また誰か声をかけてくれないかな、と辺りを見回しながら、ネオン街をさ迷った。
時々キャッチのお兄さんたちにしつこく攻め寄られながらも、それを上手く交わして、ひたすら、意味もなく。
ただ歩き回る。
ホテルを出た時点で11時は回ってたけど、気付けば日付が変わろうとしていた。
疲れたな………。
別に、暫く歩き続ける羽目になるのは、今回が初めてじゃない。
でも、いつも今日こそはダメかな、と諦めかけてもそのうちに必ず相手が現れていたから、今も別に心配はしていない。
ただ、何となく、いつもよりも虚しかった。
どうしよう。
どこかに入ろうか。
ふと行きつけのバーを思い出し、ふらりと足を向けた。
お酒を飲もう。
それも、すっごく甘いやつ。
マスターにお願いして、甘いのを作ってもらおう。
路地を曲がって、葉巻バーだの、いかがわしいフィリピンパブだのが立ち並ぶ界隈に足を踏み入れる。
そして、目指すバーを見つけて歩みを進めて、思わず足を止めた。
バーから出てきたカップルに、目が釘付けになる。
彼女の方も清楚で綺麗で色白で、茶髪なのにさらさらの髪の毛で、凄く目を惹く容姿だったけど。
そうじゃなくて。
そっちじゃなくて、
彼氏の方。
よく似合う黒いスリムスーツに、負けないくらい黒い髪。
辺りの暗闇にすら溶け込まない、その美しい髪。
そしてムカつくほどに整った、綺麗な、顔。
少し眼孔を細めて、紫紺の瞳を彼女に向けて、微かに笑みを浮かべている。
思わず道行く人が振り返るほど、よく釣り合った、美しすぎるカップル。
「……っ…!」
忘れもしない、懐かしい……愛おしい、顔。
どうしてあの人が、こんなところにいるんだ。
家は、遠いはずなのに……
忘れたくて、でも忘れられなくて、どれほど苦しんだことか。
こんなに胸が痛むんだ。
あんなにも愛した記憶を、どうして忘れられると言うんだろう。
いや、忘れられるわけがないんだ。
だって、僕は………
道端で不自然に立ち止まる人影を不審に思ったのか、まず彼女が、次いでその人が、僕に目を向けた。
「………ぁ…」
見間違いだったら、どんなによかっただろう。
でも目が合ったその人は、紛れもなく、僕の記憶の中で微笑んでいる人だった。
「…ひ…じ、かた…さん‥‥‥」
身体が硬直した。
「歳三さん、あの子何なの?」
「さぁ……?」
嘘…
僕に、気が付かないの?
ウソでしょ……
それとも、僕の人違いなの?
僕は咄嗟に逃げるべきだったのに、軽いパニックに陥って、全く動けなくなってしまった。
なんで……
なんで覚えてないの?
まさか、僕のことなんか、もう忘れちゃったの??
僕はいつまでも忘れられなくて、こんなに苦しんでるっていうのに?
「土方、さん……?」
「あの子、歳三さんの名前を知っているみたい」
「何でだ?俺はあんな奴…」
その低くてよく通る声を聞いて、僕の勘違いなんかではないと確信する。
あれは、間違いなく僕の知ってる土方さんだ。
さぁ、わかったら早く姿を消さなきゃ。
でも、できなかった。
頭では分かっているのに、足が全く動かなかった。
だって…あんなにも探し求めていた人が目の前にいるんだから………
それに、土方さんが本当に僕のことを忘れてしまったのかも、はっきり確かめたかったし。
あれはたった二年前のことだ。
忘れるわけがないと思う。
「土方さん……ぼ、僕……」
じわ、と涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
僕は泣かない。
もう泣かないんだ。
そして、今すぐ姿を消そう。
姿を見られただけで、もう十分じゃないか。
そう思って踵を返そうとした瞬間、後ろから声を掛けられた。
「お前もしかして……総司、か……?」
僕はハッとして思わず振り返った。
「っそうです!総司ですっ!沖田総司ですっ!」
つい嬉しさがこみ上げてきて、僕は畳み掛けるように言った。
ダメだよ……早く立ち去らなきゃ……
でも、嬉しすぎて身体が言うことをきかない。
良かった…覚えててくれた……
総司って、あなたのその声で呼んでくれた。
そんなことばかりが頭を駆けめぐって、立ち去るという行為に及べない。
僕が立ち尽くしていると、隣に立っていた彼女が、土方さんのスーツをぎゅっと握った。
その様子に胸が締め付けられる。
女の人は、不安そうな声で言った。
「あの……誰なの?」
「あぁ…こいつは……昔の知り合いだ」
土方さんの言葉に、心臓が抉られた。
昔の……知り合い…………?
そんなんじゃないっ!!
僕は土方さんの…………!
そこでハッと我に返る。
僕には、もう恋人を名乗る資格なんてどこにもないんだった……
▲ *mae|top|tsugi#