました」

血に濡れた菊一文字の切っ先を払って、誰もが感嘆する見事な美しさで、総司は愛刀を鞘に納めた。

「……あなたに会いたいんです」

誰にともなくつぶやかれるそのか細い声を聞く者は皆無である。

既に骸と化しているか、恐れをなして逃げ去ったか……

いずれにしても、その時その袋小路にいるのは、沖田総司ただ一人であった。


総司がその病の為に、新たに伏見の奉行所に設けられた新撰組屯所から、興正寺下屋敷にある近藤局長の妾宅へ移動して、数日が経過していた。

日々、新撰組のことや、近藤、そして土方のことを考えては、自分の無力さを悔しがっていた。

しかし、隔離されてしまった以上、今の自分には、いくら悔しがったところで、新撰組の役に立つようなことは、何一つできそうになかった。

そんな折、今度近藤さんが二条城へ登城するのだと、屯所から使いに来た小姓が教えてくれた。
ならば、絶対に一緒に行って、近藤さんを守りたい。

それが、総司の考えだった。

そのためには、なんとしても屯所に帰って、近藤や土方に認めてもらわねばならない。
もし、今屯所までの道も一人で帰れないようなら、近藤の護衛なんて務まるわけもないから、諦めもつく。

そう決心して、病床についていた身を無理やり起こし、夜密かに妾宅を後にしたのだった。

もちろん、できることなら白昼堂々と出発したかったのだが、総司が少しでも起き上がろうとすると、必死で止める家の人たちの、抜け目ない監視下では、とても抜け出せそうになかった。

だから、家の人が全員寝静まるのを待って、鍵の開いていた裏の木戸から抜け出したのである。

その道中、まだ道も半ばな頃に、過激派浪士組と鉢合わせしてしまった。
しかも分の悪いことに、手持ちの荷物を少なく済ませたいからと、浅葱色のこの上なく目立つ羽織りを着てきてしまった。

