別れは僕から切り出した。
「嫌いになりました」
一言、そう告げた。
案の定土方さんは激怒して、何でだとかいきなり言われても納得できないだとか、散々僕に詰め寄ってきた。
「貴方のそうやってすぐ怒るところも、僕のことを睨むところも、もう大嫌いなんです」
大好きな人に大嫌いと言うのはこんなにも苦しいものなのかと、その時僕は初めて知った。
「煙草ばっかり吸って、いつも眉間に皺を寄せて、本当に僕のことが好きなのかなっていっつも思ってた。それに、土方さんは仕事ばっかりでどこかに遊びに行くこともできないし。いい加減、詰まらなくなったんですよ」
自分でも吃驚するほど、真っ赤な嘘がすらすらと出てきた。
もちろん土方さんだって、十二分に傷ついた顔をしていた。
でも、その土方さんの顔や自分の言葉に一番傷ついたのは僕だ。
それでも僕は、土方さんを拒絶することしかできなかった。
何のことはない。
母親に、僕と土方さんのことがバレたんだ。
首についた鬱血痕を見られたのがきっかけだった。
「総司、それどうしたの」
見つからないようにひた隠していたのに、たまたま僕が着替えているところに母親が入ってきてしまった。
「え?えっと…これは………」
咄嗟に、彼女ができたと言おうとしたのに、その一言が出てこなかった。
例え嘘でも、そんなことを言うのは憚られたんだ。
目に見えて狼狽えた僕に、母親が更なる拍車をかけた。
「まさか、土方さんじゃないでしょうね?」
まさか、というその言い方や、突然出てきたその名前に、僕はついびくりと反応してしまった。
必死に平静を装っていたのに、一気に崩れてしまった。
「総司?」
詰問する母親に、僕はにぱ、と笑って見せた。
「ち、違うよ。土方さんなわけないでしょ?変なこと言わないでよもう」
僕は必死に否定した。
前から疑念を抱いていたのかは不明だけど、母親がズバリと言い当てたことに、少なからずショックを受けた。
でも、冷静に考えればおかしな点は山ほどあったんだ。
大学生なんていう遊びたい盛りに、ほぼ毎日土方さんの家に入り浸っている。
時には泊まったりもする。
母親の思考回路が結びつくのは時間の問題だったのかもしれない。
「違うの?」
母親は、全く信じていなさそうな顔で聞いてきた。
「違うよ」
その時はそれで解放してくれた。
僕は心底ホッとして、その一方で、母親はやはり僕らの関係を受け入れてはくれないだろうということが分かってしまって、かなり動揺した。
別に、男がいいわけじゃない。
現に、今の僕は毎日女の子と寝ているんだから。
そうじゃなくて、土方さんだから、いいんだ。
しかし、それを母親に分かってもらうのは到底無理だろうと思った。
それで、土方さんにそんなことを相談できるわけもないから、僕は自分なりに関係が表沙汰にならないよう、細心の注意を払うようになった。
あからさまに減らすと逆に怪しいので、適度に土方さんの家に行く回数を減らした。
女の子の影をそれとなくちらつかせてみたり、それはもうかなり疲れる努力だった。
それが暫く続いて、母親ももう何も言ってこなかったので、僕は何とか回避できたと思い込んだ。
それで、ちょっとだけ、警戒を緩めてしまったんだ。
僕は気付いていなかった。
あの日からずっと、母親が僕の行動を監視していたことに。
大学まで土方さんが車で迎えに来てくれて、一緒にご飯を食べに行ったこと。
その車の中で、キスをしたこと。
全て見られてしまった。
ある日大学から帰ると、母親から面と向かって言われた。
「土方さんとすぐに別れなさい」
思わず息を呑んだ。
咄嗟に取り繕おうとしたが、隠しても無駄だ、全部知っていると強く言われて、何も反論できなくなってしまった。
「な…んで……」
「何でって、あなた分からないの?こんな関係、あなたにとっても、土方さんにとってもよくないわ」
母親は別に、男同士だから気持ち悪いとか、そう言うことを言ったのではなかった。
むしろ、そんなに土方さんが好きなの、それならその気持ちは大切にしなさいね、とすら言われた。
母親が、少なくとも僕の気持ちは理解してくれたんだと思って、それはすごくありがたかった。
「だけど、このままじゃあなたは土方さんの幸せを奪うことになるのよ?それくらい分かるでしょ?」
僕は、全く反論できなかった。
母親の言っていることは正論すぎたし、それにそのことは、僕自身何度も考えていたことだったから。
土方さんはエリートなんだし、僕みたいな存在があってはいけない。
そういう噂が立ってしまったら、仕事にも影響をきたす。
それだけではない。
そのうち幸せな結婚をして、家庭を築き、子供を育てる。
それが土方さんにとっての本当の幸せだろうと、幾度となく思っていたんだ。
土方さんの幸せの為には僕は邪魔だ。
僕なんていらない。
不要などころか、土方さんの幸せや明るい未来を壊してしまう存在だ。
それは、前から気付いてはいたけれど目を背けてきた、紛れもない事実だった。
「あなたが本当に土方さんを愛してるなら、別れなさい」
きっぱりと言われて、反抗する気も起きなかった。
その通りだ。
本当に愛してるなら、別れるべきだ。
ずっと蓋をし、逃げてきた"義務"を、とうとう果たす時が来たな、と思った。
どうせ永遠に続く関係ではない。
何の生産性もないし、お互いに何の利益もない。
お先真っ暗、とはまさにこのことだ。
愛だけじゃ、どうにもならないことだってある。
僕は、母親の言葉に頷いた。
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