自分は敵だ、と主張しているようなものである。


「貴様は…沖田……沖田総司だな??」

しかも、敵の一人が自分のことを知っていた。

「そうだったら、どうなの?」

なるべく騒ぎは避けたかったが、やむなく剣を合わせた。
ついでに自分に残っている力も確かめたかったのだ。

何とか皆を斬り捨てたところで、総司は空を見上げて、物思いに耽っていたのである。


一つ、気にかかることがあった。
自分のことを知っていたあの浪士、新撰組の隊士だったような気がしたのだ。

他の浪士の顔まで確かめる余裕はなかったが、もし彼が隊士の一人だったら、自分が仲間を斬ってしまったか、あるいは、彼が間者働きをしていたことになる。

いずれにせよ、早急に土方に報告しなければなるまい、と思った。


それから頭に浮かぶのは、しばらく顔を合わせていない土方のことばかりになってしまった。

今まで胸の奥底な隠していた土方への思いが、堰を切って一気に溢れてしまったようだ。

「今頃、あなたも同じ月を見ているのかな」

空にかかる月は、その光を冷たく地上に射すだけで、何も答えてはくれなかった。


「僕は……」


言いかけて、激しく咳き込む。

「げほっ、ごほっ」

喉の奥を血の味が満たしていく。


その時、総司の背後で何かの気配が動いた。

総司ははっとして瞬時に反応する。

腑抜けた姿から、一気に殺気を纏わす兇器へと変貌を遂げた。

と同時に、抜刀してそのまま右に払った刀の峰が、するどい音を立てて、相手のそれとぶつかり合った。

それと共に、背筋に戦慄が走る。

ーーー総司のこの超人的な速さの抜き打ちを受け止められる者は、ほんの一握りである。


総司の刀を握る手が、だらりと垂れ下がった。

「……一君…」

斎藤が、真顔で言う。

「総司も人が悪い。危うく死ぬところだった。抜刀どころか、斬りかかってくるとはな」


総司は答えない。否、答えられなかったのだ。
その顔は、恐怖で青ざめていた。

異変を感じて、斎藤は鋭く問い詰めた。

「まさか、人の気配の種類が見極められないほど呆けていたのか?」


総司は口を半ば開いたまま、動けずにいる。
どうしてこんなところに斎藤がいるのか、訝しんでいるのだ。

「ぼ、僕……」

今、確かに気を緩めていたかもしれない。
咳き込んでいたし、ここまで間合いを詰めて自分に接近している人物がいることにも、ずっと気づいていなかった。

しかし、殺気か否かくらいは、瞬時に判断できる。
頭で理解するというよりも、もはやそれは五体に染み込んで、身の危険を直感で感じられるのだ。
だから、考えるより先に、体が動いている。

実際、判断を誤ったことはない。
間違うかもしれないという懸念すらない。


それなのに今、自分は斎藤を斬ろうとした。

ーーー確かに、斬ろうとしたのだ。


その事実に驚愕すると共に、総司はそれを理解できないでいる。

「どうした。あんたが大人しく養生しているか様子を見に駆けつけてみたら、部屋はもぬけの殻だった。心配になって探していたら、浪士と斬り合いをしている。何故あんたがここにいるのかと驚いたのと、それに、あんまり長いこと呆けている所為で、声を掛けたくても機会を見つけられずにいたのだ」


あまりにもよくできた話だと思った。
深夜、こんな人気のない路地裏での斬り合いを、一体どうやって発見したというのだ。

大体、何故斎藤は、こんな夜分遅く、自らの三番隊も率いずに、単身乗り込んできたのだろう。

まるで、そこにいるのが総司ただ一人だとわかっていたかのようなーーー。


総司ははっとして、斎藤の顔を見つめる。

その表情を確かめようとするも、うまい具合に光の影に入り込んでいて、全く読めなかった。

「一君………」

総司は今にも泣き出しそうな声で、かろうじて相手の名前を呼んだ。
そうすることで、希望が生まれるような気がしたのだ。

「君、何で予め抜刀していたのさ……」

斎藤は、微動だにせず答えた。

「そこで、逃げてきた浪士と斬り合いになった」

「じゃあ、じゃあなんで一人なの?しかもどうしてこんな時間に京にいるの?新撰組は今、伏見にいるんでしょ?」

そう問うことで、ますます自分を追い詰めることになるのが分かりながらも、総司はもう抑えることができなかった。

「だから俺は…あんたを見舞いに……」

「こんな夜遅くに?…まさかね」

大体、どうしてここが分かったのだ、とも総司は聞いた。

「それじゃあまるで、僕が一人でここにいることが、わかっていたみたいじゃないか」

「それは考えすぎというものだ、総司」

斎藤のどんな言葉も、今の総司には通じない。

「…僕の検死をするために来たの?」

「は?」

「なんで一くんは一人で来たのさ。自分のその剣の腕だけで、充分事足りると思ったから?」

「あ、ああ、まあ、多少の奢りはあったかも知れないが……」

「そうだよね。僕に本気で斬りかかられたら、例え精鋭揃いの三番隊と言えども、きっと役に立たないもんね」

「……総司、さっきから何を言っているのだ」

「……一くんも人が悪いよ」

総司は、先ほどの斎藤の言葉を、そっくりそのまま返した。

「総司?」

「一体誰の命令?近藤さん?それとも土方さん?」

徐々に凄みを帯びていく総司の声にいたたまれなくなって、斎藤は総司に近づこうとした。

すると、総司は、

あろうことか、

今度こそはっきりとした意志を持って、斎藤に切っ先を向けたのだ。

もしかしたら、先ほど自分が斬り捨てた浪士のことも、土方さんに報告する必要はないのかもしれない。

「今殺した浪士の中に、見知った顔がいたんだ…新撰組の隊士だった。最初は意味がわからなかったけど……今ならわかる。要するに、みんなで浪士のふりをして、僕を襲ったんでしょ?」

そして、恐らくこの世で一番悲しい笑顔を作ると、頬に涙の線を作りながら、こう言った。


「早く正直に言いなよ……僕を殺しに来たって」




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happyend or badend




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